第二十七話 どんどん病み始める女医さん
「う……はっ! こ、ここは?」
目を覚まして飛び起きると、自室のベッドの中にいた。
寝ていたのか……ん?
左手をふと置くと、柔らかい物が手の平に触れたので、何があるのかと見下ろしてみる。
「なっ! こ、これは……!」
俺の隣に京子先生が裸で寝ており、左手には彼女の胸が……えっ!?
まさか!?
昨夜、京子先生とっ!? スマホを見てみると、時計は午前の三時半になっていたが、えっと……何があったんだっけ?
確かテレビで野球を見ていて、その後、京子先生がいきなり乗り込んで来て、急に……。
「う……ふわあ……あれ、もう起きたんだ、英輔……」
「あ、あのこれは……」
「んーー? 見ての通りじゃない。キャハハ、遂に私と英輔、しちゃったんだよ」
京子先生がちょっと乱れた髪を手でたくし上げながら、とんでもない事を言い、一気に背筋が凍り付く。
え? 嘘だよな? だって、記憶にないんだけど。
「ねえ、赤ちゃん出来たら、どうしよう?」
「あ、赤ちゃん?」
「そうよ。もうしちゃったんだしさー、そういう事♪」
「はは……冗談きついですよ。何も覚えてないですよ、俺」
「それは、飲んでいたからでしょう」
京子先生がちょっと艶やかな感じで、撫でるような声でそう詰め寄ってきたんだが、いくら酒が入っていたとしても、全く記憶がないなんて有り得る?
てか、飲んだって言っても、ビールをちょっと飲んだくらいだぞ?
俺は酒はそこまで弱い方じゃないので、ビールを一缶か二缶、飲んだくらいで泥酔するような事は絶対にない。
「わ、罠ですね、これは! 先生、何かしたでしょう!?」
「ん? 何かって?」
「俺に睡眠薬か何か……」
「証拠は?」
「う……で、でも……」
確実に何かしら一服盛っているはずだが、証拠を見せろと言われても、今すぐは出せない。
ビールか? いや、未開封の缶を飲んだので、あれではないはず。
じゃあ何だ? 昨日、食べたものは……昼に海鮮丼を食べたけど、あれは店で出された物だし、効き目が出るには時間がかかり過ぎる。
「くす、私、初めてだったのに、あんなに激しくしちゃって♡んもう、本当に死ぬかと思ったじゃない」
「記憶にないです! てか、初めてなら……」
血が出ているはず。シーツに血は……見当たらないな。
「まさか、嘘だと思っているの? じゃあ、確かめてみる?」
「た、確かめるとは?」
「決まってるじゃない。もう一回やれば確かめられるよ。初めてなら、まだ膜あるはずだし」
「く……」
なるほど、そういう手筈で来ているのか。
嘘だろうが本当だろうが、どっちにしろ俺とやれって事なのね。
「さあ、早くー……まだ、こんな時間じゃない。二人でゆっくりと愛し合おう……」
「はは、いやあ……風邪ひきますよ。ほら、パジャマ着て、部屋に戻ってください。嫌なら、俺、リビングで寝ますから」
「はーい。ねえ、英輔」
「何ですか?」
「これで、もう私達、結ばれたのよ。もう死ぬまで、一緒だからね」
「…………だと良いですね」
「くす、いいも何も確定なの。じゃあ、おやすみ、ダーリン。ちゅっ♡」
と言って、京子先生は俺の頬にキスをして、ようやく部屋を後にする。
いつも物腰の丁寧な女医さんとしての京子先生はそこにはなく、今、俺の目の前に居たのは、何だろう?
娼婦というか、悪女みたいな雰囲気のする美女っていうか……とにかく、清楚な彼女とは程遠い雰囲気の女だった。
「落ち着け……落ち着くんだ、俺」
パジャマに着替えた後、昨夜の記憶を必死に手繰り寄せる。
部屋で日本シリーズを見て、それからいきなり京子先生が部屋に乱入してきて……そうだ、日本シリーズの結果どうなった?
スマホですぐに調べてみると、ああ、やっぱりあのままセのチームが勝ったのか。
まあ、どっちが勝とうがどうでも良いのだが、それから急に眠くなって……くそ、本当にしたわけがない。
絶対に嘘だ! 監視カメラがあれば、それを証明できるのだが、見つけられない。
でも、昨夜の事を嘘である事を証明したければ、先生と……。
ああそうするのが手っ取り早いんだろうな。
京子先生がして良いと言ってるんだから、俺としては本当にやっても何の問題もないしな。
くそ、策士だな、京子先生も。
「ああ、もうどうでも良いか」
もう、午前の三時を過ぎており、今から何も出来る時間ではないので、取り敢えず寝る。
寝て起きれば、全てが夢であったという事であってほしい。
そんな一縷の望みをかけて、ベッドにまた潜り込み、悶々としながら一夜を過ごしていったのであった。
翌朝――
「あ、おはよう、あなた」
「え? ああ、おはようございます」
朝起きると、京子先生がブラウスとジーンズというラフな姿でエプロンを纏い、キッチンで朝食の準備をしていた。
ああ、今日も休み何だっけな。
だからって、京子先生に朝食の準備までさせちゃうのは悪かったかも。
「ね、あなた。今日、一緒に買い物にでも行く? 夕飯のおかずを買いに行こうと思うんだけど」
「ああ、そうですね……」
「そう。じゃあ、ついでにあなたとの結婚式場の下見でもしに行こうか♪」
「は? 先生、何を言って……」
結婚式場の下見って、別に俺達は婚約をしている訳じゃ……いや、待て。
「んもう、まだ先生なんて言ってるの。京子って呼べないの、あなた?」
「は、はい? あの、あなたって……」
「ふふ、もう結婚するんだから、そう呼ぶの自然じゃない」
「…………」
ま、まだこんな事を言ってるのかよ、京子先生。
という事は昨夜の事も、夢では……ああ、もう頭が痛くなってきた。
「いい加減にしてくださいよ。先生、ちょっと一方的過ぎます。あんまり、言うと、俺本当に出て行きますよ」
「ふーん。赤ちゃん出来ちゃってるかもしれないのに?」
「い、いや……大体、昨夜は……」
絶対に何もしていない。
していれば、もっと疲れているはずだが、俺は今、普段通り元気が有り余っているし、余韻も何も感じてないんだ。
「それに、もう指輪も交換しているんだしさ。どう見ても、婚約しているでしょう?」
「は? えっ!?」
先生が左手薬指を見せると、キラリと光る指輪が嵌められていた。
「い、いつの間に……っ!」
それを見て、すぐに俺の左手にも違和感を感じて、薬指を見る。
「キャハハ、やっと気づいたんだ。ねえ、もう婚約しているでしょう?」
「く……勝手に、嵌めないでください。怒りますよ、本当に」
「ふーん。いいよ、怒っても。どうせ、私と結婚する以外の選択はないんだから。いいえ、与えないわ」
いつの間にか、婚約指輪まで勝手に嵌められており、あまりの京子先生の一方的な行為に、唖然としてしまう。
どうして、ここまでするのか理解も出来なかったが、こんな事をされたら、彼女との結婚など怖くて、とても出来やしないという思いが強くなるばかりであった。