第二十三話 いつの間にか逃げ場を失う
「ふう、ちょっとドキっとしちゃったな」
高浜さんに京子先生との関係を怪しまれてしまったみたいだが、取り敢えず俺と京子先生との交際には反対しなかったので、ホッとする。
いや付き合ってはいないんだけど、話が拗れちゃうと面倒になるので、あまり深入れされなくて助かったというか……。
「きゃー、可愛いですね。今、何歳ですか?」
「もうすぐ二歳になるのよ。このお姉さんね、ママのお友達なの」
座敷に戻ると、京子先生が店のおばちゃんと一緒に小さな子どもをあやしていた。
ああ、さっきの高浜さんのお子さんか。
離婚して子供連れてきたみたいな事、言ってたっけ。
「ただいまです」
「あ、英輔、おかえり。見て、この子。美奈ちゃんの娘さんで、ういちゃんって言うの」
「はじめまして。可愛いですね」
「アハハ、うい〜〜、このお姉さん、ママの友達で京子お姉ちゃんっていうの。お医者さんなんだよ、このお姉さん」
「おいしゃさん!」
高浜さんが京子先生のことを紹介し、医者だと注げると、ういちゃんも目を輝かせて、京子先生を指さしてそう叫ぶ。
可愛いなあ〜〜……このくらいの子供って、みんな天使の様に思えてしまう。
「ふふ、良い子でちゅね〜〜♪あ、そろそろいかないと。美奈ちゃん、おばさん、今日はごちそうさま」
「またいつでもいらっしゃい。京子ちゃんなら、いつでもおまけしちゃうから」
「ありがとうございます。あ、じゃあお勘定お願いします」
「別に良いのに」
「流石にそういう訳には……」
京子先生がレジに行き、会計を済ませて、店を出る。
何だかんで、先生が楽しそうで良かったな。
問題はこれからどうするかだか……流れ的に、京子先生のご実家に行くのは避けられそうにないので、もう覚悟はしておこう。
「はあ、久しぶりに美奈ちゃんやおばさんとも会えて、良かったです。ところで、英輔」
「何ですか?」
「さっき、おトイレに行った時、美奈ちゃんと何を話していたのかな? 京子先生に簡潔に話してくれる?」
「え? あ、はは……大した話はしてませんよ」
駐車場に停めてあった車に乗り込むや、早速高浜さんと一緒に居た時のことを笑顔で聞いてきたが、見ていたんかい……。
顔は笑ってるけど、声が笑ってないので、怒っているのが丸わかりで疚しい事もしてないのにヒヤヒヤしてしまう。
「大した話じゃないなら、話せるよね? さっ、一言一句全部再現してみて」
「それは無理ですって! 俺の事、色々聞かれたんです。年齢とか職業とか、京子先生とどう知り合ったとか」
「ふーん。ま、美奈ちゃんって昔から、色恋話は好きだったから、首を突っ込みたくなるのもわかるかな。んで、他には?」
「特には……」
「ふふ、連絡先の交換とかしてないよね?」
「してませんって!」
京子先生がいつの間にか持ってきていたのか、懐からメスを取り出して、俺の首筋に突き立てる。
洒落にならないって、この女医さん!
どんどんやることが過激になってきているんだけど、俺、生きてられるのか?
「それならよかったですわ。あの子、美人でスタイルも良いし、おまけにバツイチだから、そういう女性が好みなのかなと心配してしまいました」
「そ、そんな事はないですって……」
「だよねー♪ それで、私の事は何か話していた?」
「えっと、その……」
「一言一句話せと言ったはずですよ」
「ですから、それは無理ですって! ちょっと、言いにくい事なんですけど、良いんですねっ!?」
またメスを俺に突きつけてきたが、こんな事で浮気を疑われていたら溜まった物ではない。
本当に何もしてないんだけどさあ……。
「なるほど、私の幼少期の頃の話をしていたんですね」
「本当に少しだけですよ。その、先生が男子に嫌われていたって話……」
「英輔さん、この前、私にモテるんでしょって、聞きましたよね? 本当に全然ですよ。むしろ、陰口やいやがらせを受けていて、私も男子が嫌いでした」
「そ、そうだったんですか……」
こんな可愛いっていうか、美人なのにモテてないってどういう事だろう?
「医者を目指して頑張っていたのに、ガリ勉だとか付き合い悪い、性格悪いとか言われていて、良い気分はしませんでしたよ。定期テストでは学年トップを頑張ってキープしていましたけど、それが逆に周りから良い印象を持たれなかったみたいで……その内、私も『私はあんたたちとは違うんだ』って、思うようになりましたわ」
運転しながら、しんみりとした口調で京子先生が少女時代の事を語り、想像以上に重い過去に俺も言葉を失う。
頭が良かったから、嫉妬されていたんだろうな……女子の癖に生意気だみたいな感じで。
「まあ、実際性格悪いですよね。ようするに、見下していたんですし。美奈ちゃんみたいに仲良くしてくれた子も何人かいましたけど、女子の友達もあんまり居なくて……英輔さんも当時の私を見たら、良い印象は持たなかったと思います」
「そんな……先生は何も悪くないじゃないですか」
「英輔さんならそう言ってくれると思いましたわ。でも、何となくわかるんじゃないですか、私を嫌っていた男子の気持ちも?」
そんなのわかる訳ない……と言いたいが、当時の京子先生を見てみないと何とも言えないな。
俺は女子の成績なんて気にもしてなかったんだけど、前に友達が自分より頭の良い女とは付き合いたくないって言っていたのを思い出した。
そんなの気にするものなのかと当時は思ったけど、思い出せば、俺も自分よりも成績のいい女子は避けていた気もするし、前の彼女も自分より偏差値の低い大学の子だった。
「大学生になってから、言い寄ってくる男子も何人か出て来たんですけど、何となく合わなくて……医学部の学生ってやっぱり医者の息子が多いから、何か気取った感じの人が多いんですよ」
「そうですか……あの、京子先生って、医者の娘じゃないんですか?」
「違いますよ。両親とも普通の人です。父は地元の漁協の職員で、母は郵便局で働いています。ですから、医学部行くなら、学費安い国立じゃないと駄目って言われていて、勉強も頑張らないといけなかったんです」
それで本当に受かって医者になるって、凄いんじゃないか……相当、京子先生の地頭が良かったんだろうな。
「女医さんってやっぱり医者と付き合うケースが多いんですか?」
「私の知る限りでは多いですね。でも、離婚する人も多いみたいですよ。仕事ではライバル関係になる訳ですし、家事や育児の負担で揉めるケースも多いらしくて。どっちも仕事優先でプライドも高い人多いですし、離婚しても一人で生活出来ちゃいますからね」
ああ、医者なら収入もあるし、旦那に依存する必要もないって事か。
まあ、本来なら俺とは縁のない世界の話だけど、女医さんも大変なんだろうな。
「英輔さんは素敵な方ですわよ。気取った感じもないですし、人の事を誰よりも思いやれる方ですから」
「買いかぶり過ぎですって、それは! 俺なんて、好き勝手に生きてきましたよ、本当」
人を思いやった事なんてあまりないんだけどなあ……まあ、お人好しと言われた事もなくはないけど、単なる甘ちゃんなだけだと思うな。
「くす、私からみるととても素敵に見えますわ。さあ、着きましたわよ」
「え? ここは?」
「くす、私の実家です」
「…………はいっ!?」
京子先生と話し込んでいる間に、いつの間にか二階建ての少し古めの民家の前に着く。
門の表札を見ると、『宇田島』と思いっきり書いてあるので、ここが京子先生の……。
「ふふ、さあ行きますよ。ウチの両親に英輔を紹介するからね」
「あ、あの、心の準備が……」
「だーめ。てか、今日実家に帰るって、親にはもう事前に言ってあるから、今更逃がさないわよ♪」
勘弁してくれっ! 本当に京子先生の実家に連れて行かれてしまい、このままご両親に挨拶する以外、選択肢はもうなかった。




