第五十話 女医さんとの将来設計は……
「えっと、スマホは……ありました。それじゃ、私はこれで」
「あ、はい。お仕事頑張ってください」
「ええ」
京子先生は車の中に置いてあったスマホを取り出すと、すぐに院内に戻っていった。
嫌がられるかと思ったが、あの様子だと喜んでくれたみたいなので、ホッとした。
出来れば中に入って、京子先生の診察を受けたいなとか思ってしまうが、流石に迷惑がかかりそうなので帰るか。
今日は早めに起きて、出勤前に京子先生の為に夕飯作っておこうっと。
今、俺が出来るのはそれくらいなので、早起きくらいは苦にしたらいかん。
「ただいま」
「おかえりなさい。今日も早かったですね。俺も今、出るところなんですよ」
「ええ……あ、夕飯作ってくれたんですね」
「はい。京子先生がお疲れかなって思って」
ちょうど夕飯の準備が終わった所で、京子先生が帰宅してきた。
最近は少し帰りが早めなのでよかったが、あいにく、俺が夜勤なので、時間が合わないのが辛い。
「わざわざ、ハンバーグを作ってくれたんですか。ありがとうございます」
「いえ。あの、俺はもう行くので」
「…………待ってよ」
「え?」
京子先生が無事帰って来てくれたのを見届けたので、もう仕事に行こうとすると、先生が俺の袖を掴み、
「今日休めないの?」
「あの、今日はちょっと……」
休めないのかと言われても、まだ入ったばかりなので有給とか取れないので、無理な話だ。
しかし、俺と一緒にいる時間が無くなっていることに不満を持っているのはわかったので、
「明日は休みですので……」
「そういう事じゃない。まさか、ずっとこういう生活が続くの?」
「え? いえ、その……」
「結婚してもこれじゃ、二人の時間なくなるのわかったでしょう。じゃあ、どうすれば良いかわかるわよね?」
「それは……」
どうすれば良いかと言われたら答えは一つだろう。
今の仕事を辞めろと――いや、気持ちはわかるんだけど、やっと就いた仕事の一つでしてね。
「英輔は私と仕事、どっちが大事なの?」
「京子先生に決まっていますよ。先生こそ、俺と仕事、どっちが大事なんですか?」
「そういう質問、卑怯じゃない。どっちも手に入れるの、私は。でも、英輔は私だけを選んで」
おお、物凄い我侭な要求だが、それも京子先生らしいと思ってしまう。
医者になるのに大変な努力をしていたのは俺でもわかるので、どっちを選べと言われても無理だろう。
「私が大事なら、仕事より私を取れるわね?」
「か、考えておきます。でも、お願いします。今日は、仕事に行かせてください。明日は休みなので、二人きりでいますから」
「明日は私も仕事なの。午前中だけだけど、それでも昼間は英輔も寝ているでしょう」
あ、明日は午前診だけなのか。
休みも不定期だから、曜日の感覚もおかしくなってきたけど、こうなると先生との時間は益々なくなりそうで怖い。
(でも、先生のヒモはちょっと……)
それだけはどうしても嫌というか、抵抗があるんだ。
しかし、それは俺の自己満足だってのもわかるんだけど、京子先生に頼らないような生活がしたいのだ。
「すみません、そのことは後で話しましょう! いってきます!」
「あ、ちょっと」
ここで話しても、すぐに結論は出ないと思い、逃げるように家を出る。
折角見つけた仕事なんで、俺は今はこの仕事を一生懸命やりたいのだ。
辞めるにしてももう少し仕事を頑張ってからだと言い聞かせて、職場へと向かっていったのであった。
「ああ……掃除も結構大変だな……」
夜中になり、食堂の掃除を任されたので、テーブルや食器なんかを拭いていく。
まあ、こういう仕事もあるのはわかっていたけど、いつまで続くかな……。
先生はどうしているんだろう? もう寝ているのかなと、心配は尽きなかった。
「くっ、俺はどうしたいんだよ……」
京子先生とずっと一緒に居たいと言う気持ちは強くなる一方であったが、その時間が取れなくなってきたことがもどかしい。
職場選び失敗したかと思ったけど、もうちょっと……もう少し、続けたい。
(ああ、どうしよう……)
悩む。就職すれば京子先生と結婚できると思ったけど、今のままだと二人の時間取れなくて、すれ違い多すぎて、長続きしそうにない。
先生の事を最優先すべきかどうするべきか、結論がまだ出てこず、
「ただいま……はあ、疲れた」
朝になり、やっと家に帰宅出来て、ベッドに倒れこむ。
おお、やっぱり夜勤は辛い。しかし、明日は休みなので、少しはゆっくり出来る筈だ。
少しゆっくり寝ようっと……先生も午前中で終わるから、夜中にはデートも出来るかななんて淡い期待を抱きながら眠りに就いた。
「英輔さん、起きてください」
「う……」
「起きなさいって言ってるのよ!」
「うおっ! せ、先生っ!? どうしたんですか?」
急に枕を頭に叩きつけられて起こされたので、飛び起きると、京子先生が俺の前で仁王立ちして、睨みつけていた。
「いつまで寝ているのよ! 私が帰って来てからも、グースカ寝ていてっ!」
「え……す、すみません」
と言われたので、スマホを見てみたら、まだ午後の三時だった。
何だよ、まだあんまり寝てないな……と思ったが、京子先生は溜息を付き、
「仕事は辞めてきた?」
「う……辞めないと駄目なんですか?」
「主治医の命令よ。夜勤は、パニック障害に良くないわ。生活のリズム崩れるし。さあ、今すぐ辞めて。そして結婚して」
おいおい、今度は主治医の命令と来たか。
ちょっと横暴な気がしたが、生活リズムが崩れると、パニック発作が起きやすいというのは確かなので、今の職場は考えものではある。
「主治医の言う事なら聞けますわよね? これは英輔の為に言ってるのよ」
「そ、その……わかりました。職場はいずれ変えますので、もう少し待ってもらえませんか? 先生と時間取れる様な仕事を大至急見つけますので!」
「へえ、そんな仕事何処にあるのかしら?」
少なくともフルタイムでは難しいだろうが、何かあるかな……?
自営業とか?
うーん、商売をするにしても思い浮かばないし、自信はないから、ちょっとなあ……。
「そ、そうだ! じゃあ、こうします! 子供出来たら、オレがパートかアルバイトに回りますので! 俺も全く収入ないといざって時に困りますよね?」
「子供ねえ……本当に作る気ある?」
「は、はい。てか、子供欲しくないんですか?」
なんせ産婦人科の医者をしているのだから、子供が好きなんだろう。
京子先生との子供かあ……きっと賢くて、可愛らしい子になるんだろうな。
「子供欲しいんだ」
「そうですよ、何人が良いですか?」
「どうでもいいわ、そんなの」
「え?」
思いもかけない答えが返ってきたので、一瞬固まってしまう。
あ、あれ?
先生は俺との子供欲しくないんかな?
まさか、そんな事は……




