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第十四話 女医さんの家から逃げられないのか

「英輔さん、起きてください」

「う……はっ! せ、先生っ!」

 翌朝、京子先生に起こされて慌てて起き上がり、時計を見ると、既に時間は七時半を回っていた。


「す、すみません! 今、朝食の準備を……ああ、間に合いますかね?」

「いいんですよ、そんなの。英輔さんは、私のお手伝いさんではないのですから、朝食の準備をする必要などありません」

「でも……お世話になっていますし……」

「あら、英輔さんは私の患者さんだという事をお忘れですか? 患者にご飯を作ってもらう医者なんて聞いた事がありませんわ」


 そりゃ普通の医師と患者の関係ならそうかもしれないけど、俺と京子先生は明らかに違うじゃん。

 というか、彼女の顔を見ると、昨日いきなり婚姻届けを書けと言われた事を思い出してしまう。

 あれ本気で言っているのかな……まさかと思いたいけど、


「どうしました?」

「いえ……あのー、先生。やっぱり、家に引きこもったままだと、色々とストレス溜まると思うんですよ。ですので、もうちょっと自由に外出できると良いなと思いまして」

「なら、これにサインしてください」

「ど、どうしてそうなるんですかね……」

 恐る恐るまた、外出の許可のお伺いを立てると、いつの間にか持っていたのか、京子先生は婚姻届けを俺の眼前に見せつけて、サインをしろと言ってきた。


「理由は説明しましたでしょう。英輔さんの御病気の完治まで寄り添うためには、夫婦になるのが手っ取り早いと。まあ、そんなのは建前ですけど」

「俺、先生の何なんですかね? 彼氏なんですか?」

「まあ、ハッキリ言いますわね。嬉しいですわあ♡ そういう事にしておきましょうよ。その方が周りの理解も得られやすいですわ」  


 理解がどうという話じゃないんだけど、俺は京子先生と付き合っている覚えはない。

 こんなのまともな交際じゃないだろ……京子先生はそれで良いのか?


「お金もなくなりますし、一刻も早く転職活動して、社会復帰したいと思うんです。電車通勤が無理なら、徒歩か自転車で行ける近場なら問題ないですよね?」

「どんな仕事に就きたいんですか?」

「まだハッキリ決めてないですけど……」

 まだ会社を辞めて間もないので、どんな仕事に就きたいのかはよく考えてない。


 仕事なんか何でも良いと言いたいが、前の会社みたいなのに入っても長続きしないから、悩みどころだな……。

 転職先も少し考えないといけないし、住所不定のまま脱出したらアルバイトだって出来るかどうか。


「まだ当分先になるとは思いますが、私、いずれは開業医になりたいと思っています。その時は、何人か職員を雇わないといけません。ふふ、英輔さん。どうしても働きたいというなら……わかりますね?」

「俺に京子先生の病院で働けと……」

「はい。医師になる必要などありませんわ。看護師でも受付でも清掃員でも、なんでも構いませんので。准看護師の免許なら割と簡単に取れるのでオススメかと」


 実にナイスな申し出と言いたいが、それだと殆どヒモと変わりはないじゃん。

 どっちみち、京子先生から離れらないし、ましてや雇用主と従業員の関係になったら、ますます頭が上がらなくなる。


「開業って事は自分の病院を持ちたいんですよね。凄いです。頑張ってください」

「応援だけならだれでもできますわよ。私に本当にその夢を叶えてもらいたいのであれば、英輔さんも行動で示してください」

「フレーフレーって声援を送るだけでは駄目でしょうか?」

「それでも構いませんが、なら主治医である私の言う事に従ってもらいますわね」


 京子先生の夢は応援したいが、開業するまで働くのを待てとか言われたら、何年かかるかわかりゃしない。

 医療関係の仕事……今まで考えたことはなかったが、京子先生と一緒はちょっとな。


「あら、もう行きませんと。はい、これお昼のお弁当とお茶です」

「あ、ありがとうございます。京子先生が作ってくれたんですか?」

「はい。簡単な物ですけどね。では、行ってきます。今日もくれぐれも安静にしててくださいね」

「いってらっしゃい」

 いつの間に俺の分の弁当を作ってくれたのか、包みに入った弁当箱と水筒を俺に渡し、家を出る。


 京子先生の手作り弁当か……嬉しいけど、なんか怪しい感じはする。

 しかし、京子先生の家はやはり一刻も早く出ないといけない。

 このままでは、先生のモルモットみたいな生活が死ぬまで続くことになる。


 ヒモになっても構わないと思うほど、割り切れる事は出来ない。

 なので、今日にも家を出よう。俺の行動をどうやって監視しているのか知らないが、今はクリニックに居るのだから、どっちにしろ手は出せない筈。


「よし。決めた。でも、その前に……」

 そう決心した物の、このまま出るのはちょっと後味は悪いので、部屋の掃除や洗濯などはやっておくことにする。

 それが京子先生に対するせめてもの恩返しだと言い聞かせ、家事を念入りにやってから、午後、逃げる事にしたのであった。


「こんな物で良いかな……」

 洗濯も掃除も済ませ、乾燥機で乾かした洗濯物も一通り畳み終える。

 完璧だな。家事のスキルもアップしたから、しばらく一人暮らしでも困らないだろう。

 腹減ったけど、お昼ご飯は……。


「折角だし、いただくか」

 京子先生が作ってくれたお弁当が目に留まったので、せっかくだし食べる事にする。

 まあ、残すのももったいないし、先生の手作り料理もどんななのか興味あったからだ。


「おお、おにぎりだ。タコさんウインナーにキムチ、たくあんにリンゴもあるぞ」

 箱を開けると、大きめのおにぎりが三個あり、おかずもいくつか並べられていた。

 簡素な弁当ではあったが、俺の為に作ってくれたのかと思うと感慨深い。


 やっぱり、出るの止めようかな……いや、ここで迷ったら負けだ。

 この弁当はありがたくいただくけど、それで気持ちが揺らいでは一生後悔する羽目になりかねないからだ。

「いただきます」

 そう言い聞かせて、京子先生のお弁当を食べる。


 うん、塩も効いていて、おにぎりは中々美味い。

 中に入っているのは鮭やおかかみたいだが、おにぎりって結構作るの難しいんだよな。

「お茶は……お、ちょっと渋めの緑茶か」

 水筒に入っていたお茶を一杯飲むと、ちょっと濃い目の冷えた緑茶が入っており、おにぎりにはよく合っていた。

 何だかんだで、特に怪しいものも入っておらず、京子先生のお弁当は美味しくいただく事が出来た。


「ご馳走様。ふう、美味しかったです、京子先生」

 弁当も完食し、手を合わせて、丁寧に弁当箱を袋に包む。

 さあ、家を出よう。

 京子先生には悪いが、俺は自分の意思で人生を掴むのだ。


「荷物は……う……」

 自室に戻り、荷物の確認をしようとした所で、急に眠気が襲い掛かる。

 あ、あれ……何かめっちゃ眠くなってきた。

 昨夜、寝不足だったからかな? 


「くそ……」

 強烈な眠気に耐え切れず、そのままベッドに横になる。

 少しだけ……ちょっとだけ仮眠を取るつもりだった。


「英輔さん。英輔さん」

「…………はっ! えっ? ここは?」

 京子先生に起こされて、慌てて飛び起きる。

「くす、ただいま、英輔さん。お休みだったのですか」

「せ、先生っ! い、今、何時ですか?」

「もう夜の七時ですわよ。ぐっすり寝ていらしたのですね」

「は、はい!?」


 時間を言われて驚愕し、スマホで確認をすると、既に夜の七時五分になっていた。

「今日は早く帰れたのですが、まさか英輔さんが寝ているとは思いませんでしたわ。よほど、疲れていたのですね……ああ、熱は……ないようですね」

「は、はい……」

 京子先生は俺の額におでこを当てて、熱を測るが、昼から夜までずっと寝ていただと?


 昨夜はちょっと寝不足気味ではあったが、これはいくら何でも信じられない。

「でも、お疲れの様ですわ。さあ、しばらく安静にしましょう。私が付きっ切りで看病して上げますから、安心してくださいね」

「は、はい」

 と、京子先生はニッコリと微笑んで、頭を撫でながら言ってくれたが、その笑顔がなぜか怖く思えてしまい、背筋がゾッとしてしまう。

 

 俺はこの人から逃げられるのだろうか……そう悩んだが、本当に何処か悪い可能性もあるので、今は彼女の言う通りにするしかなかった。




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