ユ:イベントへ向けて
俺とキーナによるカラス探しのバードウォッチングは、東・南・西と続けて全部空振り。
近辺四方向を探す作戦は、残るところ北方向。☆フェアリータウン☆とエゴマ亭がある一度通った事のある道だけ。
とはいえ、月曜日はもう公式イベントが始まる日だ。
バードウォッチングしながらだと三倍の時間がかかる道行だから、今から北方向の調査を始めると間に合わない。
だから俺達は、石の街ロックスを登録して帰還した後に相談して、調査を一旦切り上げイベントの準備をすることに決めた。
そういうわけで今日は土曜日。
世間一般は休日。俺達にとっては平日夜のログインになる。
ゲーム内での朝食をとりながら、俺達はイベントの詳細を確認していた。
「イベントミッションも大まかな内容出てたんだね」
「ゴールの街の名前と一緒に発表されてたよ」
イベントミッションは防衛部門・敷設部門・資材部門・支援部門の四部門。
まず防衛部門は読んで字のごとく、周囲のモンスターから工事現場や資材を守る事がメインだ。
冒険者ギルドの依頼に近い討伐クエストの他、資材や人材の運搬・護衛クエストも出るらしい。ゴールの街の襲撃防衛もあるとか。
「これが戦闘メイン向けって事だね」
「だろうね」
次は敷設部門。これはNPCと一緒に現場で道を作る作業がメイン。
木の伐採はもちろん、土魔法で道を均して固めたり、転落防止の柵を作ったり、石材を加工するとか、実際に石畳を敷くとか。
生産とか建築好き向けのクエストがこれだ。
「現場担当だね」
「うん」
そして資材部門。
現場で使う石材とその他の納品クエスト。
この部門はただそれだけだ。加工は敷設部門が、運搬は防衛部門が行うから、本当に納品のみ。
資材集めが趣味のヤツは延々と掘って、ただただ納品すればいい。好きなら天国だろうが、苦手だったら地獄の部門だ。
「得意な人の貢献度が桁違いになるやーつ」
「どこのゲームにもいるからなガチ鉱夫」
最後は支援部門。
これは前三つの部門で動く人々のサポートがメイン。
例えば、現場で休むための小屋を建てるとか、現地で炊き出しをするとか、そのための食料を納品するとか、そういった『現場を成り立たせる』ための部門らしい。
「へー、そういうのもあるんだ」
「らしいよ」
部門は別れているが、別にどれかひとつに絞らないといけないわけじゃない。
単純にクエストがそう分類されるってだけで、自分の好みのクエストを選んでこなせばいい。今日は討伐、次の日は柵作りとかでも構わない。
「なるほど、この内容なら事前に石材の準備しとく人が多いのも納得だね」
俺達がバードウォッチングしてるって言った事に怪訝な反応してたのも納得だな。
「イベント始まったら採掘場とかもっと混みそうだ」
「うわぁ……あれ以上かぁ……」
タンクトップの集団の中に入っていく気は起きない。
俺達は石材の納品は無いな。
じゃあ何をするんだって話なんだが……
「じゃあ僕らは何しよっか?」
案の定訊いてきた相棒に、俺は考えていた案をひとつ出した。
「食材の納品とかどう?」
「食材?」
「そう」
俺達の拠点は、素材的には恵まれているから、油断するとすぐ資産が過剰に貯まって襲撃で苦労する。今も鹿の皮とか結構あるしな。
だからこれを期に整理整頓すれば一石二鳥なんじゃないかと思う。
「つまり……素材を売ったお金で食材を買って、それを寄付するって事?」
「そういうこと」
プレイヤーが余分な野菜や肉を売っている露店はそこそこあるし、NPCの店の食材は本国から買い入れてる設定だからそもそも無くならないらしい。
買い占め問題が発生しないならこのやり方も有りだろう。
説明すれば、相棒は「なるほど!」晴れやかに笑った。
「いいと思う! さすが相棒!」
「だろ? もっと褒めていいよ?」
「世界一カッコイイ! 愛してる!」
さてそうと決まれば今日の予定は決定だ。
インベントリを整理して、余剰な物を露店広場に売りに行こう。
* * *
「こっちは10000!」
「うるせぇ! 俺は12000だ!」
「だったらこっちは20000出してやんよぉ!!」
どうしてこうなった?
スレで森夫婦って呼ばれてる衣装を着こんで、露店広場に来たまではいい。
グレッグさんやらしいたけさんやらに渡した事のある素材を除いて、露店に並べたまでもいい。
微睡の森の木材を出して並べた途端に、客が押し寄せた。
……いや、知ってた。
うちの木を使ったベッドがやたら高性能で需要が高いのは知ってたし、なんなら後続の供給が無いからプレミア価値まで付き始めてたのはスレで見て知ってた。
だから嵩張る木材もさっさと捌けるだろうなと思ってたからな。
でもまさか客同士の喧嘩からの突発オークションが始まるなんて思わないだろ。
「はい32000出ました。他の方よろしいですか? ……はい。ではこちらの分は『脳天カチ割り斧使い』さんの落札となりました! お会計お願いします」
この落札者の名前怖いな。
……じゃなくて、仕切ってるあんたは誰なんだよ? さっきから落札者の名前が口からスラスラ出てきてるけど、どんだけ顔広いんだ?
周りで喧嘩始まって帰ろうかなって思い始めた所にやってきて、あっという間にオークションを整えたのがこの男。
面倒な事になりそうだったから助かったのは事実だけど、営業スマイルって感じの整った笑顔と良く回る口はなんか対応が面倒くさい。
相棒は相棒で『自分にはどうにもならなくなった』って判断したのか、リンゴガチャのお勘定しながら自分でもリンゴ食って、オークションの最後に受取するだけの存在になってる。
俺? 俺はもうとっくに気配を消して存在を薄くしてますが何か?
このまま透明になって拠点に帰りたい。
オークションの男も俺に笑いかけないでくれ。
「では、次の木材はこちらの分です。5000から始めましょう!」
一人が買い占めるとややこしい事になるからと言って、木材をある程度の数の山に分けて、それぞれが競り落とされていく。
俺達は市場じゃなく露店広場に来たはずなんだけどな?
「『スパーク巌山亀は背中の中心の輝石に魔力を溜め、甲羅から放電する』」
「やべぇ亀だな」
「そんなのいんのかよ」
……どっちもまだ終わりそうに無いな。
俺は小声でネビュラを呼んで、無心でブラッシングをすることにした。




