キ:仮面フリーマーケット、購入その2、そして終了。
僕と相棒は、再び賑やかなフリマ会場を歩いている。
リンゴと翼を取り換えっこして、謎の呪術師との邂逅はそれだけ。
名前も素顔も入植先の詳細も、本当に追及される事は無く。
警戒したのがバカバカしくなるほどリンゴに笑うだけのやりとりで、終わった。
「それこそ、謎の呪術師ごっこがしたかったのかもね?」
「……あり得るから困る」
相棒が言うには、呪術も、呪術系の職業も、まだ有志wikiにまとめられていないらしい。
だいぶレアキャラ。
でもああやって会おうと思えば会えるって事は、意外と僕らと同じような変な所に入植した人も、そこらへんうろうろしてるのかもしれない。
僕は変わった素材を見ても「わーおファンタジー!」で納得しちゃうから気付かないかもしれないんだよね。
たとえば今見てるランプ屋さんがそうだって言われたら僕は納得しちゃうよ。
「すごい綺麗……かわいい……」
「うふふ、ありがとう」
このボンキュッボンの抜群スタイルが隠しきれてない黒マントの店主さんが売っているのは、星屑を使っているっていう綺麗なランプ。
金属製のランプの灯り部分が目の粗い籠になっていて、そこに星屑がギュウギュウ詰めてあるっていうシンプルな代物。
お高い物だと星屑が色とりどりの飴玉みたいになって、ステンドグラスみたいにキラキラ光る。
「どれにしようかな……相棒はどれがいい?」
「好きにしなー」
むぅ、ひとつは寝室に置くつもりなのに。
それなら僕の趣味全開で選んじゃうからね?
散々悩んで、寝室用に丸っこい笠付きを、外の玄関前用に三日月形のを、そして持ち歩き用に小さなカンテラみたいなのを買った。
「……こんなに可愛いのに、なんであんまり店を見て行く人いないんだろう」
「それはね、星の巡りが噛み合っていないからよ」
「星の巡り」
「ええ、噛み合わないとお互い不幸になるだけだから。意識しないようになってるの」
すごい、占い師みたいなこと言ってる。
……ハッ、この人はもしやRPガチ勢!
ほあー、さすがガチ勢は世界観への入り込み方が違うぜ!
どうせならショ○カーじゃないガチ衣装で見たかったなー。
「お買い上げありがとう。またどこかで会えたら、どうかよろしくね」
「はい、ありがとうございました」
お待たせ、相棒。
並んで手を繋ぎなおす……けど、なんか相棒が頭を抱えてる。
「どしたの? 頭痛い? 休憩する?」
「大丈夫、痛くはない……けど休憩はしようか」
すみっこで飲み物をとりながら相棒が囁く事には……
星屑なんて素材は聞いたことないし、他の人達にはあの店が全然見えてない様子だったらしい。
わーお。
* * *
観葉植物も買ったし、ジャックの服に使う素材も良いのが買えた。
綺麗なガラスペンは衝動買い一択だったし、空っぽの可愛い小瓶もついついたくさん買っちゃった。
相棒も投げナイフとか変わった矢とかを色々買ってた。
呪術師さんとランプ屋さんの他はそれほど変わったお店に会うこともなく、大体一周したかなーって頃にそのお店はあった。
フリルとレースと繊細な刺繍が大量に売られてるとってもお嬢様な感じの店。
店員がショッ◯ーなのがミスマッチ甚だしいそのお店の片隅で。
白い猫足カフェテーブルの上に、ポツンとメモ帳が置かれていた。
何これ? と思ってノートと一緒に置いてある説明書きを見る。
……『死霊術の情報集めてます』?
「よかったら一言書いていってくださーい。応援でもなんでもいいのでー」
店員さんがそう言いながら近づいてきて、メモをパラパラめくって見せてくれる。
“お嬢様応援してます”
“知らん。俺も知りたい”
“不死鳥と会えるといいですね!”
“防衛ではありがとうございました”
“やはり時代は死霊術、はっきりわかんだね”
“がんばってお嬢様!”
旅館とかに置いてある感想ノートかな?
「……このお嬢様って誰ですか?」
「お嬢様はですねー、我らがクラン『麗嬢騎士団』のリーダー、カトリーヌお嬢様です! ピリオ襲撃の動画見ました? 真っ黒な鎧の人の次に皆を鼓舞して馬に乗った女性がそうです」
……ああ! あのお嬢様RPの人かー。
思い出した思い出した。
蟻を誘導した直後に『前線よろ』って言ってきて、僕が仮面被ったままポーション飲んだの見てびっくりしてた人。
「カトリーヌお嬢様はヒーラーなんです。それであの襲撃の時に不死鳥の超回復を見て感動しちゃって。ぜひ不死鳥の力を借りたいって言う事で、こうやって情報募集してるんですよ」
「……本人いないのにそんな詳しく話しちゃっていいんです?」
「大丈夫です、お嬢様から許可出てますから! お嬢様はβから活躍しててそこそこ名前は売れてるんで、名前を出した方が情報集まりやすいだろうって」
へー、有名人なんだね。
そっか、だからメモにも応援メッセージがこんなに並んでるんだ。
……確かにあの襲撃で、蟻を誘導して合流した時には回復が追い付いてなかった感じがした。
ヒーラーであの場にいたとしたら……うん、悔しいだろうなぁ。
そこにヒーラーでもなんでもない奴が不死鳥フルリカバリーをぶちかます……そうだね、それは欲しくなるよね。
もう一回メモ帳を見る。
……うん、イイ人なんだろうな。
『死霊術を使える人を探してます』じゃなくて『死霊術の情報集めてます』だし。
まぁでもね。
不死鳥とお話するだけなら、別に死霊魔法いらんのよ。
ひとまず何も書き込まずに、僕は相棒を連れてその場を後にした。
* * *
「……というわけで、あのお嬢様には骨の鳥籠の事だけ教えてあげようかなって」
「まぁいいんじゃない?」
拠点に帰って、相棒に僕の考えを伝えながら、僕は小さく切った羊皮紙に必要な事だけ簡単に書きつける。
「あと、ちょっと捻くれた考え方だけど、有名人が情報を集めてて集まらなかった場合、ヘイトが僕らに向きそうだなってのがひとつ」
「あるだろうね」
「で、逆に有名人が手掛かりを手に入れたなら、死霊魔法の事を知りたい人達はそっちに行くと思うんだよね。どこにいるかもわからない僕らを探すより早いから」
「デコイか」
「そういうことだね。有名人の特権を使って情報集めしてるなら、それくらいは承知の上だと思う」
書きつけた紙を細長く折って、小さく折った微睡の木の枝に結び付ける。
これで準備はOK
「じゃ、フリマの締め行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
楽しかったフリーマーケット、最後のイベントだ!
* * *
仮面フリーマーケットの良かったところは、なんといっても匿名性。
誰もかれもが素性不明だから普段出てこない物が表に出てきた。
そんな特別な空気だったから、きっと呪術師の人もランプ屋さんもああやって出てきた。
だから僕も、謎のNPCムーブをしたくなるってもんよ。
全員お揃いの黒マント集団に紛れて、お嬢様のお店に向かう。
店員さんは他のお客さんにもメモについて僕らにしたのとまったく同じ説明をしていた。
話が一段落ついて、他のお客さんが離れたのを見計らって、僕はそのメモ帳に近づく。
「いらっしゃいませー」
店員さんが説明しようと近づいてきたところへ、インベントリからお手紙付きの枝を出して差し出した。
「よければ書いて……えっ?」
店員さんはびっくりして受け取った。
受け取ってしまえば、アイテムのやり取りは成立する。
すぐに踵を返して、他の黒マントに紛れ込む。
走らない。普通に歩く。
そうすれば、他の黒マントと区別なんてつきやしない。
「お、お嬢様ぁあああああ!!!」
背後から聞こえてきた叫び声に喉の奥だけで笑いながら、僕らの仮面フリーマーケットは終了したのだった。




