ユ:死の深海へ
紫の海の上。
念の為、変装した俺達は、いつかのようにキーナがネモの足場を展開して、その上をネビュラに二人乗りで走って進む。
闇の根源がある聖域は死の海の底にある。
ネビュラが言うには、広大な死の海のどこか1箇所にあるわけじゃなく、死の海のある程度深さがある所へ死の精霊が入り口を開くモノらしい。
入り口を開くのはヒトと契約した分け身でも構わないが、ある程度の力が無ければ開くことは出来ない。
精霊のレベルは契約主と連動するから、必然プレイヤーのレベルがある程度無ければ開けないわけだ。
「……うむ、この辺りでよかろう」
「オッケー……ネモ、ストップ」
島から離れた所で足を止める。
俺達が背中から降りると、ネビュラが大きく遠吠えをひとつした。これでここの真下に入り口が開いたらしい。
すぐに突入準備をする。
キーナは霊体化、俺はネビュラと同化。水中呼吸のポーションはどうやら必要無かったらしいから使わない。
「オッケー?」
「……オッケー、急ごう」
時間切れで辿り着けなかったら目も当てられないからな。
手を繋いで、ネモの足場を解除。
そのまま死の海に飛び込んだ。
「【ネクロマンスクリエイト】」
相棒の魔法に応じて、暗い海の底から細長い手のようなヒドラのようなモノが伸び上がって来る。
その手に手を引いてもらって、俺達は一気に海の底を目指して深く潜った。
死の海はかなり透明度が高い方だが、それでも深い所は光が届かなく先が見通せない。
手を引かれ、かなりの速さで潜っていくと、あっという間に周囲は暗くなっていく。
振り返ると、煌めく水面がどんどん遠ざかるのが見えた。
(……あ、なんか、思ったより暗い……ちょっと怖いかも……)
(Oh……無理そうなら戻って待っててもいいよ?)
(いや、大丈夫……一緒にいれば大丈夫……でも1人では絶対に来ない、絶対にだ)
謎に力強い宣言に思わず苦笑いが出た。
闇の属性、死の海、深い所に光なんか届くわけがない。
自宅でも真っ暗な部屋に入るのを躊躇する光の住人なキーナは、それはそうなる。
なお、俺は暗い方が落ち着く闇の住人だ。特に何も思わない。
しばらく潜り続けて……かなり沖で飛び込んだ死の海は、ようやく海底が見え始めた。
そこは、以前もっと浅い所で見たのとはまた違う光景が広がっていた。
耳の中に、水中特有の音が響いている。
ずるりと真横を通って大きな目玉でギョロリとこっちを見る、巨大なクジラやドラゴンの霊。
霊蝶から元の姿へと戻る、色や目の無い種類の生き物の霊。
暗い色のスライム、岩の間に潜る細長い何か、平たい形状の虫。
深くて暗い所には、生前深くて暗い所を好んでいた霊が集まっているんだろう。
そんな霊達がマッサージを受けている海底の一部に、大きく底の見えない穴が口を開いていた。
(……アレかなぁ?)
(アレだろうなぁ)
(ヒェエ……何かグワッと出てきそうで怖い)
ゆるりと寄ってきた巨大なイカのような霊が、穴と俺達を見比べた。
まるで『あ、そこ行くの?』とでも言わんばかりの仕草にキーナが笑って、頷きながら手を振ると、イカは触腕をピロピロと振り返してくる。……見送られたんだろうか。
物珍しげに眺められながら、穴の中へと進む。
ヒドラの誘導はここまでだった。
穴に降ろされた後で、スルリと手が離れる。
水圧は感じない。
浮力も無いのか、特に水量に押し返されたりする事も無く、2人で手を繋いだまま穴の奥へと降りていく。
もう穴を通るルートに乗っているんだろう、泳いでもいないのに体が勝手に進んでいた。
どうやら俺もキーナも、時間切れになる前に辿り着けそうだ。
穴の闇の向こうに、海水の切れ目と空間が見えた。
* * *
穴を抜けると、滝のように流れ落ちる海水と一緒に、ドボンと水路のような所へと落ちる。
滝のように流れ落ちるということは空気がある。
空気があるなら空間がある。
空間があるなら、水面がある。
キーナは霊体化しているから重力の影響を受けない。
繋いでいた手を引かれて水面へ上がれば、そこは黒い岩に囲まれた広い空間だった。
「よいしょ」
「ありがとう……」
死の海の水から床へと上がった。
……【夜目】のスキルがあって助かった。暗い空間の様子が、それなりに視認できる。
デコボコしているが、ある程度は平らになるよう整えられた岩の床。
四角く空間を囲む死の海の水の滝は、ずっと滝の水音が空間に響いている。
そして空間の四つ角には、明らかに自然物ではなく、粗い感じではあるが整えられた形状の柱があった。
「……柱? ヒトの手が入ってるのか?」
そんな疑問に答えたのは、同化を一度解除したネビュラだ。
「いいや、ここにヒトの子が来るのはこれが初めてぞ」
「え、じゃあアレ何?」
「あれは『ヒトの子がこの世界に来るのなら、根源の聖域等と言う重要な場所はそれらしくしておかねば重要な事が分からぬであろう』と、天使を通して神より通達があったのでな。死の精霊の中でも器用な者達で拵えた物だ」
「アッ、ハイ」
「お気づかいありがとうございます……?」
じゃあ正面の祭壇みたいな所も慌てて作ったのか……お手数おかけしました。




