第四十八話 先生とのすれ違いがやっぱり増える
「あ、あの……京子先生……」
「何よ?」
その後、先生の部屋に入り、ベッドにくるまって不貞腐れていた先生に声をかける。
本当に怒っているみたいだが、どうすれば機嫌を直してくれるんだろうか……。
「俺、先生と早く結婚したくて、転職先を見つけないとって思って……別に何処でも良かった訳じゃないんですけど、早く自立した所を見せたかったんです」
「そう。気持ちはわかるわ」
「だったら……」
俺の気持ちもわかるなら、ちょっとは転職に理解して欲しいなーって思うんだけど。
「英輔は私と一緒にいるの嫌なの?」
「い、嫌なんて言ってませんよ。でも、俺もですね……そろそろ外に出て働かないと、金もなくなりますし、やっぱり、その……京子先生が少しでも胸を張って、俺が夫ですって紹介できるようにはなりたいんです。肩を並べるのは無理だってのはわかりますけど、先生が……」
「そんなの気にしないって言っているのわからないの?」
「わ、わかりますけど、その……お願いします。俺、京子先生の事が、本当に好きなんです。だから、今は本当に結婚したいと思っていますよ」
「本当でしょうね?」
「嘘なんか言わないです」
ベッドで蹲っていた京子先生に出来る限り、優しくそう告げると、先生もようやく起き上がって、俺に抱き付いてきた。
ああ、やっぱり可愛いな、京子先生は……何だかんだ色々あったけど、俺はこの人と付き合えて、良かったと今は思っている。
後は、周囲の目なんだよな……絶対に、あんな綺麗な女医さんがどうして俺なんかと付き合っているんだって言う奴が必ず出てくる。
それに俺が耐えられるかどうかだが……京子先生は今は気にしないと言っても、いずれ周囲から変な目で見られて気になる事は避けられないだろうが、そうなっても胸を張って夫ですと紹介できるようにはなってほしい。
「私の事、愛している?」
「もちろん。愛していますよ」
「んもう、言葉が軽いですよ。ちゃんと行動で示してください」
「ははは、もう何度もしているじゃないですか。先生は、やっぱり優しい所が一番好きですよ。そうやって、女医さんとして接しているところが何だかんだで好きなんですよ」
「あん、そういうの意地悪ですわよ。というか、たまには京子って呼び捨て欲しいです」
そう言いながら、京子先生を抱きしめて、甘えるような口調で言うと、京子先生も嬉しそうにしながら、俺の胸に顔を埋める。
こうやって、甘えている姿も可愛いなあ……俺は何で、この人の事を敬遠していたんだっけ?
やっていることがちょっと無茶苦茶だったから、動揺していたけど、ちゃんと向き合えば可愛いらしい女性じゃないか。
「じゃあ、今すぐ結婚してくれる?」
「はは、もう良いじゃないですか。今すぐ婚姻届け出しましょうっと言いたいですけど、まずは新しい仕事に慣れたいので、その……」
「ああん、またワガママ言ってえ」
本音を言えば、今すぐにでも入籍しても良いと思っているんだが、今は新しい仕事に集中したいので、それまではちょっと待ってもらいたい。
「英輔さん、約束ですよ。破ったら、あなたの人生が滅茶苦茶になるくらいの慰謝料請求してやりますから、覚悟してください」
「そ、そういうの出来るんですかね? まあ、良いですよ。ハリセンボンでもなんでも飲みますから」
本当に飲めるかはどうかは微妙だが、それくらいの事はしても良いと思ってる。
やっと、二人の距離が縮まって、一つになれたような気がして、
それから何日か経過し――
「いらっしゃいませ」
遂に新しい職場での仕事が始まり、研修がてら、フロントでの接客を行う。
ああ、何だか久しぶりだな、この社会に出た感じは……やっぱり、生きている感じがして良いなあ。
ニート状態が少し長かったので、慣れるかは不安だったが、どうにかやっていけそうな感じはあるな。
「はい、一名様ですね。それでは、こちらの部屋にどうぞ」
受け付けを済ませた後、宿泊客を案内していき、何とか仕事をこなしていく。
職場の人も割といい感じだし、結構長く続けられそうかも。
あー、やっぱり最初からこういう所で働いておけばよかったのかな。
「ただいま……って、まだ帰って来てないんだな」
仕事を終えた後、帰宅したが、京子先生はまだ帰宅はしてなかった。
まだ研修中なので、定時に帰って来れたのだが、やっぱり先生の方が仕事は忙しいんだなあ。
一応、先生も定時は六時とかだったはずだが、最近は残業続きで、定時帰りなんてのはほぼないようだ。
とはいえ、俺も研修が終わればシフト制になって、夜勤の仕事も入っちゃうから、そうなると中々一緒に居られなくなるんだよなあ。
「まあ、今の内に出来る事はやっておこうっと」
先生が帰って来てから、ちゃんと夕飯が食べられるように、今の内に用意はしておく。
そうだよ、俺は京子先生を支えていくって誓ったじゃないか。
まだ時間に余裕があるのだから、俺がしっかりしないとな。
「あ、先生からだ。はい」
『すみません、英輔さん。実は今日、ちょっと忙しくて帰れそうになくて……」
「え? そうなんですか」
『はい。すみません。なので、夕飯は結構ですので。それでは」
先生から電話があったので、何事かと思ったが、何と今日は泊りがけになってしまうとの事で、夕飯も必要ないとの事であった。
何だよ、大変だな……産婦人科は人手不足らしいが、先生の仕事が忙しくなってきて、かなり大変になっているので、心配になってきた。
あーあ、折角新しい仕事を始めたって言うのに、会える時間が減って来ているのは、確かに寂しいかも。
結婚したら、毎日、こんな生活になるのか?
そうなると、俺達が一緒に生活している意味って……何かあるのか?
仕事で忙しくて、すれ違いばかりで、夫婦の時間もまともに取れないとなると……いや、今、こんな考えをするのは止そう。
きっと何とかなるさ。
先生も仕事が落ち着いてくる時があるだろうし、俺の仕事も夜勤はシフト制なので、毎日ある訳じゃないから、きっとどうにかなるはずだ。
そんな淡い期待を抱いていたが、現実はそう甘くない事を思い知った。
「ねえ、英輔さん。今日は何時に帰ってくるんですか?」
「えっと、多分、朝の九時くらいになるかと……」
「それだと、私、もう仕事に行っている時間じゃないですか! もう、何日も……」
「す、すみません。でも、来週はまた日勤なので……」
それから研修も終わり、夜勤の仕事も入るようになったが、案の定、二人のスレ違いの時間が増えてしまった。
トホホ……今の仕事も段々キツくなってきたし、先生も機嫌悪いしで、ちょっと雲行きが怪しくなってきたぞ。
でも何とか頑張るしかないと言い聞かせるしかなかった。




