キ:ブレイクタイム
ログインしました。
今日はせっかくの休日なんだけど、またも用事が入って丸一日ゲームとはならなかったよ。イベント中なのに残念。
夕方頃にログインするとゲーム内は深夜なんだよねぇ。
お出かけで疲れてたし、結局リアルでお昼寝して夕飯食べてからの、いつものログインになった。
なんだか昨日は僕が気付いていない所で身バレの危機だったらしい。
ログアウトしてから相棒に顛末を聞かされて「ありゃー」ってなったよ。
そういえばそもそも木魔法・草魔法がエルフ特典だったっけ。うっかり忘れてた。ボスをサボテンパンチで殴るのはヤバイかなと思ってやめたんだけどね。
で、シイタケさんと、もしかしたらグレッグさんにも僕らがフッシーの主だってバレてるかもしれないってさ。
まぁ結局は大丈夫だったらしいけど。
「なんかごめんよ」
「いいよ、俺も気付かなかったし」
「……もしかして、昼間出掛けてる間とかずーっとそれ考えてた?」
「まぁ……うん」
面倒なお出かけとはいえ、やけにいつもよりテンションが下降線だなーと思ったらそういうことかー。
「じゃあ今日は相棒のやりたい事しよっか。何がいい?」
「……何も思いつかない。とりあえず他にバレてないかどうかスレを確認したい……」
「好きなだけ確認しなー」
相棒、メンタルブレイク!
今日はお休みです!
* * *
まぁどうせ外に出ないならね、ちょうどいいから僕は相棒の装備を預かって露店広場にやってきた。
シイタケさんがね、刻印入れてアップグレードしてくれるって言うから、お言葉に甘えに来ましたよ。
僕がやるとね……絶対に厨二病全開になるからさ。
まぁファンタジーなんて厨二病突き詰めてなんぼみたいなところはあるけどね……相棒に僕の黒歴史を背負わせるわけにはいかないから。
「じゃあお願いしまーす」
「どーも、今日中には仕上がるんで。出来たらユーレイさんに連絡いれますねー」
「はーい」
シイタケさんを見つけて、相棒の装備を渡す。
「昨日預けていかなかったんで、奥さんがやるのかと思ってたっす」
「いや目の前で脱いで渡して全裸で帰るのはあまりにも変態でしょ」
「アハハハハ! そりゃそうっすね!」
画面越しゲームにはそういう人よくいたけどね。
ツボに入ってしまったゲラ笑いのシイタケさんを後に残して、僕はのんびりといつもより少ない露店を見てまわる。
……あ、火魔法用の赤い石だって!?
ジャックが作ってるランタンにちょうどいいじゃん。お値段お手頃だし買ってこ。
グレッグさんはいないなぁ……まぁイベント中だもんね。
そんな感じに露店広場をふらふらしていると、ちょっと気になるお店を見つけた。
「毛糸玉だ!」
もこもこした可愛い毛糸玉がずらっと並べて売られてる!
「いかがですか? ひとつ3リリーですよ」
「安っ!」
え、それ元取れてる??
「売れ残りの処分品でして」
「ああ~」
よくあるやつだー。
ならむしろラッキーだね!
編み物ができるゲームってあんまり無いし、ちょっと買ってマフラーでも編もうかなぁ。
ゲームのニット系ってほとんどがテクスチャだもん。どんな感じになるのか気になる。
編み針も売ってるから、毛糸玉10玉と一緒にお買い上げ。
「編み針まとめますねー」
「あ、いいですよ。こうやって毛糸玉に刺しておくん」
「メ゛エ゛エ゛ッ!!」
「へっ?」
急な羊の鳴き声に手元を見ると、編み針を突っ込んだ毛糸玉から手足と頭と尻尾が亀みたいに出てきて……涙目でこっちを見ていた。
「メ゛エ゛ッ!!」
涙目の毛糸玉? 羊? が抗議の声を上げる。
僕は慌てて編み針でつついてしまった所をさすった。
「え、ええええええ!? ご、ごめん!! ごめんね!! 羊だと思わなくて! あれ!? 毛糸は!? 羊玉!? 店員さん羊が! 毛糸玉に羊混ざってる!?」
「チッ!」
さっきまでにこやかだった店員さんは、舌打ちをすると露店のクロスをバサァッと巻き上げて、僕に向かって毛糸玉もとい毛糸羊を全部ぶちまけてきた!
「メーーーーーーー!!」
「メ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッ!」
「メェエエエエ!!」
「メーーー!」
「メェエエエエエエエエ!」
「わーーーーーーーっ!? なになになにぃいいい!?」
手のひらサイズの羊が大量に飛んできてひっくり返る僕。
脱兎のごとく逃げる店員。
「詐欺だーーーー!!」
「出あえ出あええいっ!!」
逃げた店員を追いかけて、四方八方からピリオの兵士だの冒険者だのが走ってくる。
僕は羊まみれで座り込みながら、突然の捕り物が終わるのを呆然と眺めている事しかできなかった……
* * *
「えー犯人は本国における『ヤーンボールシープ愛好会』の過激派メンバーでした。『異世界の開拓地に至上の存在であるヤーンボールシープがいないのは間違っている。だから毛糸にそっくりなヤーンボールシープの子羊をばらまいて布教しようとした』等と供述しております」
「「そんなことある?」」
迎えに来てくれた相棒と一緒にハモる。
呆然としていた僕は羊を持ったまま兵士さんに保護されて、時間かかりそうだからメッセージで連絡したら来てくれた相棒と一緒に、事の顛末を聞いていた。
話を聞いてもわけがわからないよ。
「こんなに可愛いんだから詐欺なんかしなくても欲しい人いると思うんだけど」
「まぁ、ああいう人達ってよくわからん理屈と勢いで突っ走りますから」
災難でしたね。と同情的な目を向けてくる兵士さん。
本当だよ。
最初から最後までただただ巻き込まれただけだよ僕は。
「で、お買い上げになった羊はどうします?」
「10頭も飼えないんで……誰か欲しい人に上げてください」
「じゃあ何頭お持ち帰ります?」
「…………」
兵士さんには見抜かれている。
僕がこの羊をめちゃくちゃ気に入ってしまっている事を。
僕、そもそも牧場ゲームが好きなんだよ……その中でも、牛を飼うよりもニワトリと羊を飼う方が好きなんだよ……
「うぅ~……」
「相棒?」
「い、一頭だけ! 厳しかったら断念して露店に出すから!」
「……言うと思った。まぁいいよ。ゲームだしなんとかなるだろ」
「ありがとぉおおおお!」
こうして、『ヤーンボールシープ』って種類の毛糸が生える羊ちゃんは、編み針でつついちゃった子だけうちの子になった。
「これで相棒はNPC詐欺被害二回目か」
「うぐぅっ……相棒はメンタルブレイクは持ち直したの?」
「持ち直したというか……もうなるようにしかならねぇなって」
「開き直った」
「諦めたとも言う。……まぁ、俺達がそれっぽいって言ってるスレは無かったよ」
お互い心の負担が強い日だったね。




