幕間:空に広がる魚の歌
ちょっと短めです。
最近流行のフルダイブVRMMO『Endless Field Online』
そのゲーム内のとあるマップに、その男は佇んでいた。
「は〜……うちの子ってヤベー新種だったんスねぇ〜」
空は遮るものが何も無い。
広い、広い、ただ広大すぎる蒼穹を仰ぎ。
その下は。
白く、白く、現実味の希薄な純白の雲海。
そして綿のような雲を貫くように、奇妙な形の細長い岩が幾本もそびえ立っている。
そんな風変わり極まるフィールドで、男は1人、雲の上に立ちながら、ゲームのシステムウィンドウをスイスイと操作していた。
「へへっ、でもこの感じなら序盤からボロ儲け出来るっしょ。いくらになっかな〜?」
男の周りには、白みがかった蔓草が雲から生えている。
蔓草は支柱も無しに宙へ向かって伸びていて、その先端に、ぷかぷかと浮かぶ羊がついていた。
尾が雲に繋がる蔓草になっている、大玉のスイカ程もあるそのクラウドバロメッツは、メェメェと鳴きながらぷかぷか浮かんで男に擦り寄ってくる。
男は、まるで雲のようなその体を、ウィンドウの操作をしていない方の手で撫でた。
「イイ感じの装備とか〜、便利な魔道具とか〜……まぁ買いたい物は色々あるっスけど……」
男は背中に半透明の膜のような羽を持っていた。
けれどその身体は、小柄ではあるがフェアリーのように小さくはない。
その腰に吊るされているのは、初心者人魚に人気の【水魔法】が込められた水筒型魔道具である。
「何よりもっ! 軽くて頑丈な建材が欲しい……っ!」
「クゥッ……」と切なそうに歯を食いしばる男の後ろには……建設途中で崩れ落ちた木の小屋の残骸と、地盤となる雲が耐えきれずに根元から倒れた木があった。
「家がっ、家が欲しいっス! 文字通りの青空拠点っ! 雲をこねても風で流れ、木材は強風が吹く度に雲を掘り返して倒れ、石材は沈んで埋まって消えていった……! いい加減、脱・ホームレスしたいっスー!!」
嘆き叫ぶ男に、クラウドバロメッツ達は慰めるようにメェメェとまとわりつく。
そんなぷかぷかとするふかふかを、男は半泣きで抱きしめた。
「慰めてくれるっスか? 優しい羊っスようちの子達は! ……では、この感情を歌います。聴いてください、『バロメッツ讃歌第17章〜わたあめが食べられなくなりました〜』……さん、はい!」
爽やかな青空の下に、空に負けない程爽やかな男の歌声が響き渡る。
蔓草から生えた羊達は、ウキウキと嬉しそうな顔でその歌を聴いていた。
男とバロメッツ達の他は、誰もいない。
歌声に応えるように、風が吹く。
風が岩の間を吹き抜けると、とても美しく綺麗な音が鳴る。
そして同時に、奇妙な形の岩の隙間に風が通る度に、小さな雷の欠片が生まれ落ちて、パチパチと弾け煌めいていた。
風が鳴る。
風が歌う。
ここは『風鳴りの空雲高原』
たった一人、歌う男だけが、初期入植者としてやって来た、次元のズレた場所。
「……ご清聴、ありがとうございました!」
満足するまで歌い終えた男が深々と頭を下げると、羊達がメェメェと賛辞を送る。
その歓声に「どーもどーも」と応えながら、男は開きっぱなしだったシステムウィンドウを横目で眺めた。
「やっぱり森一味の拠点の情報って全然無いんスねぇ……たぶんあの人らも、こういう所にいるんだと思うんだけどなぁ〜」
朗らかな独り言を重ねた男は……やがてふら〜っと体が傾いて、その場にバッタリと倒れた。
「うぐ、しまった……水っ……水ぅ〜……っ!」
男とバロメッツ達の他は、誰もいない。
掠れた声に応えるように、風が吹く。
やがて男は、慌てふためくバロメッツ達によって水筒を口元に運んでもらい……なんとか事なきを得たのであった。
 




