幕間:届くは真摯な乙女の祈り
最近流行のフルダイブVRMMO『Endless Field Online』
そのゲーム内における、『麗嬢騎士団』というクランが拠点にしているとある開拓地の洋館にて。
クランマスターの『カトリーヌお嬢様』が、豪奢な私室で一人、小さな手紙を見つめていた。
彼女の手の中にあるのは、青みがかった白い木の枝と、そこに結ばれていた羊皮紙の切れ端。
──“『不死鳥の骨で鳥籠を作り【住居登録】をするのだ!』”
あまりにもフランクすぎるそんな文言。
その言葉は、デフォルメされた不死鳥のイラストが喋っている体で、フキダシの中に書かれている。
特徴的な枝と不死鳥のイラスト。
間違いない、差出人はあの人だ。
ピリオ初防衛で邂逅した、この木と同じ色の衣装を身に纏う二人の内の片方。スレでは森女と呼ばれている、不死鳥の主。
クランメンバーのおかげで、あの人に想いが届いたのだ。
そしてあの人は、それに応えてくれたのだ。
「……ありがとうございます」
カトリーヌはさっそく作業を始めた。
何かあるかもと思い取ってあった不死鳥の骨を使って、試行錯誤しながら鳥籠を組み立てる。
何をどうして骨で鳥籠なんて作ろうと思ったのかカトリーヌにはわからない。
カトリーヌは生産系の作業をしたことがないから、きっとなにか生産職ならわかるような深い理由があるのだろうと考える。
肋骨が上手い事鳥籠に形が近いので、それはそのまま使う事にした。
底をどうすればいいのか少し悩んで、細かな骨を貼り合わせてなんとか板状の部品を作り上げる。
あとは扉と、それ以外を埋めて……
もらった善意を無下にしたくなくて、カトリーヌは誰にも内容を告げないまま一人で作業に挑んでいる。
多数の目に触れるノートに書かずに手紙を選んだのは、きっとそういうことだと思ったから。
最も、上手くいったらクランメンバーには骨の鳥籠の事はわかってしまうだろうけど。
でも大丈夫。信頼する仲間達は、秘匿して欲しいとお願いすればきっと口を噤んでくれるはず。
慣れない作業に時間をかけて、ようやくそれらしい物が出来上がった。
骨は鳥籠となり、別のアイテムになっている。
……家ではない物に【住居登録】をするという発想も無かった。
いや、鳥籠なのだから、鳥の家ではあるのだろう。
テイマーあたりはもしかしたら当たり前のようにやっているのかもしれない。
まだまだ己の見識は狭いと恥じながら、カトリーヌは骨の鳥籠に手をかけてそっと囁いた。
「……【住居登録】」
渦を巻く、不思議な風。
籠に収束したそれは、あの日見た姿とは少し違う、凛々しい半透明の不死鳥の姿となって鎮座した。
「……貴女が我が魂を保護した術者ですね」
来た。
疑ってはいなかったけれど。
いざ本当に実現すると込み上げてくるものがある。
でもまだ尚早。
カトリーヌはぐっと両手を合わせ、祈るように握りしめた。
「はい、私ですわ。不死鳥様……私は人を、仲間を癒す力を持って戦っております。どうか私に、不死鳥様の力をお貸しくださいませんか?」
カトリーヌが求めるのは死霊術ではない。
癒しの力だ。
その望みを、不死鳥の魂は正しく受け取った。
「……貴女はこの世界を脅かす『滅び』と戦う意思がありますか?」
「はい」
「良いでしょう。保護していただいた礼に、貴女に力を貸しましょう」
「っ ありがとうございます!」
そして、話はそこで終わらなかった。
「……もしも、貴女がさらなる高みを望むのならば。共に戦い、共に歩み、どうか我ら不死鳥を蘇らせる手段を共に探してくださいませんか?」
──特殊職業ロングチェーンクエストを受諾しますか?
──※注意※
──このクエストを開始すると転職に制限がかかります。
とある死霊術士は不死鳥を庇護下に入れ、何も望まなかった。
故にその不死鳥は、そのまま術士の下に入った。
治癒術士は不死鳥の力を望んだ。
故にその不死鳥は、対等なる契約を望んだ。
──称号『不死鳥のパートナー』を取得しました。
それはワールドクエストにも関わる長い長い道程の始まり。
そして何万人の中の一人が転職したという、たったそれだけの、ありふれた出来事。




