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第十九話 きっかけは些細な事だった。

「それでは次は採血をしますね」

「さ、採血までするんですか?」

「ええ。血液検査も健康診断に欠かせないものですわよ。何か重篤な病気があるかもしれないのですから、少し痛いかもしれませんが我慢してくださいね」

 まさか、採血までするとは思わなかったが、それを自宅でやって大丈夫なんだろうか……。


「はい、腕をまくってくださいね」

「わかりました」

 先生の前に腕をまくって差し出すと、京子先生は注射器を取り出して、素早く採血を行う。

 最初はチクっとしたが、殆ど痛みもなく一瞬で終わり、すぐに絆創膏を張って先生は注射器の血液を試験管?のような容器に注射器から吸い出していった。


「これでよしと。まあ、これが英輔さんの血肉なのですね。ふふ、健康的な色をしていますわ」

 と、尿に続いて俺の血液を見て、またうっとりとした口調で不穏な事を口にする京子先生。

 そんな物を見て、何が楽しいのやら……医者なら、血は見慣れているのかもしれないが、


「これは専門の機関に送って、検査してもらいますわ。結果は何日かすれば出ますので、すぐに送りますわね」

「どうも……もう良いですよね」

「ふふ、英輔さんの体、まだまだスミズミまで見たいのですけど、今日の所はこの辺にしておきますね」

 まあ、血液や尿を検査したからって、別に俺の健康状態がわかるくらいで、どうって事はないはず。


「会社の方でも健康診断はしたんですよね? 何か異常はなかったですか?」

「特には」

「なるほど。入院歴や手術の経験はありますか?」

「どっちもないです」

「お酒を飲んだり、タバコを吸ったりしますか?」

「酒はたまに。タバコは全然ないですね」

 と、次々と京子先生は俺に健康上の質問をしていき、俺も淡々と答えて、先生はカルテっぽい用紙に記入していく。


 何だか普通に健診を受けているみたいで、畏まった気分になってしまうが、こういう仕草は本当にお医者さんって感じだな。

「ありがとうございます。素晴らしいですわね。とても、健康的な生活をしていたようですね」

「はは、学生まではそうだったかもしれないですね。でも、就職してからは残業ばかりで……」

 とても健康的な生活だったとは言えないな。おかげで、パニック障害にもなってしまったみたいだし。


「くす、もうその心配はしなくても良いんですよ。私が付いていますから」

「それは心強いですね。頼りにしています」

「もう、本当にそう思っていますか?」

「思っていますって」

 まがりなりにもお医者さんなんだから、病気や怪我の時は頼りになるのかもしれない。

 しかし、まだ彼女への疑惑は晴れてないんだよな。


「ねえ、英輔さん。私の事、もっと知りたくはないですか?」

「え? 何ですか、急に?」

「んもう、さっきは英輔さんに根掘り葉掘り、色々と質問してしまいましたから、今度は私の事を色々と聞いてください。ね、何でも答えますわよ」

「ちょっ、先生……」

 京子先生は俺の隣に座り、体を密着させて、俺の手をぎゅっと握りながら、甘い口調で囁いてくる。


「さあ、聞いてください、何でも」

「いやー、はは……特にないですって」

「まあ、私に興味がないと? 悲しいですわ、そんなの」

 別に興味がない訳ではないんだけど、あんまり女性のプライバシーに踏み込む事はしたくはない。

 ましてや付き合っている訳でもないのにさあ。


「先生の事は興味ありますよ。でも……」

「京子。いい加減、名前で呼んでください」

「京子先生で勘弁してくださいって。医者と患者何ですよね、俺達?」

「あら、真面目な方ですわね。今更、そんな建前を守る事はないのですけど」

 と言って、俺の腕にぎゅっと絡みついて、頬を膨らませて腕を揺らしながらそうせがんでくる。


 完全に誘ってきているんだけど、イマイチ乗り気になれないのはなぜだろうか……。

 美人だし、高収入の女医さんってだけでも俺にとっては高嶺の花なんだけど、そんな彼女が俺の事を好きってのはどうしても信じられない。

「じゃあ、聞きますけど、どういう女性が好みなんですか?」

「えーっと……」

 急に言われても思い浮かばないな。

 真面目な人が良いなとは思っていたけど、京子先生はきっと根は真面目なんだよきっと。


「女医さんとは付き合いたくないんですか?」

「考えた事はないです」

 というか、普通はないって……彼女が欲しいって思った事はあるし、実際に一度だけ出来た事もあるが……お医者さんや医学部の女子なんて接点すらないし、眼中にも入ってなかったのが現実だ。


 いや、医学部はないけど、医療系の学部に通っている子とはあったかも。

 一度だけ参加した合コンで、意気投合した女の子が一人いて、その子が確か医学部じゃないけど医療系の何とか臨床学部だった気がする。

 思い起こしてみると、ちょっと京子先生に似ていたかも。


「ううう……女医って、あんまりモテないと先輩から言われたんですが、本当なんでしょうか……」

 と、中々俺がうんと頷いてくれないので、京子先生は悔しそうに歯痒そうな顔をして腕にしがみつく。

 こんな仕草も可愛いなあ。

「逆に訊きますけど、京子先生、どんな男性が好みなんです?」

「真面目な方が良いです。英輔さんみたいな」

 お、おう……ストレートに言われてしまったな。


 俺ってそんなに真面目に見えるんかな……まあ、真面目に生きてきたつもりだし、そうみられることも多いんだけど、普通じゃないかね。

「英輔さん、私と初めて会った時の事、覚えていますか?」

「はい? 初めて会った時ですか? えっと……」

 京子先生は四月に俺の隣の部屋に引っ越してきたので、その時に挨拶をしたのが最初じゃないのか?


「ここに越してきてすぐに、近くのコンビニで買い物をしていたんです。その時にお見掛けしていたのが最初の出会いです。お店を出た際に、財布を落としてしまったのですが、すぐに拾って届けてくださって……あの時、現金が多めに入っていたので焦ったのですが、とても誠実な方もいるんだなと感心しましたわ」

「…………」

 そ、そんな事あったっけ? 全く記憶にないのだが、人違いではないのか?


「次の日にマンションでもお見掛けして、隣の部屋の住人だと知ってますます驚きましたわ。何だか運命みたいなのを感じまして。覚えてませんか?」

「は、はあ……すみません」

 恐らく四月の頃だと思うが、どれだけ記憶を手繰り寄せても、全く思い出せない。


「くす、そうですか。何だかすごく機嫌が良かったように思えたのですが、何かあったのでしょうか?」

「酒でも入っていたんですかね……」

「いいえ、そうは見えなかったですわ。まさか、女関係ではないですわよね?」

「ないです! 絶対にないですって!」

 就職してから、女遊びなんぞ一回もやってないし、同僚の女子とも仲良かった人はいないので、それは絶対にないはず。





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