ユ:ピリオ北のお宿
さすがイヌ科は頭がいい、最高だな。
ネビュラの提案を採用して、一度拠点に戻って変装した俺達は、再びピリオに降り立った。
ザッと俺達に集まる他プレイヤーの視線。
……これが嫌なんだよな。
つくづく素と変装とを分けて正解だ。さっきの買い物までの間は実に穏やかなデートだったからな。常に監視されてるような環境とかやってられん。
さっさとネビュラに二人乗りして北門へ走る。
門は特に出入りするのに検問とかは無い。そのまま走り抜けて見晴らしの良い開けた草地に出た。
北側は丘陵地帯って言うのか、緩やかな丘が折り重なってる地形をしている。背の高い草が生い茂ってるが、鬱蒼とした森は無い。
そんな地形だからか、背の低い動物系や虫系のモンスターが多く生息しているらしい。草をかき分けていると、いきなり目の前に出るんだとか。
歩きにくそうなフィールドだが、ネビュラに乗って走れば関係ない。
【感知】を使って敵やプレイヤーを避けながら走る。
……早くて楽だ。
まぁ戦わないからレベルは上がらないけどな。
時々丘の上から周囲を確認しつつ走っていくと、地平線に街が見えた。
結構デカい街っぽいな。多分あれが目的地だろう。
ネビュラに指示を出してそこへ向かう。
そうかからずに、俺達は街に辿り着いた。
……速かった。
徒歩で一日。
ネビュラはもう車みたいなもんだな。半日かかってない。休憩も挟まなかった。
お礼を言って、一度降りる。
到着した『☆フェアリータウン☆』は……なんというか、少しイメージと違った。
凶悪な棘が大量に生えた植物がビッシリと表面を覆う防壁。
中に槍が仕込まれた殺意しか感じない堀。
門を潜ると、そこは綺麗な花畑……なんだけどさぁ……
クランチフラワー Lv10
モンスター混ざってるぞここの花……誰かの従魔か? 従魔だよな?
そして門から入って少し行った所に、正面に棘が大量に付いた自販機みたいなサイズの二輪車が門を向いて置いてあるけど……これもしかしなくても門が破られたら突進して叩きつけつつ門を塞ぐ兵器だよな?
なんでこんなに殺意高いんだこの街……いや、防衛って意味では何も間違っちゃいないけど……『☆フェアリータウン☆』って名前と雰囲気がミスマッチすぎる。
住民は普通……でもないな??
女ばっかりで装備してるライトアーマーに花飾ってたりするけど、全員ガチムチで槍背負ってる。……アマゾネスか?
……全員同じクランって事は無いよな? かなりの人数いるし。
ただそうなると……NPCって、それぞれにAI搭載されてて、結構個性あるし自由に動くって話だったはずなんだが……何したらこんなお揃いの民族みたいになるんだ?
……素直に言おう。
俺にはものすごく居心地が悪い。
風景は殺意の中で思い出したみたいにメルヘン少女趣味してて俺は場違いなんじゃないかって気持ちになるし、男が俺だけしか見当たらないのも同じだ。
……相棒には悪いけど、早く外に出たい。
相棒の手を引いて、さっさとオーブの登録をして街から出た。
人気が無くなった所で相棒がひそひそと口を開く。
「……すごい街だったね。僕らの場違い感半端なかった」
「それな」
「あそこで泊まったら相棒食われそうでヤダ」
「……うん、それはどっちの……いやどっちの意味でもシステム的に出来ないから。まぁ俺もあそこは泊まりたくないけど」
相棒も嫌なら未練は無いな。
時間も余裕あるし、このままイノシシ狩りに行こう。
ネビュラに乗って、地図の写しを確認する。
「えっとね……この先にもうひとつ入れる開拓地があって、そこが近いからそこに行こう」
「北?」
「うん、北。『エゴマ亭』って所。あんまり大きくはない感じ」
「オッケー」
亭……?
もしかして宿屋でもやってるのか。
だったら北に行く時の転移先にすごく助かるんだけどな。
* * *
再びネビュラに走ってもらって、すぐにそれっぽい建物が見えてきた。
……うん、街とか村ではないな。
遠目の丘の上から見えるのは、防壁の中に畑と牧場と大きめの建物があるだけの開拓地。
小さな家も在るにはあるけど、『住み込み従業員の家』って程度の雰囲気だ。
それを確認した俺達は、近くに誰もいない事をスキルも使って可能なだけ確認した上で、しっかり目隠しされた場所で変装装備から通常装備に戻った。
あの規模だと、訪れる人数がどのくらいなのかわからない。
日に何人もいない程度だと、訪問者の顔をほとんど覚えているかもしれない。
後から転移を使う可能性を考えると、普段通りの姿で初訪問を済ませた方がいいだろう、と俺達は考えたんだ。
……まぁ確実なのは変装前・変装後両方で訪れておく事だけどな。全部の集落でそれやるのかってなると面倒がすぎる。
「世の中の変身ヒーローって大変なんだね」
「こんなところで実感するとは思わなかった」
別に俺達は正義の味方でもなんでもないけど。
どっちかって言えば、うっかり街頭インタビューがコピペになって流行った一般人とかはこんな気分なんじゃないか。
* * *
ネビュラを小さくして頭に乗せて、徒歩で到着した開拓地。
防壁には『エゴマ亭』の看板の他に『お宿、営業中』『いらっしゃいませ』の字も大きく書かれている。
本当に宿屋だった。
門を潜ると、敷地は小綺麗に整えられていて花壇に花が咲いている。
外観は絵に描いたようなファンタジーの宿屋だ。
大きな玄関扉を潜ると、カランカランとドアベルが鳴った。
目の前はそれなりに広い食堂。何人か食事客がいる。
入ってすぐの脇にあるカウンターの奥から「はいはーい!」と誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
やって来たのは、こざっぱりした村人スタイルのオッサンだった。
「いらっしゃい! エゴマ亭にようこそ。支配人のエクストラバージンゴマオイルです」
名前なげーな。
そして相棒がキョトンと首を傾げた。
「ん? ……エクストラバージン……ゴマオイル?」
「はい、エクストラバージンゴマオイルです」
「オリーブオイルじゃなかった……ゴマ油さん?」
「ですです」
「……でもエゴマ亭」
「はい、エゴマ亭です」
エゴマってゴマじゃなくシソの仲間なんだが?
カニタコウニの画像のコピペみたいな名前しやがって。
「うちは宿と食堂やってます。仮眠だけのご利用も大丈夫ですよ。ログアウトする場合は共用ログアウト部屋があるんで、そこでお願いします」
「えっと……オーブの登録とログアウトでも大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫ですよ。ぜひログインした時に食事でも取ってくださいねー」
ちょっと申し訳ない利用の仕方だったな。
明日食事を取るとして、次回はしっかり利用するか。
エゴマ亭は名前の突っ込み所はともかく、やってる事は本格的な宿だった。
食堂や廊下からして白い部分と木の部分とのバランスが良いファンタジー感を出している。
転移オーブの周りも公園みたいに整えられていた。
「普通に可愛いお宿だねぇ」
「だね」
そしてそこそこ他プレイヤーっぽい人とすれ違う。
冒険者御用達の宿って雰囲気がよく出ていた。
オーブの登録をして、ベンチがいくつか置かれた共用ログアウト部屋に入る。
今日はここまで、俺達は適当な壁際で揃ってログアウトした。




