ユ:ログインしながら年を越す。
ログインしてます。
キーナから相談を受けて、杖職人の情報を集めてみたが……実際訪ねてみるのはもう少し後にする事にした。
……何故なら今日はリアルでもゲーム内でも年末。
年越しだ。
俺達夫婦はキーナの仕事も休みだし帰省もしないから割と気楽なものだが、そうじゃない、忙しいプレイヤーも多い時期。
職人の目星をつけても、普通にログインしていないかもしれない。
……そういうわけで、俺達はジャック達も連れてゲーム内の年越し花火に繰り出した。
花火の打ち上がる場所はピリオノート。
年越しと同時に打ち上がる花火だから、当然リアルの真夜中だ。
時期と時間の関係で、イベント真っ最中のピリオノートなんだが、今までのイベントとは比べ物にならないくらい人が少ない。
変装状態の俺達がジャック達を連れてゾロゾロと歩いていても、チラチラと視線は飛んでくるが、その数は普段と比べて格段に少なかった。
リアルの24時頃は、ゲーム内では17時頃。
日が傾き始めたピリオノートは、フェスティバル期間が終わったからクリスマスカラーではなくなっている。
そんなスカスカのピリオノートで……俺達は適当な道端の広場で、のんびりと露店をしながら花火を待っていた。
「ひとつくださーい」
「……どうぞ」
今日は俺もキーナの占い屋の横で、ホットアップルジュースの店を出している。
知恵の林檎を搾ってシナモンを加え、温めたジュースだ。
ゲームだからか林檎1個で小さめのコップ1杯分のジュースになるのは助かった。
キーナが【木魔法】で量産してくれた木のコップに入れて出す。コップに葉っぱが生えてるのは製作者の御愛嬌だ。
看板には『ホットアップルジュース、1人1杯まで』の文字。
ジュースを買った客が「あったけぇ〜」とコップを両手で持ち、ほくほくとした顔で飲み干して……固まった。
……そういえば、原材料が知恵の林檎って書いてなかったな。
まぁ、アイテム名には表記されてるから詐欺にはならないし、いいか。俺等が売ってる林檎関係って事はそういう事だ、察してくれ。
たまにやってくる客の相手をしながら、広場で雪にはしゃぐジャック達を見守る。
使徒との戦闘で派遣した時は、ドタバタしててゆっくり雪を堪能できてなかったからな。住民NPCの子供達と一緒に雪だるまを作って遊んでいる姿は実に微笑ましい。
のんびりとジュースを売って、飲み干した客に二度見されながら待つことしばし。
……転移広場の方角が、にわかにザワザワし始める。
時間の流れがリアルの3倍だから、システムの時計を確認しつつカウントダウンのタイミングを窺っているらしい。
明らかにフライング気味なカウントダウンを笑う声や、あとどのくらいなのか必死に確認する声。
そしてカウントダウンの声がバラバラに始まって……その内、1番声が大きなカウントダウンに収束していく。
(……ズレてるなぁ、あのカウントダウン)
(マジで?)
大人数の「3!」が聞こえたあたりで……年を越えて、花火が打ち上がった。
(はい、あけおめ)
(あけおめー、今年も愛してるよ)
(うん、俺も愛してる)
「あれぇー!?」とか「おおーい!?」と悲鳴のような声が広場の方から聞こえてくるのに苦笑いが出る。
次々と打ち上がる、花の形に空で咲く火。
ジャック達も、4つ目の雪だるまを作る手を止めて空を見上げていた。
そうして花火を眺めていると……『ピコン』とシステム通知音が鳴る。
ウィンドウを開くと、運営からの『あけましておめでとう』メッセージが届いていた。そこには、お年玉イベントについてのひと言が添えてある。
(へぇ~、お年玉っぽいのは後日各拠点に届くんだね)
(ピリオノートのトップ3の内、1番好感度が高いNPCから激励が届くのか……)
うちはたぶん魔術師団長だろうな。ワンチャン聖女様かもしれないが……関わってる回数が違うからなぁ。騎士団長って事は無いと思うが……
騎士団長と言えば……今日のログイン直後、つまりゲーム内の昼間。露店で出すジュースを作っている時に、ミミック卵のチェンジリングの件で、報告と報酬を渡すからと呼び出しを受けたから行ってきた。
魔術師団長じゃなく、騎士団長からの呼び出しなのを意外に思いながら2人で城へ行ってみると、部屋で待っていたのは騎士団長ひとり。
騎士団長は、俺達が確保した他に2つのミミックの卵を確保した事。明らかなテロ行為を行った犯人は捜査中である事を教えてくれた。
そして……
「お二人には何度も有益な情報を提供して頂いているので……私も、貴方がたを信頼する事にしました」
そう言うと、小勲章と絵本をひとつ、報酬として差し出された。
【ラッセル騎士団長の小勲章】…品質☆
ラッセル騎士団長の信頼を得た証。これを城の入口で提示すれば、ラッセル騎士団長に直接取り次いでもらえる。
受け取った本人の所有扱いになっていれば、一部を除くNPCの好感度が上昇する。
手放すとラッセル騎士団長からの好感度が大きく下がる。
【赤毛の冒険者の絵本】…品質☆
とても古く、大切に扱われてきた事が窺える絵本。
絵本は持ち帰りが出来ないとの事で、その場で2人で読んだ。
赤毛のどこぞの三男坊が冒険者になって、神様の力を借りて荒野の魔物を倒し、ヒトの住む地へと変えていく話だった。
……どこかで聞いた話だな?
俺と相棒が、正面に座る騎士団長の赤毛を見ると、騎士団長は微笑んで言った。
「ご質問があれば、今ならある程度はお答えできます」
部屋には、俺達と騎士団長以外は誰もいなかった。
俺は特に、思いつかなかった。
キーナは、ひとつだけ質問をした。
「……もしかして、偽名だったりします?」
「ええ、まぁ。慣習で」
それでキーナは満足したらしかった。
だったら、俺が言うことは特に無い。
絵本を読んで気付いた事があっても秘密にしておく約束をして、俺達は城から帰った。
……そんな感じの報酬受け取りはあったが、まぁ信頼を得たとはいえ流石にお年玉の対象になるほどじゃないだろう。たぶん。
「あ、ニヤニヤフラワーの花火だ!」
「……マジかよ」
おい花火職人。ちょっと気に入ってるじゃねぇか。
ゲームを始めて初めての年越しは、そんな風に呑気な花火見学を楽しんだのだった。
RimWorldの新DLCが来たので、ちょっと2日ほど更新お休みして遊んできます。
ヤッター!オデッセイだー!




