ユ:フリマ商品の準備、その2
ログインまだです。
俺も真紀奈も、昨日は骨になった蛇のリベンジマッチを終えたらすぐにログアウトした。
時間もちょうど良かったし、休みにずっとゲームやってるとやっぱり体がそれなりにバキバキになる。
だから休日二日目の今朝は、二人でのんびり川原を散歩する事にした。
近所に流れている川は、住宅と川の間に緑地を兼ねた遊歩道が整備されている。
朝食に近くの店で適当にパンと紙パックの飲み物を買って、遊歩道脇の木陰に設置されたベンチでピクニックモドキと洒落込んだ。
朝は甘い物が食べたいという真紀奈は、さっそくイチゴジャムの詰まったパンにかぶりついている。
「イチゴジャムうめぇ」
「そりゃよかった」
「エフォにもイチゴあるかなぁ? ジャム煮るの好きだからあったらやりたい」
「それこそイチゴ育てたら? 畑できたんだし」
「だねぇ」
吹き抜ける風が気持ちいいくらいには朝でも気温がそこそこ高い。
もうすぐ夏だ。
そういえば、エフォの世界の季節はリアルと連動しているらしい。
つまり春も夏も秋も冬も、ゲーム内では三倍の長さで続くってことだ。
季節の催し系のイベントのためだろうって話だけど、街を作ってる開拓勢は冬越えが大変だろうな。
……考えながら食べていたら、タルタルフィッシュバーガーもハムカツサンドもいつのまにか食べ終えていた。
ゴミを片付けて、のんびりと真紀奈が食べ終えるのを待つ。
大きく育ったたんぽぽが揺れて、茂みから小鳥が青空へ飛び立った。
ノイズキャンセル付きのイヤホンを外して目を閉じれば、木の葉のざわめきと川の水が流れる音が聞こえる。
人の喧騒よりずっといい。
次のパンを頬張る真紀奈に手を伸ばして頭を撫でる。
「んむ? 何?」
「別に、かわいいなーって」
「雄夜の方がかっこいいよ」
今日はいい散歩日和だ。
* * *
昼食後にログイン。
そういえばすっかり忘れてたが、ピリオ襲撃の防衛戦のドロップアイテムが届いていた。
敷地の片隅に置かれた木箱に違和感がなさすぎて、二人揃って数日気付いていなかったらしい。
中身は主に蛇の皮だった。
牧羊犬してただけで、大して討伐はしてなかったからな。
ちなみに昨日のリベンジマッチはドロップ無しだった。
たぶん、相棒の使った魔法は討伐じゃなく送還の扱いだったんだろう。
それに気付いた相棒はオロオロと謝って来たけど、あんまり資産増やしたくない俺たちからすれば特に問題ない。撫で回して慰めた。次から気を付ければいいだけだ。
明日はいよいよフリマ当日ということで、相棒はいそいそとその準備をし始めた。
品物を並べる布を木と葉で薄い青緑色に染めて、俺と相棒が座る座布団まで縫っていた。
他にも、写本を優先して後回しになっていた木のチャーム。
それから。【刻印】スキルの評価が低いと聞いて気になったんだろう。初心者向けに【刻印】をひとつだけ入れたスカーフや腕輪やリボンなんかのアクセサリー装備を、安い値段になるような仕様でいくつか作っていく。
「ヤバイ、楽しくて手が止まらない」
そうだろうな。
量産こそ程々にしているが、種類がかなりの数になってきた。
今、相棒は森で見つけた蔦を使って、そこそこ大きな鳥籠を編んでいる。普通に小鳥が飼える大きさ。果たして【死霊魔法】に使っている籠に需要はあるのか。
「あとね、こんなのも作ってみた」
【楽器製作】スキルで作られたのは小さな木製のオカリナだった。
当然この森の木製なのに、色が赤と緑のマーブル模様。
「【満ち夢ちトマト】で色つけてみた」
「……どうなった?」
【幻夢のオカリナ】…品質★★
人には聞こえない不思議な音が出るオカリナ。
幻獣に対してテイムや契約交渉を行う前に音色を聴かせると成功率が上がる。
すごい。
すごいんだけど、俺はまだ幻獣が発見されたって情報を見ていない。
人類にはまだ早いみたいな品揃えになってないか?
……まぁ別にいいか。どうせ匿名だし。
そうして相棒の作業を見ていると、俺もなんとなくやる気が湧いてきた。
「……俺も何か作るかな」
「売り物?」
「そう」
せっかく【調合】持ってるんだしな。
グレッグさんの所で買った調合道具は俺用にしていい事になったから、地下の作業部屋に置いてある。
さて、何を作るか。
【調合】のレシピをスラスラと確認していく。
……あんまり強い睡眠薬とか毒薬とかは、NPCがかなり自由だから流通させるの怖いんだよな。
もっと効果の弱くて安全そうな物……ああ、これなんかいいな。
材料は微睡の森の木。
これを粉にして……【調合】
【微睡の木の御香】…品質★★
微睡の木から作られた御香。
優しい森の香りで柔らかな眠気に包まれ、グッスリ安眠する事が出来る。
……俺が欲しい。不眠気味だからリアルで欲しい。マジで。
まぁこのゲームは、ゲーム内で睡眠取れば割と脳が休まるからかなり助かってはいるんだけどな。
いくつか作って相棒の所に持っていく。
「はい、これも売って」
「おおー、御香だ。……なんか、相棒にリアルで必要な効果じゃない?」
「それな。本当に世の中はままならない」
相棒は普通の木で丸みのある四角いお盆をいくつか作っていた。
細々した物を乗せるつもりらしい。
「御香は円錐形だし、お盆に並べておけるね」
「雑貨屋みたいになりそうだ」
「でもちょっと不思議な効果付き。ウィッチクラフトって感じで僕は大好物だよ」
「ウィッチクラフトって何?」
「ざっくり言うと、魔女の魔法とかアイテムとかの事」
「へぇー」
ああ、確かに。
魔法の本と、杖になる箒に、オバケを入れておける籠、知恵のリンゴ、特殊効果のあるリュートにオカリナ、力のある刻印付きのアイテムと、安眠の御香か。
「なるほど、これは魔女だ」
「でしょ? まぁ当日は三角帽子じゃなくてショッ◯ーなんだけど」
「世界観の差」
まぁだからって、普段の格好で堂々と売ったら面倒が増えるのは目に見えてるからな。
「土曜日と日曜日、どっちにお店やろっか?」
「土曜日でいいっしょ。それでお金作って日曜日に買い物で」
「なるほど。じゃあそれで」
相棒の準備もそろそろ仕上げか。
当日出来るだけ喋らなくていいように、値札や看板も作っている。
……その『はい』と『いいえ』と『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』はもしかして当日使うつもりなのか。これはシュールな光景になるぞ。
仕上げと言いつつ、まだ長くかかりそうだ。
俺は再びリュートを構えて、練習を兼ねたエールを送るべく演奏を始めたのだった。




