第二話 女医のお姉さんの家で緊急入院決定?
「ふああ……今日も仕事かあ」
翌朝、眠い目を擦りながら、家を出て会社に向かう。
毎日毎日、この繰り返し――
しかし、これが突然終わろうとしているとは、この時は思いもしなかった。
「あ、宇田島さん。こんばんは」
「こんばんは、紀藤さん」
朝、駅で宇田島さんにバッタリ遭遇したので、挨拶を交わす。
「気分はどうですか?」
「ええ、だいぶ良くなりましたよ」
「本当ですか? 症状が出るようでしたら、私に相談してくださいね」
「はい」
何て話をしながら、二人で電車に乗り込む。
そこで宇田島さんの事をちょっと聞いてみたが、何と彼女は国立の医学部を現役で出ているらしく、研修を終えたばかりだと言っていたので、俺よりは三歳ほど年上らしかった。
年齢以上に若いっていうか、幼くは見えたけどな……二流レベルの大学しか私大の俺なんかとは天と地ほどの差があるじゃないか。
俺の事を気にかけているようで、嬉しいなあ……やっぱり、女医さんだけあって気遣いが結構出来るのかもしれない。
「いつも、電車通勤なんですか?」
「いえ、今日は他の病院に出張なんです」
「そうなんですか。じゃあ、途中まで一緒に行きましょう」
朝、宇田島さんを駅で見る事はなかったが、今日は特別だったのか。
「いつもは地元のクリニックに勤務しているんです」
「ああ、そうだったんですね。何かあったら、よろしくお願いします」
「くす、私、産婦人科ですよ」
「あー、そうでした、はは」
何て雑談しながら、電車が来たので乗り込む。
今日も満員電車に揺られながらの通勤だが、彼女に出会えて、良かったなあ。
そして、電車に乗り込んで十分ほど経った――
ガタンっ!
「ん?」
『停止信号です。少々、お待ちください」
急に電車が止まってしまい、満員電車の中、しばらく動くのを待つ事にする。
まいったな……事故でもあったのか?
いつ動くんだろう? このまま、何分も動かないと……。
(う……また気分が……)
このまま電車がずっと止まったままだと想像したら、急に気分が悪くなってきた。
いかん、また発作が……くそ、早く動いてくれ!
「ど、どうしました、紀藤さん!」
「いえ、大丈夫……」
俺の目の前に座っていた宇田島さんが異変に気付いたのか、立ち上がって、
「し、深呼吸してください! あ、代わりましょうか?」
「いえ、本当に……すーー……はあ……」
言われた通り、深呼吸をして気分を落ち着ける。
宇田島さんに代わって、座ろうかと思ったが、座ってもそんなに気分が良くならない事を思いだし、何とか電車が動くまで我慢するしかなかった。
「ああ、どうしましょう……次の駅まで、我慢できますか?」
「は、はい……」
とは言え、いつ電車が動いてくれるかわからないので、何とも言えない。
満員電車だときついんだよな、この発作……。
『お待たせしました。安全が確認されたので、発射します』
ほっ……やっと、発車するのか。
だが、まだ目的の駅までは十五分はかかるので、取り敢えず次の駅で降りよう……。
「あの、次の駅で降ります」
「わかりました。お付き合いしますね」
別に宇田島さんに付き添ってもらわなくても良いんだが、まあ折角なので、好意には甘えよう。
「ふう……やっと、落ち着いてきた」
次の駅で降りて、トイレに駆け込み、やっと落ち着いてきた。
しかし、また満員電車に乗ろうとすると、しかも会社についてもまた遅くまで残業せねばならんと思うと、気分が悪くなる予感しかしなかった。
「本当に大丈夫ですか?無理をせずに、今日は会社をお休みになった方が……」
「いえ、そういう訳には……」
「でも、過労はパニック障害には良くないと聞きましたので、やっぱりしばらく静養した方が宜しいのでは」
「いえ、本当に平気ですので。それより、宇田島さんの方こそ、時間は大丈夫ですか?」
「あ……そろそろ行かないと。あ、連絡先、交換しましょうか。何かあったら、すぐに連絡ください」
「あ、ありがとうございます」
スマホを出して、宇田島さんの電話番号やSNSのIDを交換し合う。
これで、彼女とはいつでも連絡取れる……ラッキーとか思ったり。
「あの、それではここで」
「はい、本当にありがとうございました」
宇田島さんは一足先に電車に乗り、俺はもう一つ後の電車に乗る。
会社は遅刻だな……でも、しょうがない。
病気だから仕方ないじゃないか。
そう言い聞かせていたのだが……。
「あの、今日はちょっと体調が悪くて……」
「全く、大事な取引があるってのにそれじゃ困るんだよ。まだ、若いんだからしっかりしてもらわんと」
「すみません……」
上司に謝るが、案の定、怒られてしまったか。
あー、うざい。気分が悪くなったんだから、しょうがないじゃん。
病欠も許されないとかいうなら、もう辞めちゃおうかな……親は辞めるなって言ったけど、通勤だけでも大変なのに、これじゃやってられん。
辞めたい辞めたい……でも、次の転職先はどうしよう。
どうせなら、宇田島さんの勤めている病院とか良いかも。
といっても、医者でも看護師でもないからなー……事務の仕事とかもあるんだっけ?
もはや、そんな事だけが頭を過ってしまい、遂に辞める決心がついてしまったのであった。
でも、いつ辞職願を出そうか……明日は土日だから、月曜にでも言っちゃおうかなー。
何て考えながら、仕事を行い、結局今日も夜中まで残業してしまったのであった。
「あ、紀藤さん。こんばんは」
「宇田島さん。どうしたんですか、こんな時間に?」
マンションに帰ると、俺の帰宅を待っていたかのように、宇田島さんが俺の部屋の前で待っていた。
「今日はあれから大丈夫でしたか?」
「はい……何とか」
「そうですか。今日もちょっと宜しいですか?」
「いいですよ」
今夜も軽く診察をしてくれるのだろうと思い、彼女の部屋に一緒に入る。
ああ、まあ良いか。明日は休みだし……ん?
「すみません、ちょっと良いですか?」
家に入った所で、電話が着てしまい、出てみると。
「はい。え? 明日ですか……いえ、それは……」
何と上司から明日、会社に来れないかという話だったが、今日もこんな遅くまで残業やったのに、冗談じゃない。
何より俺は辞める決心をしたのだ。
「あの、体調悪いのですみません……それでは」
と一方的に切ってしまい、丁重にお断りした。
これで首になっても、別に構いやしない。
「えっと、どうしたんですか?」
「明日、仕事に来れないかって言われたんですけど、断りました。パニック障害で通勤もきついですし、何より俺、会社辞めようかと思って」
「え、ええ? そんなに症状が悪いのですか?」
「はい」
パニック障害の症状がそんなに悪いのかと思ったのか、宇田島さんも相当驚く。
ああ、どうせなら彼女に付きっ切りで看護してもらいたいよ、本当。
「そ、それでは通院した方が……」
「すぐ治る方法ありませんかね? 宇田島さんの病院とかどうです?」
「ウチのクリニックは心療内科はないので……そうだ! ウチでしばらく療養しませんか!?」
「ん? 宇田島さんのクリニックでですか?」
イマイチ話が見えなかったので首を傾げるが、
「クリニックではありません。私の家で療養しましょう。一緒に家にいれば、私が力になれる事もあるかと思いますので。通勤出来ない程、重症なら、通院も辛いでしょうから、私が付きっ切りで看てあげます!」
「…………は、はいい?」
思いもかけない提案に、声を張り上げる。
ここから、彼女の家での『入院生活』が始まるのであった。




