幕間:間隙を縫って
DLC最高です。ありがとうございます。
再開します。
「そういえば、年越し花火の時に森夫婦が知恵の林檎をジュースにしたの売ってたって、聞いた?」
「なん……だと……?」
世間話をしながらピリオノートを歩いていた男2人の内の片方が、相手の言葉に絶句して数秒フリーズしてから頭を抱えた。
片や爆弾発言をして相手を絶句させたのは、分かりやすい旅装姿に登山用ピックのような物を持つ男。プレイヤー名を『ロードオブザピッグ』。
片や頭を抱えたのは、大量のポケットだのポーチだので小物がすぐに取り出せないと気がすまなそうな技術者めいた姿をした男。プレイヤー名を『G・オイスター』。
G・オイスターは、たっぷり3秒うめき声を上げてから問いかけた。
「……そのジュースってTipsは出るのか?」
「出たらしいよー。ってか出ないと知恵の林檎だってわかんないって」
「だよなー! 知ってた!」
「てか年末花火の時って検証勢1人も見かけなかったけど、そもそもログインしてたん?」
「してた……」
「どこにいたの?」
「……闘技場使って学会」
「学会!?」
ようは情報交換や頭数を揃えて考察する集まりである。
それでも『年越しに何をしているんだ』とロードオブザピッグは苦笑いした。まぁ雁首揃えて休日が揃う事なんて滅多に無いからだろうけれど。
「えー、じゃあ闘技場の個室に検証勢が大勢集まってたのかぁー。配管工とかもいたの?」
「弟はいた。兄は年越し初詣デートだからってログインしてなかった」
「ああ、そういえば兄の方は彼女持ちなんだっけね。リア充だって知った時のダブチーパイセン思い出した」
「ダブチーは反応が芸人すぎんだよ」
軽口を叩き合いながら、半ば溜まり場と化している屋敷へと向かう。
「オイスターはお年玉誰からだった?」
「サフィーラ。スリートップと全然関わりなしだった研究系と魔法使い系はサフィーラでほぼ確」
「へぇ~、戦闘系は騎士団長なんだっけ?」
「そう、商人とか職人系は聖女」
「フィールドワークメインなオレは戦闘系に入れられてたのか騎士団長だったんだよなぁ」
「移動と戦いばっかで戦闘系の狩りと変わらんからだろ」
「まぁね」
あ、でも。とロードオブザピッグはパチンと指を鳴らす。
「リリーと一緒に付いてた手紙は地図埋めに言及されてた」
「へぇ、どんな?」
「『地図埋めに積極的で助かる』みたいなのから始まって、『これからもよろしく』的なのと、最後になんか『見覚えの無い物が増えていたら小まめに情報を更新してもらいたい』って」
「……ふーん?」
G・オイスターは顎に手を当てて思案する。
お年玉の手紙は、今後発生するクエストやイベントのヒントのような物だろうという仮説が立っている。
つまり……今後、フィールドに見覚えの無い物が増えるかもしれない……あるいは既に増えている可能性があるという事だ。
「そう言うオイスターはどんな手紙だった?」
「……『爺様は建物の頑丈さにはこだわるくせに、ヒトへの警戒心が薄いから気を付けてやってくれ』って」
「完全に御隠居の介護要員扱いじゃん」
爺様というのは、そのハークレンズ伯爵の先代当主である老人だ。引退後を開拓地で趣味の研究に費やす、気の良い年寄りである。
G・オイスターが押しかけ弟子となって住み着いているハークレンズ伯爵家先代当主の屋敷は、今まさに向かう先。
手紙で指摘を受けて、確かに警備が足りないなとは感じた。
あの屋敷はそもそも貴族街の外にある。警備が常駐している貴族街の門が近いとはいえ、屋敷は塀で囲まれているから中で何が起きているかまではわからない。
そして窓に鉄格子こそ設置されているが、住み込みの使用人は執事だけで後は出入りのメイドのみ。プレイヤーの出入りが多いから気になっていなかったが、警備員がいなかったのである。
「え、それ大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなさそうだなと思って爺様に言ったら、『じゃあギルドに依頼でも出して来い』って言われて今行ってきたとこ」
「めっちゃリアルタイムの話だった」
警備要員は明日から来てくれるらしい。
今日はこのまま読書を兼ねて自分が居座ればいいだろう。
G・オイスターはそう考えていた。
……そして、その考えは甘かったと思い知る。
ロードオブザピッグと共に屋敷に戻って、扉を開けようと手を伸ばし……扉が半端に開いたままな事に気付く。
「っ!」
「オイスター?」
エフォのNPCは、死んだら復活しても廃人になってしまい本国へ帰還する。
死ななくても、実質死亡と同じだ。
だから最悪の事態を考えたG・オイスターは、慌てて扉を開けて中へ飛び込んだ。
ホールに入ってすぐ目に付いたのは、意識を失って倒れている執事の姿。
「執事さん!?」
「くそっ! ピッグ、執事さん頼む!」
エフォは、モンスターだろうとプレイヤーだろうとNPCだろうと、ダメージを受けているエフェクトには様々な種類があるが、死亡時はポリゴンになって消える。
執事は消えていなかった。
プレイヤーである2人が認識しても、目の前で消えたりはしなかった。
それならまだ間に合うはずだ。
エフォはNPC相手でも回復魔法やポーションはきっちり効果が出る。HPが1でも残っていれば持ち直せる。
G・オイスターはいつもの石板部屋へと駆け込んだ。
広い研究室。
器具や本が並ぶ壁一面の棚は、一部が壊れて崩壊している。
割れたガラス。
落ち葉のように散らばった紙。
液体がかかってしまった本。
床に散らばった謎の石板。
そして……
「爺様!!」
崩壊した棚の諸々に埋まるようにして倒れている老人に、G・オイスターは駆け寄った。
「【ウィンドクリエイト】!」
風の魔法で、壊れた諸々ごと老人の身体を宙に浮かせる。
そのままガラスを払い落とすようにしながら老人の身体だけを何も散らばっていない絨毯の上へ移動させて、腰のポーチから手早く取り出したポーションを飲ませた。
大丈夫、脈はある……エフォは出血表現が抑えられているから怪我の度合いは分かりにくいが、息をしているなら持ち直せるはずだ……
わかっていても、祈るような時間が経過して……先代ハークレンズ伯爵は、「う……」と声を上げながら目を開いた。
「爺様……生きてたか」
「……そう簡単に、くたばるつもりは無いわい……」
憎まれ口を叩きながら、弱々しくも笑って見せる老人に、G・オイスターは深々と安堵の溜め息を吐く。
「何があった?」
「っ、そうじゃ……こうしちゃおられん……アイタタタッ」
「おい、無理すんなって」
起き上がろうとする老人を抑えると、思いがけず強い力で手首を掴まれ、G・オイスターは驚き目を見開く。
正面から向き合ったのは、使命を理解している力強い目。責任を知る貴族の顔。
「青二才、儂はもういいからすぐ城へ走れ!」
「なん……なんだよ。爺様、何に襲われたんだ?」
「あれは『ブラッドレッド・カルト』だ!」
知らない単語に眉をしかめるG・オイスター。
彼が理解出来ていない事を理解した老人は、腕を掴んだまま捲し立てる。
「『ブラッドレッド・カルト』は……ずっと昔に滅びた種族、ヴァンパイアを復活させんと活動しとるカルト集団じゃ。あっちの世界では、生贄の儀式が必要だとか言って、各地で問題を起こしまくっとる……」
「……おい、そんなのがこっちに来てるのかよ!?」
「じゃから早く城に伝えろ! どこで被害が出るかわからんぞ!」
持ち直した執事と先代伯爵を貴族街の兵士に預けて、2人は城へと駆け込んだ。
にわかに騒がしくなる石板研究の屋敷へと捜査が入り、いくつかある石板の内……最も完成に近かった物が持ち去られている事が分かったのは、冬イベントの終わり頃だった。




