ユ:仮面フリーマーケット、購入その1
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俺は夕飯に鶏手羽と大根を煮込みながら真紀奈の帰りを待ちつつ、知恵の林檎考察スレを眺めていた。
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378 G・オイスター
なぁに考察勢としてはむしろ本望よ
379 ノックターンマン
知識は積み上げてなんぼ
380 無限ゾンビマン
あーね
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……うん、そうだよな。
わかってたけどガチャ中毒の禁断症状緩和が目的じゃないよな。わかってたわかってた。
真紀奈が突拍子もない事を言うのはいつもの事。
ついでに公式サイトを見てみると、ピリオ防衛戦が公式動画に上がっているのを見つけた。
内容はだいたい予想がつくから開いてみる。
思った通り、開幕にNPC騎士団長の演説から始まって、駆け込んでくるボロボロの伝令、テンションがぶち上がって突撃していく黒鎧、プレイヤーに声かけをするお嬢様RP。
場面は変わって、森の中で大群との激突。
色んなプレイヤーが奮闘する姿がダイジェストみたいに流れていく。特攻木こりとか氷魔法とか見応えがあるな。
『ちょっと気になるんだが、前線に蟻いるか?』
ん?
今のプレイヤー、背景が前線じゃなかったな。
光の魔法陣みたいなのに向かって喋って……あれは他プレイヤーからみたシステムウィンドウだったはずだから……スレに音声入力でもしてたのか。
へー、そういうのもムービーに拾われるんだな。
蟻の不在に混乱する前線。
あの時こんなことになってたのか。
そして牧羊犬やって蟻を誘導する俺達。
うん、あの時蟻の対応してたの俺達だけだから、まぁ映るよな。
妖精プレイヤーが飛んできて、前線に合流。
相棒がフッシーを召喚……フッシーの高笑いがカットされてる。
プレイヤーをフルリカバリーして、蟻に向かって混合魔法。
……混合魔法は後で習得の仕方を調べておこう。
そしてボス蛇との対決。
黒鎧と、遅れてやってきた手甲がピックアップされて大写しになってた。
編集がかっこよくて普通にアクション映画でも見てるみたいだ。
とどめを刺して、勝利の歓声。
騎士団長の方に防衛成功の知らせが届いて、ムービーは終わった。
……うん、変装用の衣装作って正解だったな。
こうやって、大きなイベントはムービーで正史として残っていくんだろう。
そこにいちいち葉っぱの塊が映ったら悪目立ちしてしょうがない。
今回のムービーで映った俺達は特に違和感無く雰囲気に溶け込んでいた。ネビュラに乗っているのもあって、ちょっと変わったNPC感はしっかり出ている。
今後もアレで行こう。
ムービーを切った俺は、真紀奈から通知が来たのを確認して、皿の準備を始めた。
* * *
食事と準備を済ませて、ログイン。
フリマの二日目。
今日は店は出さずに買い物の予定だ。
相棒はウキウキしながら昨日の売り上げを半分に分けて。片方を俺に渡した。
「今日はパーッと使っていいですか!?」
「いいんじゃない」
ゲームの中でくらい好きに買い物すればいい。
特に用意も必要ないから、さっさと戦闘員装束を着て会場に転移する。
「ん~、今日も人多いね」
ああそうか。
今日は買うだけだから喋ってもいいんだ。
「休憩したくなったらすぐ言ってね?」
「うん」
確かにこの人間の量はちょっと疲れそうだな。
ネビュラを乗せてくればよかった。
今日もはぐれないように手を繋いで人混みを歩き始める。
買い手の目線で会場を見れば、まず目に飛び込んでくるのは食べ物の屋台だった。
ラインナップは焼き鳥とかフライドチキンが多い。豆ニワトリのイラストが描いてある。ああ、フライドポテトもあるな。
それから果物のジュース。酒が無いのは仕込んだのが出来上がってないらしい。ドワーフに説明している店主がいた。
少し変わった所では炊き出しみたいなスープとか焼き菓子とかを売っている。
相棒が焼き鳥とポテトを買っている間、道の脇でフライドチキンを齧っているプレイヤーの会話が耳に入ってきた。
「そーいやお前が前に話してたアレ……火魔法極めるっつって中華料理に走った配信者、どーなったよ?」
「ああ、メンメンならチャーハンのために米を探す旅に出たよ。戻ったらやり直しになるからサバイバルしながら東に直進してる」
「マジで???」
マジで?
あの配信者そんなことになってたのか……火魔法への道は遠そうだな。
* * *
軽食を齧りながら、のんびりと店を見てまわる。
……色んなアイテムがあるもんだな。
素材だと動物系の物が一番多い。
生産品は装備品とか睡眠バフに関わる家具なんかが売れ筋なのか多い印象だ。
まぁもちろん何に使うのかわからないような物もゴロゴロしてるんだけどな。
「腰まであるこけしとか何に使うんだろ?」
「さぁ……?」
ドアストッパーとか?
相棒はウィンドウショッピングが好きだからそんなよくわからない品々を楽しそうに眺めていた。
順に順に店をみて周って……ふと相棒が何かに気付いたみたいに視線を動かし、そっちへと向かう。
角を曲がって着いたのは、奥まった陰にある露店だった。
壁と木に挟まれた見通しの悪い場所。
入った途端に、喧騒が遠ざかった気がする。
「いらっしゃーい」
胡坐をかいた店主の膝の上で、小さな卵がカタカタと揺れる。
ただでさえ陰になっている場所で、暗い色の敷物に真っ黒なショ○カースタイルの店主が座っているからかものすごく不気味だ。
店主の声は中性的で、男か女かわからない。
俺と相棒は、二人揃って暗褐色の布の上の商品に目をやった。
【渇望する瞳】…品質★★
欲しい欲しいと見つめ続けたまま終わってしまった瞳。
呪いの力を宿している。
【回帰する翼】…品質★★
何があろうと必ず巣へ舞い戻る翼。
呪いのごとき執着は死した事すら気付いていない。
【指切の花】…品質★
守られなかった約束が咲いた呪花。
呪いの力を宿している。
【恨みの卵】…品質★★★
断ち切られた恨みの雫の結晶。
どこへも行けなくなった呪いの塊は、来もしないいつかを待っている。
「「全部呪われてない??」」
「仲が良いねぇー」
思わず声が被った俺達に店主はケタケタと笑った。
「欲しいならお安くするよぉー? 変な所に入植した者同士ってことで」
「……えっ?」
は?
「うん、あってるでしょ? あってるね? 最初の行き先選びで、欄外に印付けたでしょー? ……うん、その反応はあってるやつ」
……やられた。
カマをかけられた? いや、割と最初から決め打ってたな。なんでだ?
相棒はもうわけがわからなくて固まってしまった。
それぞれ困惑する俺達に店主が笑いながら告げる。
「ごめんよー。自分、呪術師なんだ。こんなフリマなんてお誂え向きの機会早々無いからさー、店に『別の次元に住む者だけが見つけられる』って条件を付けたんだよ」
……なるほど?
つまり店に来た時点でもう向こうには確信されていたって事か。
「まぁ知ったからって何かするわけじゃないよー。ただ、他に同じ事した人はどんな所にいるのかなって気になっただけ。特産品を物々交換とかしてくれたら嬉しいなー」
……いつぞや俺が気にしたのとほぼ同じ気にしかたをしてるのが何か腹立つな。
「……どうしよっか?」
「好きにしていいよ……」
相棒が小声で聞いてくる問いに、若干投げやりな返事をした。
もうバレてるからな。どうにでもなーれ。
相棒は少し悩んで……インベントリから今朝採ったばかりの【知恵の林檎】を差し出した。
店主はリンゴを受け取った瞬間吹き出した。
「ブッハ! これスレで噂の林檎じゃーん! 店やってたら買えないと思ってたー!」
リンゴ人気だなぁ。
店主は「いただきまーす」とお辞儀をしてからリンゴをガブガブ齧り始める。
「じゃ、どーぞ好きなのおひとつ選んでー」
「……じゃあコレで」
リンゴの代価に相棒が選んだのは【回帰する翼】。
焦げたような色合いの、鳥から千切れたみたいな片翼だ。
「まいどありー…………アッヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
リンゴを食べ終えた店主は、一瞬何かを読むように目線を動かして、次の瞬間爆笑しながらひっくり返った。
「……なんて書いてあった?」
「せ、『千本オオダコは492番目の足が最も旨味成分が強い』ってー! ヒィー! ちゃんと足の順番わかる構造してんだろーなー!?」
それは俺達にもわからない。
真実は君の目で確かめてくれ。




