キ:開会式を横目にお買い物
今日は変装は特に無し。
三角帽子にコルセットスカートの標準装備で、僕は単身ピリオノートへやってきた。
わぁお、めっちゃ混んでる。
そりゃそうか、アニバーサリーイベントの開会式前だもんね。
いつもの季節イベントと同じ、転移広場と露店広場と冒険者ギルド前広場が隣り合ってるここで開会宣言をするらしく、いつもの広い空間はヒトでいっぱいだった。
和風の街でも開会式はやるみたいだから、これでも緩和された方なのかな。でもご新規っぽい初期装備の簡素シリーズを着てるヒトもちらほらいるから、初心者さんの追加でトントンかも。新規開始キャンペーンみたいなのもあるみたいだし。
おっと、のんびり驚いてもいられない。今日の僕はナナちゃんのための買い出し任務だから急がないと。
まず先行して買わないといけないのが、『風邪の引き始めや予防にはコレ!』って紹介されてた温かい飲み物の材料。
『ハツラツジンジャー』と『クスリンゴ』。蜂蜜は手持ちがあるから大丈夫。ようはリンゴを入れた子供向け生姜湯の材料だね。
この2つはNPCの店に常備されてるらしいから、それを急いで買いにいく。
「『ハツラツジンジャー』と『クスリンゴ』ください」
「あらあら、誰か風邪気味なのかい?」
「猫の獣人の子供がちょっと心配で……」
「そうかいそうかい、それならクスリンゴひとつオマケしてあげようね」
「わー、ありがとうございます」
やけに大きな生姜と、紅色寄りの赤に熟したリンゴを購入。
クスリンゴは『クスリ』って名前に入ってるだけあって、ほんのりだけど薬効があるんだって。だから完成品は、飲み物と薬の中間みたいなホットドリンクになるみたい。
この材料を夫婦共有インベントリへ収納。
(急ぎの分、入れたよ)
(助かる)
後は相棒が作って飲ませてくれるからひと安心。
そしたら僕はその足で、まっすぐ図書館へと向かう。
掲示板の情報によれば、図書館に民間療法的な医学の入門書があって、それを読むと【医術】スキルを習得できるんだって。
【医術】は戦闘にも生産にも使わない、NPCの『病気』デバフが何の病気なのかを判断するだけの、完全に拠点運営とクエスト用スキル。
僕らは拠点がオバケまみれなだけなら病気はほぼ無縁だったけど、おチビちゃん達がいるから写本を作って覚えておきたい。さっきの生姜湯も、元はその本のレシピらしいし。
そんな道中。ピリオノートはすっかり雪が姿を消して、街のあちこちに植えられた桜が満開になっていた。
いいねぇ、春だねぇ。風もほんのり温かい。
リアルのご近所は雪が深い地域でまだまだ景色が冬だから、フルダイブVRゲームの春イベントはちょっと春を先取り気分。
やっぱり拠点にも桜は欲しいなぁ。咲いてる枝とか売ってたらお土産に買っていこうかなぁ。
図書館に到着。おおー、隣の記念公園も桜がいっぱいだー。これはお花見スポットですねぇ。
図書館に入り、司書さんに訊いて目的の本を確認。
タイトルは『日常の医術』
シンプルだね。……ふむ、そこそこ厚みがあるから、写本だけ作ってじっくり読むのは帰ってからの方がいいかな。……はい、スキルでドン。1冊確保。
ありがとうございました。図書館を後にする。
後は、情報集めで見かけた常備薬の材料を買いに行く。
まぁ少人数の拠点だから僕らがログインしてない間に子供達に何かあるとは思わないけど……常備薬は置いてあった方が安心だよね。
というわけで、今度は露店広場へ。
生姜湯程度なら材料もほぼ食品だけど、簡単な物とはいえ薬の材料はNPCの店にはあんまり無い。調達クエストがギルドに常設されてるくらいだからね。そこは採取や農業メインでやってるプレイヤーの領分。
パピルスさんの薬局で完成品を買ってもいいんだけど、どうせなら自分達で作れた方が今後も安心だから、制作難易度の確認も含めて、材料を購入する方針なのだ。
で、戻って来た広場。
ちょうど開会式のメイン挨拶の真っ最中で、ヒトの流れはあんまり無いから、どうにか隙間を縫って露店広場に入る事は出来た。
露店広場で店を出してるヒトは、開会式はなんとなく聞いてるって程度だから普通に買い物は出来そう。あんまり大声は上げたくない雰囲気だけどね。
「あ、こんにちはー」
「……あ、僕? こんにちはー」
ぼーっと商品を見ながら歩いていたら、いつも僕の装備を買うお店で声をかけられた。
ハニーカプチーノさんは、苦笑いしながらゴソゴソと封筒をひとつ差し出してくる。
「ちょうどよかった。これ、どうぞー」
「?」
「秋と同じ、招待状です」
「ああ!」
魔女集会のお誘いかぁ!
「ありがとうございます。……行けたら行きますね」
「はーい、気が向いたらどうぞー」
危ない危ない。うっかり『行けたらまた行きます』って言うところだった。
魔女集会かぁ〜、久しぶりだなぁ。
またイベント期間中に同じ店に集まる感じだね。
普通に楽しかったし、また行こうかなぁ。
今回は……ちょうど【夢魔法】なんてものが習得出来るキノコも手に入るようになった事だし。前回、夢守の卵云々の話をして夢の豆を渡してたから、同じ夢関係でちょうどいいかもしれない。
夢関係の情報を流す魔女……謎のNPCごっことしては有りでは?
なんてことを考えながら、あちこちの露店で薬の材料を買っていると……いつの間にか近付くにいたヒトとぶつかってしまった。
「あ、すいません」
「いえ、こちらこそ」
ぶつかったって事は、NPCかな?
腰のベルトにいくつか瓶を留めてたけど、ぶつかった弾みで割れなくてよかった。……いや、そんな簡単に割れるような瓶なら腰に留めないか。
街のNPCって、ほとんどが春イベントの開会式を見に行って盛り上がってるみたいだけど。露店広場でうろうろしてるようなヒトもいるんだねぇ。




