幕間:お得意様の事だから
10/9 キャラ名一箇所ルビを入れました。
革装備を専門に扱う生産職のシイタケは、イベント期間中もいつも通りに露店を開いていた。
イベントに興味が無いわけではないのだが、完全に防具の生産一本でやっているシイタケにはできる事が少なそうだったので面倒が勝った。
高ポイント景品の素材に関しても、今のところは客の持ち込みでレア素材には困ってないし。
そういう意味では、少し前にあったユーザー主催のショ◯カーフリーマーケットの方がシイタケにはよほど楽しかった。
生産職向けのポイント報酬アイテムはまぁ……いつか別の機会があるだろう。
それに、こうやって留守番みたいに閑散とした露店広場にいるのも悪くは無い。
ライバルも大体出払っているから、破損装備の修理なんかはだいたい自分の所に持ち込まれるし感謝もされるのだ。なんならそこから新規顧客に繋がったりもする。
大手クランに誘われても断り続けて露店にいるのは、こういうやりとりが好きだからだ。
とはいえ、イベント期間は皆イベントを走っているわけだから、いつもより暇であるのは間違いない。
今はボタンに刻印入れるような料理の下処理めいた作業も無い。
そんな日は、シイタケはのんびりとゲーム内スレッドを見て暇を潰すのが常だった。
今日もそんな感じで気になるスレをあちこち覗いたりしていたのだが……ふと、とあるスレが目に留まる。
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【名称】森ップルを考察するスレ Part2【改めました】
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802 番犬ジョン
【速報】森女、エルフの可能性が浮上。
803 クジラ定食
ほほう?
804 黒糖100%
なんでエルフ?
805 番犬ジョン
今日のロックス襲撃防衛に森ップルが出たんだが
そこで森女が木魔法使った可能性がある。
806 ジム
>805
ほほー!
807 orz
草ってエルフ選んだら特典で覚えるやつだよね?
木って草の上位だっけ?
808 番犬ジョン
>807
そう。
ロックスに来てるエルフで木魔法に到達してる奴がいなかった。
ってことは消去法で森女が使ったんじゃないかって話。
809 クジラ定食
だいぶふわっとしてんなー
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シイタケは馴染みの客を一組思い出して、思わず笑った。
やっぱりなー。
黒い暗殺者みたいな軽装を好む弓使いのヒューマンの男と、魔女みたいな恰好をした魔法使いのエルフの女の夫婦。
そうじゃないかなーとは思ってたんすよね。
見た事の無いキツネの毛皮素材を、周りにバレたくない感じで持ち込んできた事。
頭に乗せていた子犬が、そもそも犬タイプ初期従魔の進化系でなかったとしたら、ピリオ襲撃で乗っていた狼と同一のモノだったのだろうし。
いつだってあの夫婦は、手を繋いでやってくるから。フリーマーケットで見かけたナンパに憤る抱き寄せ方が、なんとなくイメージが重なっていた。
……あとはもう、森夫婦姿でやってきた時。革装備専門店である自分の店で、靴だけは自作品っぽいのを装備しておきながら、わざわざ数の少ない矢筒だけを買う理由なんて。
「やっぱりなー」
確たる証拠は無いけれど、たぶん外してはいないだろう。
くつくつと笑いながら、シイタケはスレにひとつ書き込みを落とす。
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812 シイタケ
今って魔道具技術で単発魔法とか売ってるからなー
813 グレッグ
足止めの木魔法なら売っとるの見た事あるが
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お?
自分の書き込みの直後の投稿を見て片眉を上げる。
グレッグ……モロキュウ冒険団の錬金術師だっけ。
いつも露店広場の片隅で、販売と買い取りしてる……なるほど? そっちともやりとりあるんなら、もしかしたら気付いてるのかもしれないっすねー。
まぁどうでもいい。
シイタケは顧客の情報を守るのにちょっと書き込みをしただけだ。
スレの流れは魔道具という魔法を自由にやりとりできるツールの可能性を受けて、『エルフと思わせる事こそがブラフだったのでは?』という方向に流れ始めた。
そう、それでいい。
せっかく面白そうな所に住んでるみたいだし、また面白い素材を持ち込んでくれた方が楽しいっすからねー。
……シイタケが気付いたのにはもう一つ理由がある。
それは、恐らくあの夫婦と似たようなスタートを切っている人物が一人。親しいゲーム仲間にいるという事。
その類似点から、シイタケはあの夫婦の可能性に気が付いた。
……ああ、来た来た。
スゥッと広場の空気が変わる。
周りの音が遠くなる。
心なしか、空の色まで暗くなったような気がする。
そのゲーム仲間がやってくる時は、いつもこうだ。
一人だけホラゲーやってんじゃないかって路線を突き進むそのゲーム仲間は、キャラクター名を『夾竹桃』と言う。
「おっつー」
「おっつおっつ。もーシイタケってばどーいうことー? いつのまに森夫婦と仲良くなってたんでーすかー?」
夾竹桃はたった今シイタケがスレに落とした書き込みの事を言っているらしい。
たまたまそっちもスレを追っていたらしかった。
「顧客情報は漏洩できまっせーん」
「クソがよー」
男か女かわからない中性的な声の夾竹桃は、ボブヘアに前髪が分厚く目元を覆っている、いわゆる『メカクレ』で、見た目も性別がピンとこない。
「夾もフリマでやりとりはしたんしょ? フレ交換しとけばよかったのに」
「いやぁ、謎の呪術師ムーヴを全力で楽しんじゃったからなー。多分承諾してもらえなかったと思われ」
「自業自得じゃんすか」
「キョェエーッ!」
呪術師が怪鳥みたいな奇声を発するとガチで呪われそうだからやめてほしい。
実際、今二人は呪術のなんやかんやに包まれているらしいのだが。
おかげで周りに声が聞こえないからこうして内緒にするべき話もその場で大声で喋っていられるのだけれど、呪われているのかと思うと微妙な気分である。
「で、いい加減自分の開拓地に住む目途はたったんすか?」
「いやたつわけない。あそこは人の住むところじゃねーんだって。欄外に○つけたのは確かにこっちだけど、もうちょっと手心欲しかったわー」
「それも自業自得なんよなー」
「キョェエーッ!」
夾竹桃はプレイ開始当初は開拓勢だった。
……だった。
そう、過去形だ。
ずいぶん難易度の高い場所に放り込まれたらしく、転移オーブこそ設置したものの、家を建てるのもままならなかったらしい。
今ではもうすっかり諦めて、自分専用の狩場として割り切ってピリオで生活しているのだ。
……そう、シイタケの寮部屋に間借りして。
「はよ家建てて独立して」
「ああんいけずぅ。一緒に住もうよー、色々楽なんだよー」
「家賃一月7万リリーになりまーっす」
「たっか! 微妙にリアルな数字なのやめーや」
ケラケラと軽口を叩き合う、お互い気の知れた相手だ。
だから特殊路線をひた走る夾竹桃の秘匿したい気持ちはなんとなくわかるし、それと同じような路線を歩いているらしいあの夫婦の秘匿したい気持ちも、なんとなくだがわかるのだ。
「……森夫婦って、夾と同じマップではなかったよね?」
「違うねー、もしやと思って結構探したけどいないよ。近そうだけど、もうちょいゆるい場所じゃない?」
「夾の開拓地ってどこだっけ、地獄?」
「ちげーよ、『奈落』」




