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第五話 常に私の目の届く場所に居てくださいね

「ただいまです。お加減はどうですか?」

 夜の八時半ごろになり、宇田島先生が笑顔で帰宅してきた。

 毎日、遅くまで仕事、大変だなと労いたいのだが、どうしても聞きたい事があった。


「おかえりなさい。あの、宇田島先生……」

「前から思っていたんですけど、ここは診療所ではないのですし、宇田島先生なんて、他人行儀な呼び方はしなくても良いですよ。これから、長いお付き合いになるのですから、京子とお呼びください」

「は、はあ……じゃあ、京子先生」

「んもう、呼び捨てでも良いんですけど」

 いや、流石にそれは……俺よりも何歳か多分、年上なので、呼び捨てはちょっと抵抗がある。


「気分はどうでしたか? 私が付きっ切りで、看てあげられるといいんですけど、仕事があるので、そうもいかないんです」

「特に悪い所はなかったですね」

「それはよかったです。パニック障害は、密室で怒りやすいといいますから、気分が悪くなったら、深呼吸をすることで、気分が良くなるみたいですよ。心療内科の知り合いに聞きました」

「わかりました」

 医者からのアドバイスなら、ありがたく聞いておくことにする。


 電車とかで発作が起きた時もこれで安心……と思ったが、聞いておきたい事があった。

「あの、京子先生。家の鍵なんですけど……もしかして、外から鍵かけてませんか?」

「ん? ええ、かけてますよ」

「は、はあ……何のために?」

 あっさりと認めたので、拍子抜けしてしまったが、京子先生は笑顔で、


「紀藤さんは絶対安静が必要なので、部屋から出さないようにするためにです」

「出さないって……あの、俺は別に寝たきりと言う訳ではないのですが……それに、外側から鍵がかかっているとなると、来客があった時、誰も入れないのでは……それに、万が一の事態があった時に……」

「心配ご無用です。もし、万が一、紀藤さんの身に何かあって、救急車を呼ぶような事態になった時は、私のクリニックに行く様、救急隊員にお伝えください。私がかかりつけの医者なので、運ばれ次第、私が対応しますので」

「お、おお……そうですか」


 なるほど、救急車を呼ぶような事態になった際は、すぐに京子先生の所に行く様になっているのか。

 医者だけあって、不在時でもすぐに対処できるようになっているとは抜かりがない……。

(いや、そういう問題じゃなくてだな)

 今のままだと、京子先生が居ない間は、俺は一切の外出が出来ないことになる。

 これは流石にキツイって……想像しただけで、気分悪くなりそうだ。


「どうしても、外出しなければならない時は、私がご一緒しますので」

「京子先生がですが?」

「はい。いざという時、いつでも紀藤さんを診れるように、付きっ切りでご一緒させて頂きます。そう、ずっと一緒ですよ」

「はあ……」

 目を輝かせながら、俺の手をぎゅっと握る京子先生であったが、そのキラキラした瞳に何処か闇を感じてしまい、ちょっと怖くなってしまった。


 これ、実質この部屋に監禁されてるって事ですよね?

 本当に病院に入院中ならしょうがないけど、ここは京子先生の自宅なわけで……。

「実は明日は診察は午前だけで、午後はオフなんです。何処か、出かけたい場所がありますか?」

「あ……そうですね……買い物とか、どうです? 後、俺の部屋に行って、色々と取りに行きたい物とかあるんですが……」

「わかりました。明日、午後になったら、二人でお出かけしましょう。これも、リハビリの一環ですからね」

「は、はい」

 京子先生同席とは言え、取り敢えず、外出できることになって、一先ず安堵する。

 よかった……ずっと、ここに監禁されたままでは、気が狂いそうだからな。


「先生は土日は休みなんですか?」

「休みは、木曜の午後と土曜の午後、そして日曜と祝日ですね。あとは、お盆と年末年始の休暇くらいでしょうか。急患が出た場合は、もちろんすぐ駆け付ける事になるので、クリニックの近くに住まざるを得ないんですよ。出産だって、命の危機に晒される事はありますからね」

「やっぱり、大変なんですね」

 夕飯を一緒に食べている最中、京子先生の普段の仕事や休日について、色々聞いていく。


 お医者さんが普段どんな生活をしているかってのは、全く想像付かなかったが、まあおふは普通に過ごしている感じか。

「紀藤さんの方こそ、大変だったんじゃないですか? 毎日、帰りが遅かったようですが」

「ですね。まあ、仕事自体はやりがいはあったんですけど、流石に体がまいってしまって……」

 大した目的もなく、世間では二流……いや、人によっては三流扱いされてる私大の文系学部を出て、就職したのだが、就職した先はいわゆるブラックの会社で、結局一年半くらいしか続かなかった。


 まあ、自分で選んだ道とは言え、上手くはいかないものだな。怠けていた罰があったのかもな。

「京子先生は、どうして医者に?」

「私も大した理由ではないですよ。ドラマで見たお医者さんが格好良くて、それで目指したというだけですので」

 そんな理由で本当にお医者さんになれるのは凄い。

 頭の出来が違うのとしか思えなかったが、そんな彼女がなぜ俺にここまで親身に?


「でも、今はちょっとだけ後悔しています。心療内科か精神科を選んでいれば、紀藤さんの御病気に対して、もっと効果的な診療が出来たんじゃないかって。特に心療内科は、興味はあったので、専攻しようか悩んでいただけに悔やまれます」

「そ、そんな……悩む事じゃないですよ」

「いいえ、紀藤さんの為ですもの。目の前の患者さんを治せないようでは、医師失格です」

 俺の為か……嬉しい事は嬉しいが、ただのお隣さんというだけで、俺にそこまでしてくれる理由がやっぱりよくわからない。

 まさか、俺の事が好きって事は……いやー、流石にないかな。


「今の仕事は大変ですけど、やりがいはありますよ。変な患者さんもいますけど、新たな命を産まれるのをサポートする仕事というのも、素敵な仕事だと思って、産婦人科になるのを選んだのですし」

 素晴らしい理由だなあ。

 まあ、産婦人科なので、本来は俺を診る事などないのだが、そんな彼女の家に同棲する事になってしまうとは……いや、入院なのか。


「ご不便をおかけして、申し訳ないとは思いますが、これも紀藤さんの為なのです。私の目の届く場所に常に紀藤さんが居ないと、いざという時、対処できませんので。ご理解頂けると、助かりますわ」

「わ、わかりました……」

 医者らしい丁寧な口調で、物凄いもっともらしい理由を言ってきたので、一先ず頷くが、やっぱりちょっと納得がいかないというか……。

 取り敢えず、仕事も辞めてしまった事だし、しばらくは京子先生の家に厄介になる事になるが、この京子先生の完全なる管理下に置かれる生活に不安を抱かずにはいられなかった。


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