ユ:観光とタコ。
住民NPCのほとんどがケモ度MAXなエビの人魚だという事を気にしなければ……『ビーナスのエビ籠』は見応えのある面白い場所だった。
開拓地全体が巨大なカイロウドウケツの中に収まり、天然の防壁に守られている状態で。当然住民はその内側で暮らしている。
その住民が住んでいるのは、タコ壺のような形の家。
壺のような家は貝殻の扉がついていて、中にはちゃんと家具があるらしい。
そのタコ壺ハウスを縦に積み上げて固定し、住宅地はマンションのようになっていた。
(ビルみたい)
(まぁ海の中だからなぁ)
縦長の筒状になっているカイロウドウケツの中に、塔のように積み上げられたタコ壺。
住むのは泳ぎが得意な人魚だけだから高低差を気にしなくていい……となると、こうなるんだろうな。
タコ壺ハウスの扉の側には網のような物が括り付けられて、花のような海藻やイソギンチャクが植えられている。ガーデニングみたいな物なんだろう。
家が球体だから家と家の間には隙間があり、ピリオノートに小鳥が住み着いているのと同じように、その隙間には小魚の群れが住み着いている。
ペットなのか、小さな筒の中のウツボに餌をやっているエビの人魚もいた。
(……生活感がある)
(だねー。家も道具も素材から陸と違うっぽいし、水中の暮らしも面白そう)
開拓主の甲田さんにそんな感じの説明をしてもらいながら、俺達は開けた所にある転移オーブの所まで案内してもらった。
無事に登録。
「オッケー」
「うん」
「いつでも遊びに来てくださいエビ。買い物出来る所もありますのでエビ」
……と、そこで転移オーブに誰かが転移してくるエフェクトが。
現れたのは……ムービーで見たことのあるケモ度MAXタイプのタコの人魚だった。
(タコだー!)
(タコだなぁ……)
下半身はタコで八本足。上半身はヒトだけど、頭はタコをそのまんま乗せたような形で、髪の毛みたいに生えてる足がハーフアップのドレッドヘアのようになっている。
実際目の前で見るとすげーな……
タコの人魚は、ちょうど近くにいた俺達を見つけてタコ足ドレッドヘアを揺らして驚いた。
「森夫婦だ!? うわー、明日宝くじ買おうかな。当たるかもしれない!」
縁起物の珍獣か俺達は。
思わずといった感じで口走ったタコの人魚は、直後にバツの悪そうな顔で頭を掻いた。
「あ、ごめんごめん一応初対面だった。俺、『深き海のタコ』。見ての通りのタコだから、適当にタコって呼んで」
「「あ、はい」」
まぁ俺達があれだけムービーに映ってれば初対面な気はしないだろうな……
俺達が呆気にとられていると、横にいた甲田さんが声をかけた。
「深きタコ君、時間まだだよね?」
「あーうん、予定は後だったんだけど……なんかもう全員揃いそうだから、エビスケが良ければ始めようかって」
「おや」
何か予定が前倒しにでもなったんだろうか。
まぁ俺達はたまたま会っただけだから、特に気にしなくて構わない。
「僕らは通りすがりなんで、気にしなくていいですよ」
「……従魔のレベル上げに来ただけなんで」
「ああ、では場所だけ教えておきますエビ」
「ごめんなー、ちょっと真面目な話するから助かる」
なんでも、『海底ランサー組合』っていう同盟の会合があるらしい。
海中の人魚開拓地でも誘拐事件がチラホラ起きていて、戦闘が得意な人魚達でアジトがある可能性の高い深海の探索をする相談をするんだとか。
その会場がたまたまこの街だった、と。
そういうわけで、エビとタコは連れ立って去っていった。
(海底ランサー組合って事は……やっぱり人魚が使う武器って槍なんだね)
(……ああ、水の抵抗とか考えると、槍が戦いやすいらしいよ。有志wikiで読んだ事ある)
(へぇ~)
斬撃も鈍器も使えなくはないらしいが、抵抗が少なく、一点集中で貫き通せる槍や鎧通しが水中でのアドバンテージは大きいらしい。
実際、こうやって水中で動いてみると分かる。リアルほどじゃないにしても、動きはもったりしがちなんだよな。
普段陸で活動しているプレイヤーが本気で水中で戦うなら、戦い方をしっかり考えないとレベルが格下の相手にも負けるかもしれない。
(人魚の街でも誘拐事件が起きてるって言ってたけど……人魚以外のプレイヤーは手伝うのも難しそう)
(だな)
まぁ水中特化の人魚向けに深海探索なんて内容になっているんだろうから、人魚がメインで追いかけるのが正解なんだろう。
(じゃあ、そろそろ行くか)
(うん。狩場は外って言ってたよね)
(そう。ダンジョンではないらしいけど、敵にリスポーンしてもらわないと困るから開拓地の外のままなんだって)
とはいえ、急いでいるわけでもないから、ここの店を眺めてから行く事にした。
(あ、小さいカイロウドウケツが置物で売ってる……あ、違うこれランプだ! へぇ~、かわいいかも)
(睡眠バフの効果増幅用のインテリアが多いな)
(これはちょっとお高いプレゼント向けカイロウドウケツ。NPCの結婚の時とかにお勧めだって)
(完全に縁起物だな)
せっかくだから、枕元に置けそうな小さなカイロウドウケツのランプを、ジャック達とキャトナ達へのお土産に買った。
中に小さなエビの人形が入っている品だ。
(エビ人形が2匹のやつにしよう。1匹は切ないし、3匹は関係がドロドロしてそうでなんかヤダ)
(だな)
うちの子らに三角関係はまだ早い。