キ︰『お前がNPCになるんだよ!』
※偉い人3名の年齢について追記
お偉いさん到着パレードは、思っていたよりプレイヤーの見物も多くて盛り上がっている。
先頭に旗を持った兵隊さん。
その後ろにそれぞれ馬に乗った偉い人三名が街の人たちに手を振りながら進んでいる……らしい。
聖女さんは当然のように若い女性だけど、他2名も結構若い感じだとか。クールな魔法使いっぽい方が30くらい、騎士っぽい赤い髪の方は20代くらい。
完全に視界を塞がれている僕は、そんなパレードがゆっくり近づく様子を隣の相棒から教えてもらっている。
「相棒、そろそろだよ」
「ぅん」
「……大丈夫?」
「心臓爆発しそう」
あ~~~、緊張で胸がハラハラしてる。顔が熱い。
* * *
寝具屋さんでパレードの話を聞いた僕は、相棒を引っ張って必要な物を買い揃えて、大急ぎで拠点に帰還した。
「フッシー! 仕事の時間だ!」
「それもしかして我の名?」
僕は買い物しながらずーっと考えてた。
ワールドクエスト。
誰が、誰に、説明をすれば、一番説得力があるのかって事を。
何万ってやってきているプレイヤーの内、無名の一人が全体を説得しようと思うから上手くいくビジョンが見えないんだ。
それを覆すカリスマなんて僕は持ってない。
だったら、説得力のある役に託せばいい。
ここには、一番説得力のある『不死鳥のオバケ』がいるじゃないか!
「なるほど。我をパレードに連れて行くから、人の子のトップに直接話をしろ、と」
「そう!」
公式は言った。
『お前がNPCになるんだよ!』と
だから
「僕はフッシーをパレードに連れて行く謎のNPCを演じる」
僕が出した答えはこれ。
『Endless Field Online』は、頭の上にキャラクター名が表示されたりしない。
外見だけならNPCとプレイヤーの区別はつかない。
そしてソロに優しい仕様のひとつとして、本人が公開設定を選ばない限り、装備品に鑑定をかけられたりすることもない。
つまり、顔とか身体的特徴を隠してしまえば、僕が有名人になっちゃう事は無いのだ!
僕は大急ぎで相棒に手伝ってもらいながら準備を始めた。
使わなくなった【簡素なローブ】と【簡素な帽子】に、相棒が集めてきてくれた大量の木の葉や細い枝を隙間無く縫い付ける。
特に帽子からはカーテンみたいに葉が垂れ下がるようにして、顔も完全に隠れる仕様にした。
目のところをほんの少しだけ開けて、辛うじて前だけは見えるように工夫する。
それから、追加で集めてもらった森の木の細い枝で、小さくも無いけど大きすぎもしない鳥籠を作って、【微睡の枝】の先に吊るした。
「フッシー、この籠に入ってお出かけできない?」
「ふむ……そなた、【刻印】スキルは持っておらんか?」
「え? 持ってる」
「重畳。今から指示する紋を、この森の木の板に刻んで底に貼るのだ。内側だぞ」
言われた通りに【伐採】で板を作り、【刻印】で指示通りの模様を彫って籠の底に貼った。
【微睡の魂籠杖】…魔攻+12、魔防+2、死霊術威力+3
微睡の森の木の枝に、魂を入れる籠を付けた杖。
籠に入れた魂の力を借りることができる。
製作者:キーナ
なんか増えたけど今は気にしてる余裕が無い!
籠を編んだり葉を隙間なく縫い付ける作業なんて、全部手でやるんだから時間がかかる。完全に思いつきなんだから、ブループリントなんてあるわけない。
──【裁縫】スキルレベルアップ
──【木工】スキルレベルアップ
──【刻印】スキルレベルアップ
──【武器製作】スキル取得
──【防具製作】スキル取得
──・・・・・スキル取得
──・・・・・が可能になりました。
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システムアナウンスも全部聞き流して、相棒に給餌してもらいながら作業して……なんとかパレードが始めるまでに準備が出来た。
このゲームは睡眠が必須だから、どうしてもゲーム内で一回睡眠は挟まないといけなかった。
睡眠不足のデバフは視界がぼやけてめまいがするんだけど、それが予想外にキツくて徹夜できなかったんだよね。
ただ、寝室の家具を良い物にしていると次の睡眠までバフがかかるんだけど、羊毛のお布団のおかげで必要な睡眠時間が短縮されたのはありがたかった。これがなかったら間に合わなかったよ。
完成したモノを一式身に着ける。
長い髪はグルグルっとまとめて帽子にin。上から葉っぱが被さって、これで銀髪なんて欠片も見えやしない。
僕は相棒に向かって、くるりと一回転して見せた。
「どぉ?」
「うん、モ○ゾー」
デスヨネー。
鏡が無いからわからないけど。今の僕は、立派な木の葉の塊になっているはず。ふっさふさやぞ。
「せめてス○モがいい」
「スー○を名乗るには丸みが足りないかな」
デスヨネー。
「……で? その格好でパレードに乗り込むの?」
「そう」
「くっそ目立つよ??」
「だから飛び出す本番までは、この上からさらに布を被ってシーツオバケになる」
「……それ歩けるの?」
「前見えないから相棒が引っ張って歩いて」
「俺くっそ目立つが??」
そこはもう、僕が頑張る分頑張ってほしい。
「シーツオバケだけじゃダメなの?」
「引っ張られたらアウトなのは怖いし……あんまり謎のNPC感無いかなって」
全身葉っぱの方がさ、そういう種族ですって感じが出ると思うんだ。独特の衣装を用意するには時間が足りなさすぎる。
そしてその時にだけ葉っぱ姿を見せた方がそういうイベントです感が出ると思う。
ああでも、決行前に念の為。
「……一応確認だけど。相棒、こっちの役やりたい?」
そう訊けば、相棒はものすごく綺麗で爽やかな笑顔を浮かべた。
「ハハッ、まさか。絶対にやりたくない」
「じゃあ誘導よろしく」
そう言えば、相棒はものすごくしわしわな顔に変わった。
花が咲いてから萎れるまでの早回し映像見てるみたいだった。
* * *
そんな怒涛の準備の末、ついにぶっつけ本番の時がやってきた。
「『321今』で布取るよ」
「オッケー」
「3・2・1…今っ」
シュルンと布の覆いが相棒のインベントリに消えて、木の葉の狭い視界に石畳の道が見える。
足の震えを無視して、ぴょんと前に出た。
道の真ん中。パレードの進行方向に立つ。
警戒した先頭の兵士さんが足を止めた。
歓声が消えて、どよめく周囲。
ああー! 絶対に目線を集めてるー!
葉っぱでほとんど周りが見えないのがせめてもの救い。顔が勝手に赤くなるのも、全部葉っぱが隠してくれる。
あがり症気味だけど、覚悟決めれば目立つ事もそれなりに出来なくないんだ。
まずは、深く一礼。
これで兵士さんの毒気が少し削がれる。
そして杖を出す。
先端にぶら下げた鳥籠を、お偉いさんへ向ける。
後は頼んだフッシー!
「ようこそ人の子よ。我はそなたらが『大鳥』と呼ぶ骨の主。不死鳥の霊魂である」
何かを察したらしいお偉いさんが、こっちに武器を向ける兵士を止めた。
よーしよしよし、ナイスお偉いさん。
正直、『曲者ー!』ってバッサリやられる可能性も無くはなかった。助かった!
* * *
しんと静まり返ったパレードの中心でフッシーは語る。
この世界の構造を。
そして、現在進行形で起きている世界の異変を。
「そなたらは我が同胞の骨をいくつか手に入れていると聞く。我のように、その骨を媒体としてその魂と対話を試みるが良かろう。我らはそれを拒否しない。我らは事情を伝える機会を望んでいた。鑑定でもなんでも好きに調べれば、我の話が真実であることが理解できようぞ」
僕はその間ひたすらに杖を持つだけの存在に徹していた。
注目で手も足も震えそうになるのを、鳥籠だけ見つめて必死に意識から外す。
大丈夫、何か危ない物が近づきそうになったら、相棒がメッセージを送って通知を鳴らしてくれる。
僕は旗手……旗手です……
NPC達は互いに小声で言葉を交わして、頷いた。
何かに納得したような顔。
プレイヤーの何人かもなるほどって感じの反応をしている。
ワールドクエストのアナウンスがあったからね。
このことだったんだって、思ってくれればそれでいい。
「そなたらが我らと共にあらんとするのならば、この世界はそなたらを歓迎するだろう。だからどうか、人の子よ。我らと共に滅びに立ち向かってもらいたい」
フッシーの演説がひと段落する。
いや口調もそうだけど、やっぱり説得力があるわ。
僕があわあわしながら訴えた所で、絶対こんなに清聴してもらえないもん。
重要人物の一人。鎧を着ている赤髪の騎士団長っぽい人が、代表して口を開いた。
「不死鳥殿、よくぞ伝えてくださった。私は騎士団長ラッセル・コールビート。ククロスオーヴ王国より開拓の最高責任者として任を受けた内の一人として誓おう」
騎士団長はすらりと腰の剣を抜き、天へ掲げた。
「ここに、我ら開拓の徒はこの世界の滅びを討ち果たし、命溢れる世を作る事を宣言する!」
ワァッと歓声が上がった。
うん、実に厨二心をくすぐるRPG的な展開だ。
これ大成功なのでは?
もう帰っていいかな?
帰っていいよね?
そう思って少し後ろに下がった途端、騎士団長さんがぐるっとこっちを見た。
ヒェッ
「そこの者。よく不死鳥殿を連れてきてくれた」
やめっ、やめろっ
コラッ! こちとらそういうのは望んでないんだって!
わー手が震える!
やめてやめて!
「そなたの名は……」
「よさぬか。我が主が何故このような姿で出てきたと思っておる」
フッシー!
僕の心を代弁してくれてありがとうフッシー!
……でも『我が主』って何?
「我が主?」
「さよう。我はこの者の手によりこうして人の子へ危機を伝える事が出来た。故に、我は今後はこの者の下で滅びと戦う事とする」
──称号『不死鳥の主』を取得しました。
へぁっ!?
「我が主は引き続き静かな地で研鑽を積むのが望み。無粋な真似はしてくれるな」
「ふむ、そういう事であれば」
──称号『開拓責任者の期待』を取得しました。
ちょっ
「では人の子達よ、我ら結構な数死んでおるのでな! 我のように、ちょっと良くしてもらえれば割と簡単に絆される故、拾ったら自分用にしたって問題はあるまい! 同胞をよろしく頼む! さらば!」
最後の最後に温度差ぁああああ!
ほらぁ! トップ3が苦笑いしちゃったじゃん!
もう撤退!
フッシーがさらばって言ったから撤退です!
一歩下がって、踵を返す。
そのまま転移のオーブへ全速力!
杖は速やかにインベントリへ収納! シンデレラ展開は絶対にごめんだぜ!
あー、でもこの葉っぱローブ走りにくいいいいい! ただでさえ俊敏低いのにぃいいいいい!
誰だこんなクソみたいな構造にしたのは! まったく!!
と、頭の中でキレちらかしていたら、体がふわっと浮いた。
セクシャル要素を省いているこのゲームでは、プレイヤーは個別に許可設定していないと接触する事ができない。
僕が許可しているのなんて、たったひとりしかいない。
「むぐぇ」
「はい帰るよ、手だけ出して」
さっきまで被っていた布をまた被せられて。
抱きかかえられたまま、僕は速やかに相棒によって拠点へと搬送されたのだった。