キ:たとえ同情であろうとも
なんだかんだゲーム内で『死』に縁のある僕らは……いわゆる『不死』に該当する骨の蛇に思いがけず有効打が見つからなくて困っていた。
まず相棒は毒とかの搦め手が通用しない。『死の海の水』だって効果はない。
だって相手はもう死んでるから。
そして僕は……何の属性をどう使うのが一番効果的かがいまいちピンとこなくてイメージが出来ずにいた。
現状僕の魔法で一番レベルが高いのは【火魔法】なんだけど……炙るの? 骨を? それ効く???
いや、ファンタジーなんだから深く考えなければ効くと思うんだけど。
骨を炙る=ガラスープ! ってイメージがうっかり最初に沸いちゃったもんだからいまいち火力にキレが無い。
そしてガラスープのイメージが脳内から離れてくれない。
ごめんよ。本当ごめん。
断じてふざけてるわけじゃない真剣そのものなんだけど、僕の愉快な脳みそは一回浮かんだイメージを簡単に手放してくれない仕様なんです。
某狩猟ゲームでも、切断した尻尾の断面とか見たら漫画肉としか思えないし。
これがエフォじゃなかったら何の問題も無いんだけどね!
フルダイブVRで魔法をイメージで使うゲームだから致命的!
きっとこういうのを防ぐ意味でも、オリジナル魔法の登録機能なんてものがあるんだと思う。登録しちゃえば仕様が据え置きだもん。
……ダメ。意識を切り替えよう。
幸いフッシーの【煉獄の炎】がアンデッド特攻みたいで、そっちでダメージは出てる。
巨体に対する拠点の守りはコダマ爺ちゃんが担当してくれてる。
近接でヘイトを引くのはネビュラ。
相棒も弓矢はダメージが入るから、当てにくそうな骨相手に頑張ってる。
僕はジャックを杖の籠から出して、補助じゃなく攻撃をお願いした。
僕に引っ張られたロースト仕様より単体の方がたぶん火力出るよ。
考えろ。
TRPGと同じ。
ステータスと今ある物を並べて……僕は何ができる?
【火魔法】の次にレベルが高いのは【死霊魔法】
……僕の中の死霊術士のイメージは『アンデッド専門のテイマー&サモナー』
じゃあ専門家としてあの骨蛇を懐柔できるかって言ったら……無理だよねー、絶対無理だよ。
だって僕ら、生前ボコボコにした張本人だよ?
変装してたってネビュラいるもん、今更誤魔化しようがない。
『支配』だの『服従』だのの【刻印】でも使う? それこそ死亡フラグが後回しになるだけでしょ。
……そもそも、ホラーが苦手な僕が楽しく扱える死霊関係なんて、ハロウィンしかないわけで。
うん。
それなら、得意なイメージなんてこれ一択だ。
「【ネクロマンスクリエイト】……トリック・オア・トリート!!」
杖からキンッと波動が広がる。
それを受けた骨の蛇は一瞬ピタッと動きを止めた。
そして次の瞬間、ブチ切れたみたいに「シャアアアアッ!!」って吠えながら何かを尻尾で払う仕草をした。
すると、黒い靄が骨の体に纏わりついて吸い込まれる。
ラージボーンスネイク・リベンジ Lv25
状態異常:防御低下
突然の奇妙な流れに相棒が僕を振り向いた。
「……何したの?」
「トリック・オア・トリート」
「『お菓子かいたずらか』?」
「『贄をよこせ、さもなくばデバフをかける』」
「カツアゲかよ」
カツアゲだよ。
ハロウィンはオバケによるお菓子のカツアゲ祭りじゃんよ。
僕がイメージした【死霊魔法】は、声が届いた範囲の敵に贄を要求して、差し出せばよし、拒否したら霊による防御力低下……つまりイタズラがよく効く状態になるデバフをかける。
うーん、消費MPが大きい魔法になったなぁ。
でもこれ使うの楽しいから、後で何回か使って登録しよう。
あ、この魔法でデバフを担当してくれるオバケはエキストラさんです。エキストラでお願いします! ってイメージしたら通ったから、ゲーム的にはオッケーなんだと思う。
融通の利くゲームでありがたいね。
防御力の低下した骨蛇に、フッシーの【煉獄の炎】が容赦なく襲い掛かる。
激しくのたうち回る体が防壁を叩こうとするのを、コダマ爺ちゃんが【木魔法】で受け止める。
ネビュラが尾に近い背骨に食らいついて、そのまま一ヵ所噛み砕いた。
動きが鈍ったところへ相棒の矢がたたみかける。
ジャックもがんばってペチペチ【火魔法】を撃っている。
いいよいいよぉ!
僕も気持ちが切り替わってイメージがノッてきた!
MPポーションをぐびっと呷って、次の一手。
この骨蛇は、憎き自分の仇である僕らを見つけてうっかり死の海から上がって来た。
ってことは、この世界の魂のサイクルから見れば、迷子判定になると思うんだよね!
オバケの迷子にはお迎えを呼んであげるのが常套手段でしょう!
「【ネクロマンスクリエイト】!」
迷子のお知らせです!
大きな蛇さんが一匹!
生前殺り合った相手の気配につられて迷子になっています!
まっすぐ海には向かっていたようなので、やり直し拒否ではありません!
迎えに来て、連れて帰ってくださーい!!
そんな念を全力で籠めた魔法は、すぐに効果が現れた。
地面からブワッと大量に伸びあがったのは、紫色をした半透明のヒドラのようなナニカ。……もしかしたら手なのかもしれないけど、手だったら怖いから考えない事にする。
死の海と同じ色をした無数の触手は、蛇の骨しかない体に掴みかかる。
骨蛇が嫌がって、身を捩って抵抗すると、今度は骨の一部をぶちぶちぶちぶちと毟り取り始めた。
「……今度は何したの?」
「迷子のお迎えを呼んだ」
「……迎えというか、追剥ぎ?」
「こう……聞き分けが無いから引きずって帰るんじゃなくて……聞き分けが無いからちょっとずつ持って帰る、みたいな感じがするよね」
「過激すぎる」
そしてこの魔法もMP消費が激しいなぁ。
ぐびぐびポーション飲みながら魔法を維持する。
ゲーム的な効果としては、アンデッドにのみ継続ダメージを与える魔法って感じかな? 弱いアンデッドなら即消滅……つまりすぐ連れて行かれちゃうだろうし。強いアンデッドはこうやって僕のMPが持つ限りちょっとずつ毟られ続ける。
燃やされながら毟られる蛇は、だんだん諦めムードになってきた。
『なんで自分ばっかりこんな目に』って顔に書いてありそうな雰囲気。
……なんか可哀そうになってくるなぁ。
僕個人としては、別にこの蛇に思うところは無いからね。
……いや、確かに追いかけられはしたけど。僕だって自分を殺した相手がぬけぬけと目の前に出てきたら、道連れにしてやろうとするだろうなって自信があるよ。
「……【リーフクリエイト】」
ポヒョッと足元に咲かせたのは、火の色の花。
手折って、骨蛇に差し出した。
「海でスッキリしたら戻っておいでよ」
僕らには言われたくないかもしれないけど。
でも、蘇るのが当たり前のこの世界なら、それほど深い恨みじゃなさそうな感じなんだよね。
毟られて諦めがつく程度なんだもん。
僕の手の中の花を、フッシーがくわえて骨の蛇へと飛ぶ。
頭上から、落とされる小さな暁色。
花はふわりと骨蛇の顔の前を通過して
それをじっと見つめていた骨蛇は……
最後にぱくりと花をくわえて、ヒドラと一緒に沈んで消えた。
* * *
「……ごめんよ相棒。あの蛇、また襲撃に来るかも」
「かもね。でもそうしたかったんでしょ?」
「うん」
「ならいいよ。……スッキリしてくるといいね」
これだよ。
まるっと受け止めてもらえる安心感。
「相棒、好き」
「うん、俺も好き。……まぁそれはそれとして、蛇対策は考えような」
「ハイ」




