キ:ゲコリン村の防衛戦
唐突に始まった開拓地襲撃!
なんというタイミング!
鳴り響く警鐘。
村の舟は一斉に動き出して……中央の巨大なマングローブモドキの足みたいな根っこの下に入った。
なるほど、ここが迎撃場所なんだね。
僕ら、他所の襲撃にかち合うのは多分2回目かな? 防衛に参加するのは何の問題も無いよ!
ただ……今回は怪しいNPCの調査っていうミッションがあるけど……そっちはどうしようか?
なんて思っていたら、ジギタリスって名乗ったNPCさんが動いた。
ボソボソと何か呟いたと思ったら、鞍を背負ったダチョウみたいな従魔が出現。
取り出した小瓶の中の液体をダチョウの足にかけて、ジギタリスさんはダチョウにまたがり……あれぇー!? あのダチョウ、水の上走ったー!?
(え、どうしよう!? ジギタリスさん逃げちゃった!?)
「【サモンビースト:ベロニカ】」
屋根の上の相棒が、すかさずベロニカちゃんを呼び出した声。
「ベロニカ、あの走る鳥に乗って逃げていったヒトを追跡。見つからないように高空から。今が……昼すぎか。じゃあ日が暮れたら呼び戻すから、それまで追いかけて行き先を探ってくれ」
「了解よ」
ベロニカちゃんが、走るダチョウが向かう方角へ向かって飛び立った。お願いねベロニカちゃん!
それじゃあ村の防衛に集中……と思った所で
──ボゥン!
高くもなく低くもないような木魚の音がした。
「さぁ皆々様、本日の襲撃もいつも通りのようで。飛び交う大きな羽虫の群れに御座います」
タライに乗っている節奏レンジュさんが、木の棒を片手に、よく通る声で口上を述べる。
「ゲコリン様のお膝元。ゲコポウル達と共に、拙僧も精一杯この喉を鳴らさせていただきましょう。皆々様におかれましては、どうか命を第一に、いざとなれば家財道具ごと拙僧を打ち捨て生き延びて下さいませ。──では!」
──ボゥン!
節奏レンジュさんが手にした棒で、タライに乗っていた木彫りのカエルを打ち鳴らす。……そのカエル、木魚だったんだ?
そして喉に手を当てた節奏レンジュさんが……高らかに、鳴いた。
「ゲコ♪ゲコ♪ゲーコ! ゲコ♪ゲコ♪ゲコ♪ゲーコゲコ!」
すごいリアルなカエルの鳴き真似でリズムを刻むと……なんか、周りのゲコポウル達にボヤンと光るエフェクトが入った。
「ウオオオ! 節奏レンジュ様のお歌じゃあ!!」
「ゲコリン様のお歌だぞー!」
盛り上がる住民NPC達。
お歌……って事は……?
「え、節奏レンジュさんって職業バード系なんです!?」
「そうですよ。今歌ってるのは、聞こえる範囲内の特定モンスターを魅了し強化する効果のある歌ですね」
パピルスさんによる笑顔の解説。
特定のモンスターってゲコポウルだよね。エフェクト入ってるもんね。
つまりそこら中にいた……どころじゃなく沼の中を泳いでたゲコポウル達もみんなまとめて一時的に仲間になってるって事かなぁ!?
「モンスターを魅了する歌は難しいそうですよ。よほど鳴き真似が上手くないと発動しないそうで」
「わぁ〜……」
──ボゥン! ボゥン! ボゥン! ボゥン!
「ゲコ♪ゲコ♪ゲーコ! ゲコ♪ゲコ♪ゲコリン♪ゲーコゲコ!」
カエル木魚を打ち鳴らしながら、カエルの鳴き真似で歌い続ける節奏レンジュさん。
たまに素の発音のゲコリンが挟まるのがシュールすぎる。
歌と周りの盛り上がりにビックリしていると……沼の向こうから襲撃モンスターの群れが突進してきた。
羽虫って言っていた通り……敵は大きな蚊の形のモンスターの群。
マングローブの森の木々から、ブワッと蚊柱が立ち上がるようにして蚊の群れが突っ込んでくる!
「「「「「【ウィンドクリエイト】!!」」」」」
そこへ放たれたのは住民NPC達の【風魔法】だった。
けれど、ダメージを与えるタイプの魔法じゃない。
風で気流を乱して、蚊の高度を下げるための魔法。
そして水面に落ちる、あるいは水面スレスレの高さまで下がった蚊は……水面から跳び上がったゲコポウルに食われた。
(わぁお、蚊とカエルの戦争だー!)
(絵面ヤベェな……)
バシャバシャと水面を激しく波打たせて蚊に食らいつくゲコポウル達。
そんなゲコポウル達を応援しながら、ゲコポウルの届く位置まで蚊を押し下げる村人達。
そして響き渡るカエルの鳴き声ソング。
そんなカオスな戦場を見ていると……唐突に、頭上から野太いカエルの声が降り注いだ。
なんだろう?
お店の舟は、たまたま転移オーブの所へ登る足場の近くにいたから、舟が避難している根の下から出て、僕はその足場を登る。
(ちょ、どこ行くの?)
(なんか上から聞こえて……)
根の上に出て、巨大マングローブを見上げた。
ゲコポウルと節奏レンジュさんの声に混ざって聞こえる……やっぱり野太く響く声。
……もしかして、もういるのかな?
予感に突き動かされて、両の手で作るコンコン窓のおまじない。
淡く光った窓を頭上へ向ける、声の方向、巨大マングローブの枝葉の先。
「……アハ」
そんな場合じゃないのに、僕は微笑ましい気持ちでいっぱいになった。
枝葉の向こう側、青い空に、そびえ立つようなその姿。
大きな大きな……巨木の上にいる大きなカエルが、その巨体に相応しい雄々しい声で、鳴いていた。
「ゲコリン様だ」
「……ああ、なるほどな」
追いかけて登った相棒が、僕の隣で同じようにゲコリン様の姿を確認した。
伝説、伝承の類。つまりはアヤカシ。もう生まれていたんだねぇ。
ゲコリン様が吠えるように鳴くと、蚊の群れが一瞬怯む。
そして怯んで停滞した蚊は、すかさず魔法で撃ち落とされる。
それを見て、ここから矢を撃ち始めた相棒が言った。
「デカいアヤカシは、敵を怯ませる仕様なのかもな」
「だねぇ」
あんなに大きなのが暴れたら、ちょっと強すぎるもんね。
節奏レンジュさんは……もしかして、あんまり掲示板とか攻略は見ないのかな? ぼちぼち情報が出回り始めたコンコン窓のおまじないを知らないのかもしれない。
さぁて、ゲコリン様も働いてるんだから、僕もきちんと戦わないとね。
「【ウィンドクリエイト】!」
僕はそんなに【風魔法】のレベルが高くないけど、その分はMPでなんとかしよう!
そうして蚊の群を片っ端から退治して、最後にやって来た大ナマズを相棒が軽く射抜けば、村の防衛はつつがなく完了したのだった。




