第四十三話 危うく修羅場になりそうだったが……
「あ、あの……」
病院から出て来た葉山さんとバッタリ目が合ってしまい、しばらく葉山さんも目をパチクリさせながら、京子先生に腕を組まれている俺を見つめる。
や、やべええ……これは、凄くまずい状況だ。
いや、葉山さんとは別に付き合ってはいないので、疚しい事はないんだけど……彼女とまた会おうかと言ってしまった以上、女を連れているこの状況は凄く嫌な男に思われているかもしれない。
「き、紀藤君? どうして、ここに?」
「え……あー、その……ちょっと実家に帰省しててさ」
「あら、英輔のお友達?」
「う……ちょっとした知り合いというか……」
すぐに京子先生もこの葉山さんこそが、この前一緒に食事に行った女だと悟ったのか、彼女に見せつけるように俺の腕をがっしりと組んできた。
「いや、この前、親父がお世話になったからさ。その……もしかして、居るかなと思って」
「別に私がお父さんを診ていた訳じゃないけど……くす、紀藤君の彼女さん」
「そうです。もうすぐ結婚するんです」
「えっ?」
と、葉山さんが穏やかに笑いながらそう訊くと、京子先生もそうきっぱりと答える。
この前、また会おうかと約束した男が、女を連れてきて、結婚が間近ですとか言われたら、そりゃあ……頭がおかしいか、滅茶苦茶嫌味に思われるだろう。
「え、えっと……婚約者いたんだ……」
「あ、あのっ! まだ、ハッキリと決まっている訳じゃ……いててっ!」
「そうなの! ねえ、あなた、英輔のお友達?」
「あー、その……お友達……そうですかね……」
葉山さんもどう答えようか悩んでいたが、歯切れが悪い口調でそう答える。
一緒に食事したくらいの仲なので、一応友達とは言えるかもしれないが……まあ、難しいわな、関係を説明するのは。
(トホホ……脈があるとか思っていたなら、本当に申し訳ない)
「そうですか。英輔がお世話になっています。病院勤めなんですか? 奇遇ですね。私も医者やっているんですよ」
「え? お、お医者さんなんですか?」
「はい。産婦人科の医師をしています」
京子先生が女医であることを明かすと、葉山さんはまた驚いた顔をし、先生も何だか得意気な顔をする。
自分が医者だから、立場が上だとでも思っているのだろうか……流石に、そこまで性格は悪くないと思いたいが、あからさまにマウントを取っているような顔がちょっと可愛いかも。
「凄いですね……紀藤君、いつの間にそんな彼女さん作っていたんだ」
「ええ。もう付き合って、数ヶ月は経ちますわ」
「は?」
おおおいっ! 葉山さんにそこまで言わないでくれよ!
「あ、あのっ! そろそろ帰らないとっ! 葉山さん、またねっ! 先生、そろそろ行きましょう!」
「きゃっ! あ、もう……」
これ以上、ここに居られるのはまずいと思い、大急ぎで京子先生を連れて、この場を後にする。
トホホ……何がしたいんだよ、京子先生は……。
「はあ、はあ……どういう事ですか、先生?」
「何って、見せつけてやったのよ。英輔にはこんなに素敵な婚約者がいますって。ふふ、これでもうあの女も諦めたんじゃない。女医さん相手じゃ勝てないでしょうからね」
うわあ……性格、悪いなこの人。
やっぱりマウントを取っていたのかよ。
「それもこれも浮気をしていた英輔が悪いのよ。そう思わない?」
「あの、食事をしていただけなんで……」
「それが浮気って言うの! ああ、こんなんじゃ先が思いやられるわね。ま、これからは付きっ切りで私が治療しますから、ご安心を。じゃ、帰るわよ」
「はい……」
もう、この人と結婚すると思うと、気が重くなってしまうが、何とか逃れる方法はないだろうか。
一応、葉山さんには後でフォローしておいた方が良いか?
京子先生に見つかったら、また怒られそうだけど、何もしないよりはマシだろうと思い、帰ったらこっそりメールを送る異にした。
「ただいまー♪ あー、今日は良い一日でしたわね」
「ですね……」
京子先生と一緒に自宅に帰り、俺もグッタリしながら、リビングのソファーに座る。
「くす、ねえ、結婚式は何処でしたい?」
「別にどうでも良いですよ」
「んもう。英輔の希望通りにしたいのに。ちゃんと考えておいてね」
結婚式をどうするか考えているようだが、一人で盛り上がっているようで、ちょっとなって思ってしまう。
別に良いんだけどさ……何だか気が重くて、乗り気がしないんだよ。
「もう、ご両親への挨拶も済ませましたし、いつ籍を入れても良いわよね?」
「あの……」
「はい、入れるから。英輔の意見何か聞いていたら、いつまで経っても入籍すら出来ないからね。じゃあ、お風呂に入ってくるから」
もはや、反論する気力もなくなってしまい、このまま流れに任せて京子先生と結婚するしかないのかと観念する。
まあ、俺も悪いと言えば悪いので、先生の好きにさせるしかないとは思う。
でも……何か納得行かないんだよなあ。
「そうだ。葉山さんにメールしておこうっと」
ラインを起動して、葉山さんに今日の事を色々と釈明する事にする。
釈明と言っても、京子先生と付き合っていたことをどう説明するべきか……。
「今日はゴメン。この前の約束は……あ、通話したいってか。はい」
『紀藤君。どうしたの、急に』
「いや……今日はいきなり押しかけてゴメン」
『別に謝る事はないけど……紀藤君、彼女居たんだね」
「う、うん」
怒っているかなと思ったが、淡々とした口調で話しているので、どう思っているのかはちょっと想像しにくい。
『綺麗な人だったよね。あんな人と付き合っていたんだ。羨ましいなあ』
「そ、そうかな?」
『うん。しかも、女医さんなんて凄いじゃない。何処で知り合ったの?』
「あー……前に住んでいたマンションで隣同士だったんだ」
『へえ』
間違ってはいないが、詳細を説明すると長くなるし、そもそも信じてくれないだろうしな。
「あの、この前はゴメン。軽々しく、今度会おうなんて約束しちゃって」
『あー、うん。別に気にしてないから。彼女さんとお幸せにね』
取り敢えず、前に約束してしまった事を謝るが、気休めでもそう言ってくれるのはありがたかった。
優しい人だな、葉山さん……この人が彼女だったら……って、思うのは止めておこう。
「それじゃ、これで……」
『あのさ、紀藤君』
「何?」
『おせっかいになるかもしれないけど、彼女の事で悩んでいる?』
「え? な、何で?」
『だって、今日会った時、何か思い詰めている感じがあったから……もし、悩んでいることがあるなら、相談に乗るけど』
う……そんなに思い詰めているように見えたか?
京子先生の事で悩んでいるのは確かって言うか、最近は彼女の事が頭から離れず眠れない位だ。
しかし、それを葉山さんに話した所で解決するとも思えないので、
「いや、大丈夫だよ。思いもかけず、葉山さんに会えたんで、緊張しちゃったんだ」
『そ、そう。上手く行ってないとかじゃないなら、良いんだ。ゴメンね」
上手く行ってない……確かに京子先生と俺は、今、ラブラブな結婚間近のカップルかと言われたら、そうは言えない気がする。
「平気、平気。何かあれば、相談するけど、大丈夫だから」
「だったら良いんだ。じゃあ、これで」
そろそろ京子先生も出てくるので、これ以上の長話はまずいと思い、




