ユ:五体投地する鹿
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アルネブさんの入植地があるフィールドのダンジョンに行くのは数日後。
俺達はそれを待ちつつ、色々あって後回しにしていた事をやる事にした。
「ダンジョン行くなら、先に杖職人に会っておいた方がいいんじゃない?」
「だねぇ」
新調出来そうならしておいた方が良い、攻撃力も上がるだろうし。
「えっと……サウストランクに店があるんだっけ?」
「そう」
高レベル魔法職向けに杖を作っている所は調べると色々情報が出てきたが、サウストランクの『オーダーメイド・イイ感じの棒』がキーナには合ってるんじゃないかと思った。
高レベル向けだとほとんどは効率と取り回しやすさを突き詰めるようになっていくものだが、この店は名前の通りロマンを重視している職人らしい。
ガチの店に頼むとドン引きされそうな……例えば、杖の先端に鳩時計みたいにポッポーポッポーと鳴いて飛び出す鳥の玩具をつけてくれ、といったような何に使うのか分からんような要望にも全力で応えて凄いのを作ってくれるんだとか。……ちなみにこれは、実際に作ってもらったお客の声らしい。
主に使うのが変装中だろうって事で、変装してサウストランクへ。
サウストランクは開拓主が……ようはパピルスさんが、職人を優遇して店舗の賃貸をしているから店が多い。
その内のひとつ。
メインストリートに面したそれなりに立派な店が『オーダーメイド・イイ感じの棒』だ。
(良い名前の店だよね!)
(……うん)
キーナはそう言うと思った。
軽やかな足取りで扉へ向かう相棒の後に続く。
店に入ると……中は、壁の棚に大小様々な杖がズラリと並んでいる空間だった。
……杖? だよな?
ファンタジーゲームらしい杖から始まって、街灯のような形の杖、鍵のような形の杖、柄の長いハンマーのような杖。
……あ、これは箒だな。その横にはデッキブラシ。
(あ、見て見て相棒。これ瓶詰展示会にあった杖代わりの瓶だよ)
(ああ……ここの店のだったのか)
なんかぬいぐるみみたいなのも並んでるんだが……?
こっちの棚は……魔法少女のステッキか?
さらに横には本物の鱗を貼った魚の玩具。
かと思えば今度は分厚い革張りの本が並んでいる。
(あー、本ねー。本で戦うのもいいよねー)
(思った以上にバリエーションが多い)
オーダーメイドがメインの店だから、この棚に並んでいるのは見本品なんだろう。
そうして棚を眺めていると、店の奥から誰かがやってくる気配がした。
「はいはいはい、いらっしゃいませー……」
表に出てきたのはエルフの男だった。
頭に鹿の角の飾りがついた布のフードを被って、口元だけ見える顔布のような物を着けている……ドルイドっぽい装備だな。
そのエルフの男は……俺達を見た途端、ピシリと音が鳴るようにして硬直した。
「えっと……お店の人ですか?」
「……ぁ……あ…………あああああああ!! スイマセンスイマセンスイマセン! 申し訳ありませんでしたあああああああ!!」
そして何故か俺達の前に五体投地して謝罪を始めた。
* * *
杖職人のエルフの男は、名前を『偶蹄・シカディアー』と名乗った。
「スイマセン……よもや勝手に箒の形の杖を作っていた事に対して怒り心頭で販売停止を申し立てに来たのかと思いまして……」
「いえいえ、そんなつもり全然無いですから。むしろどんどん作って下さい箒かわいいんですから」
「あ~、よかったぁ〜……え、じゃあもしかして籠をぶら下げた杖とかも作っていい感じですか?」
「どうぞどうぞ」
「よっしゃあ!」
どうも最初に箒を作ったのが森女だったから、勝手に真似をした事で怒られるかと思ったらしい。いや、箒の杖なんて色んなゲームであるだろ。
取り越し苦労だったと分かったシカディアーさんは、胸を撫で下ろしてほほ笑みを浮かべた。
「では、本日はどのような御要件で?」
「杖のオーダーメイドをお願いしたいです」
そしてキーナの言葉を聞いて、ゆっくりと傾き……また五体投地した。
「……なんでですかー!? 貴女かの有名な森女じゃないですかー! ご自分で作ってるんじゃないんですかー!?」
「今使ってるのは手慰みで作った物で、【武器製作】のスキルは低いから、そろそろ職人さんに強いの作ってもらった方がいいかなって」
「うちのお得意様の半分とまったく同じ思考回路だったー! そういうタイプのお方でしたか!」
「ちなみにもう半分は?」
「自分で作るのは面倒だけど、オンリーワンな一点物の個性炸裂した杖が欲しい方々です」
「なるほど」
「……普通の戦闘勢はいないんですね」
「そんな効率重視のプレイヤーはうちには来ません!」
うん、知ってた。
(相棒向けだな)
(うん!)




