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第四十六話 また女医さんの機嫌が良くない

「はあ……どうするかな……」

 京子先生に突き出された婚姻届を見ながら、これをどうするか考え、頭を抱えてしまう。

 あれだけ結婚をしろと迫ってきていた京子先生がここへ来て、俺に判断を委ねてきたのは驚きだが、どっちにしろ俺が早く決断しないといけない問題ではあるからなあ。


「俺は先生のこと……」

 好きなんだろうか?

 それは間違いないと言いたいんだけど、彼女の何が好きで、結婚したいほど好きなのかってのはマジでよくわからない。

 本人がしてくれって、しつこく迫っているんだから、もう迷う必要もなくないか。

 あー、いっそ先生に養われるってのも悪くは……悪いって。


「よし、ちょっと話してみよう」

「何を話す気?」

「え? うおっ! 京子先生! いつの間に?」

 先生ともう一回、話し合ってみようと思ったら、背後に京子先生がいたので驚いてしまった。


「何度もノックしたけど、返事がなかったので。まだ決まらないの? 私の何が不満なのか、正直に話してみて」

「不満とかじゃないんですって。やっぱり、結婚ってのは人生の一大イベントなんで、簡単に決断できないんですって」

「わからないわね。お金の問題なら心配しなくて良いって言ってるでしょう」

「金の問題というか……じゃあ、こうしません? 俺が転職先を正式に見つけたら、結婚するってのは」

 と、先生に話そうと思った事を思い切って話してみる。


「まあ、どうしてそんなに仕事がしたいのか聞かせてくれますか?」

「いや、どうしても何も収入ないの困るんですって。わかってくださいよ」

「むうう……本当に私の事、好きなの英輔?」

「好きに決まっているじゃないですか。もう、俺は京子先生の事しか考えてないんですって」

「あん……もう、上手ね」

 あからさまに不服そうにしていた京子先生に抱き付いて、耳元で甘い口調で囁く。


 こういう事をすると、京子先生もまんざらでもなさそうな顔をするので、俺もちょっとプレイボーイにでもなった気分になってしまうが、ここはもう一押し。

「俺、先生を支えたいんですって。今のままだと未熟なんで、やっぱりお金を貯めて、サポートできるようになりたいんですよ」

 先生もいずれは開業して、自分のクリニックを開きたいと言うのだから、俺が少しでも金を貯めれば、その夢に早く近づける筈だ。


「んもう、英輔ったら……わかったわ。そのかわり、働くならこの近所にしてね。あまり、遠い所だと私の目も届かないし、何よりパニック障害があるの忘れないでね」

「本当ですか? ありがとうございます。流石、俺の京子先生。優しすぎて、感激です!」

「きゃん! もう、調子良すぎ……」

 京子先生もやっと了承してくれ、嬉しさのあまり京子先生に抱き付いて、あちこち体を触ってやる。


 こういう事が出来るのも彼氏の特権だと思いたいが、もしかして京子先生って案外チョロかったりする?

 いや、流石に誰に対してもこうではないと思いたいが、こうやって愛を囁いておけば、機嫌が良くなっちゃうってのは少し心配要素ではあった。

 悪い男に騙されないと良いんだけど……京子先生はしっかりしているから、そんな事はないと思いたいが、まあ今は自分の事を頑張ろう。


 数日後――

「うーん、仕事と言ってもどうするかなあ……」

 求人誌を見ながら、どんな仕事に転職したいか改めて考える。

 どんな業種で働きたいかとか、まるで考えていなかったので、中々思い浮かばない上に近場でとなると、ますます悩んでしまうな。


「まあ、とにかく事務職から、応募してみるか」

 取り敢えず、近場で事務の仕事の求人があったので、そこに応募してみることにした。

 しかし……。


「くそ、また駄目かよ」

 これで三社連続でお祈りメールが着てしまった。

 おいおい、今は人手不足の売り手市場じゃないのかよ? そう思って舐めてかかっていたら、痛い目を見たのを学生時代の就活でも思い出してしまったが、仕事をえり好みするから、駄目なんか?


 いやいや、仕事って選り好みする物でしょう? なんでも良いなんて馬鹿な奴は本当には居ないよ。

 とはいえ、事務職が駄目となると、どうするかねえ……。

「ただいま」

「あ……おかえりなさい」

 何て悩んでいると、京子先生が仕事から帰ってきた。


「今、夕飯の準備しますね」

「ありがとう。ねえ、英輔。まだ仕事、決まらない?」

「え? ああ、すみません……」

 帰宅して早々、そう訊かれると、一気に罰が悪い気分になってしまい、素直に答える。

 トホホ、女医さんの彼氏が失業中なんて格好悪すぎるので、逆に情けなくなっちまった。


「全く、大見得切ったんだから、しっかりしなさいよね」

「面目ありません」

「ふふ、まあ良いわ。言い方は悪いけど、英輔に収入があろうがなかろうが、私は困らないし」

「う……そうですけど……」

 医者なので、俺の収入なんぞ当てにする必要はないのは事実ではあるのだが、そうハッキリ言われると、ちょっと傷ついちゃうぞ。


 何だか俺が転職活動始めたら、急に俺への当たりが強くなってきたんだけど、気のせいだろうか?

「どんな仕事に就きたいのか知らないけど、さっさと決めて頂戴。まさか、わざと落ちて、結婚を引き延ばそうなんて、考えていないでしょうね?」

「してませんって! どうして、そんな事を言うんですか?」

「だって、私との結婚凄く嫌がっているのわかるし」

 普通に選考に落ちているだけなので、そんな嫌味を言われるのは流石にむっと来てしまう。


「ふん、そう思うならさっさとしてよね。いい、私は英輔の我侭を聞いてあげているんだから、それを忘れないでよ」

「は、はい……」

 もう最近はずっとこんな感じで急かしてくるので、居心地が凄く悪い。

 京子先生はもっと優しくて、ちょっと抜けている感じの所が好きだったのに、こんなにも俺にキツく当たっているのは、俺が優柔不断な態度を取ってしまっただろうか?

 何て不安になりながら、急いで仕事を見つけないとと、焦ってしまい、転職サイトをまたチェックしていったのであった。


「だあああ、今度は書類落ちかよ! ちくしょう、事務職は駄目か……そうなると……」

 またもお祈りメールが着やがったので、止むを得ず、別の職種を探すことにする。

 トホホ……何が悪いんだろうな……別に悪い事もしてないのに、ここまで転職活動が厳しいとは思わなんだ。

 一人暮らしだったら、今頃、ガチで詰んでいたなこれ……。

 京子先生に養われている状態だから、助かっているけど、そうでなかったら、家賃も払えずに……実家に強制送還か。


「いっそ、そうなっちまった方が良いのかな、はは」

 こうやって仕事も決まらないと、ますます女医としてバリバリ働いている京子先生との落差に愕然としてしまい、コンプレックスが拗れて、おかしくなりそうになっていた。

「はは、俺、何やっているんだろう……」

 ここまでダメな男だと思わなかったな。思えば、新卒での就職もかなりギリギリに決まったし、俺って社会的によっぽどトロイ奴だと思われているのかも。


 そうなると、俺は京子先生とはとても……ああ、考えたくない。



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