幕間:四葉亭の来訪記録
契約主と通りすがりの幻獣が退去して、四葉亭と呼ばれた夢空間には、クラウンと名付けられた夢魔が残った。
ランプに照らされた整った空間で、クラウンはさっそくルールに従い冒険者を招き始める。
主の願いを叶え、己の糧とするために。
* * *
プレイヤー名を『テラウメェ牛乳』というヒューマンの男が目を開けると、そこはやたら狭い喫茶店のような空間だった。
「……は?」
テラウメェ牛乳は、俗に言う『首都警備員』である。
あまり狩りにも行かず、クエストをこなす頻度も低め。なんとなくピリオノートに常駐して気の合う相手と駄弁ったり掲示板を冷やかしたりしているプレイヤーだ。
そんな彼が久しぶりに夢の牢獄坑道チャレンジでもしようかと、睡眠モードに入ったら……これである。
「え、どこ……?」
喫茶店を名乗るには狭すぎる店内をグルリと見渡して、喫茶店らしい席の上の壁に変な絵があるのが目に入って一瞬ギョッとした。なんだこの手……色んな生き物が細長い手に捕まってる……? え、怖……え、何の絵???
絵から目をそらすと、今度はカウンター上に瓶が並べられているのが目に入る。
その手前には金額とプレート。
『一来訪、一瓶まで』
うん……? あ、料金箱。無人販売かこれ。
並んでいるのはリンゴジュースと牛乳……知恵の林檎ジュース!?
そこでテラウメェ牛乳は全てを察した。
ああ、エフォの名物夫婦がまたなんかやったんだな、と。
そういう事なら……このオヤスモーミルクとかいう睡眠薬みたいな牛乳でもひとつ買いましょうかね。チャリーン。
お買い上げして、そのまま視線を横にスライドさせると、今度は棚に見たことの無い素材が積み上がっている。
うわー、なにこれ。知らん素材ばっかり……毛皮系とかは、装備一着作れるくらいの量を一束にしてくれてるのか。
で、こっちも『一来訪、一品まで』と。
……知らんウサギ素材でも買っていくか。
エフォはなんか、ウサボールのせいでウサギ=初心者向けなイメージあるから、顔見知りの初心者に上げてもいいし。チャリーン。
買い物を終えて振り向くと、反対側の壁には意味深な扉。
扉には『夢の牢獄坑道行き』と書かれたプレートが貼ってある。
あ、なるほど助かる。
テラウメェ牛乳は買ったアイテムをインベントリにしまい、素直に扉を潜って店を後にした。
* * *
「……おや?」
クラン『麗嬢騎士団』所属の『セバスチャンZ』は、予想外の光景に整った顎髭を軽く撫でた。
目を開けると、そこは見知らぬ場所。
はて……新しい睡眠バフアイテムが手に入ったので、バフの付け直しに軽く仮眠を取りつつ運が良ければ坑道チャレンジくらいの気持ちだったのだが……ここはいったい?
内装はどう見ても落ち着いた喫茶店のような、けれど喫茶店にしては狭く、まるで小さな立ち食い蕎麦屋のような広さの空間である。
席だって、一組しかない。
ダークブラウンのテーブルを白手袋を履いた手でするりと撫でながら、セバスチャンZは、ふと視界の端で動く何かに目をやった。
それは、青緑色をした、半透明のミミズクが……スヤスヤと眠っている姿。
ああ……あれは夢のミミズク幻獣。 検証勢が大騒ぎして、石版NPCが契約主になったと聞いて確かめに行ったので覚えている。
と、なると……ここは夢か? よく見ると、ひとつだけある扉には『夢の牢獄坑道行き』と案内板がある。
はて、夢の牢獄坑道の仕様が変わったという話は聞いていないが……
そのまま視線を動かして、絵を見て、棚を見て、そして飲み物の瓶を確かめた所でセバスチャンZは微笑んで頷いた。
ああ、あのお二人の……
知恵の林檎ジュースなる物があるなら間違いない。うちのお嬢様の大のお気に入り。森夫婦の手が入った場所だろう。
それならば……林檎ジュースと鹿の角を購入して席についた。
インベントリから読みかけの本を取り出して、雰囲気の良いランプの灯りの中で、ゆっくり読書と洒落込む。
すぐ横の絵も、紫色の空間でゆったりとくつろぐ動物達が描かれていて中々に良い雰囲気だ。
しばらく林檎ジュースをちびちびやりながら読書をしていると……ちょうど飲み終えたあたりで唐突にTipsのシステムウィンドウが目の前に出て苦笑した。
一緒に並んでいた睡眠効果のあるらしい牛乳といい、飲み物があまりにもここでゆっくりするのに向いていなさすぎる。
お勧めの紅茶でも紹介したいくらいであった。
* * *
四葉亭に招かれたとあるプレイヤーは、ほんの少しだけ魔が差した。
知らない素材が並ぶ棚。
購入出来るのはひとつだけ。
……でもこんな、知らない素材ばかり並べられてひとつだけなんて、我慢しろって酷いじゃないか。
だからもうひとつ、手を伸ばした。
どうせ無人なのだ。だから分からない。
どうせエフォはシステム的に窃盗が出来ないのだ。勝手に料金は支払われる。
だから、サッと取って、インベントリにでも入れてしまえば……
品物に手をかけて持ち上げた……その瞬間。
視界が一面白詰草に埋め尽くされた。
驚き声を上げた時には、もう遅い。
次に目を開けた時、そこは睡眠モードに入った自室で。
慌てて確認したインベントリには、購入した『ひとつだけ』はあっても、欲張った『もうひとつ』は存在せず。
どんなに肩を落としても、覚めた夢は既に過ぎ去った後なのだった。
* * *
「あれー?」
露店広場の常駐職人『ハニーカプチーノ』は、予想外の場所で目を覚ました事に首を傾げた。
「睡眠バフ変更するだけのつもりだったのになー……あ、綺麗な白詰草、かわいいー」
かわいいと言うと、壁にかかっている白詰草はそれが聞こえたように少しフサフサと動いた。
ああ、これはあれかな、夢なのかな。
最近、白詰草みたいな夢魔がどうのって話があった気がするし、睡眠モードに入ったら着いた所だしね。
予測を立てながらカウンターの上の瓶に目をやり、ハニーカプチーノは得心して頷いた。
「ああ〜、森夫婦さんの所なのかな?」
そっかそっか、あの2人の愛の巣かぁ〜
ハニーカプチーノは、自分の店にやってくる魔女衣装好きなエルフの女性と、手をつないで一緒にいる暗殺者風の男性とのペアを思い出してほっこりした。
常連さんだし誰にも言った事は無いけれど、ハニーカプチーノはあの2人が森夫婦だと思っている。たぶん、きっと、メイビー。
だって、あの2人と森夫婦が同時に存在してた事ないし。
体格とか、仕草とかね、手のつなぎ方とかも、ちょいちょい店に来た時の様子を見てたらわかるよ。
これからも平和に眺めてほっこりしたいから言わないけど。
あの謎めいているけど有名人な夫婦の片方が、実は素の状態の時に自分の作った服を愛用しているなんてね、最高じゃん?
商品を置いてある棚を見つけて、『一来訪、一品まで』の注意書きに「はーい」と了承の返事をしながら、かわいいウサギの素材を購入。
ほくほくしながら視線を下ろすと……片隅のクッションに、なにやら濃紺で半透明のフェレットのようなナニかがいた。
「えっ、かわいいー!?」
フェレットはパチリと目を開けてハニーカプチーノの見ると、くぁ〜っと欠伸と伸びをしてから口を開いた。
「ヒトの子?」
「はい、ヒトの子ですよー」
「はーい、ヒトの子。アチシ夢のフェレット幻獣。ねぇねぇ、ちょっとカミカミしてもいーい?」
「よろこんでー!」
ちょっと噛み癖のあるフェレット幻獣とハニーカプチーノは、この後速やかに契約を結んだのであった。
* * *
ランプに照らされた良いムードの喫茶店めいた空間で……プレイヤー、『ダブルチーズバーガー大盛り』は、ギリィッと歯ぎしりしながら膝をついて床を叩いた。
「爆発しろリア充が!!」
壁にかけられた絵の中では、それはそれは仲睦まじいオスとメスのゴリラが、それはそれは幸せそうな顔で寄り添いながら細長い手に肩を叩いてもらっていたという。
ちょっと数日お休みして流行りのポコアをやってきます。




