ユ:冒険者ギルドに立ち寄って
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エフォ世間はまだまだフェスティバルと妖精女王で賑わっているが、俺達は受注したチェンジリング解決クエストをこなしにいく。
ゲーム内朝食をとって、一応森夫婦の変装スタイルになっておいた。
ロックスに行くし、モロキュウ冒険団の人達と会うかもしれないしな。この格好ならモロキュウ村の避難の手伝いもしたから、あの後どうなったのか話して貰えるかもしれない。
まずはピリオノートへ転移。冒険者ギルドへ向かう。
……多少の好奇心に満ちた視線が飛んでくるのは、この格好なら仕方ない。フランゴ関係のムービーにも思いっきり出たしな。
ギルドの受付はプレイヤーがフェスティバル関係にかかっているからか、ヒトが並んでいるような事は無かった。
キーナが適当に空いている窓口へ向かう。俺はその少し後ろをついていく。
「ピリオノート周辺のスライム生息地が書かれた地図ってここで買えますか?」
「はい、こちらです」
慣れた手つきで出された地図。割と需要があるんだろうか。
10リリーという安価な地図を購入して、俺達はギルドから出ようと振り向き……
「「!?」」
いつの間にか出口と俺達との間に、不審者が立っていてギョッとした。
不審者……緑のチャイナドレス姿なんだが、頭だけ着ぐるみのようにスライムのぬいぐるみを被っていて、『スライム娘娘』と書かれたタスキをかけている、怪しい事この上ない女性だった。
(で、出たー! 変態コーデ一歩手前! 体はボンキュッボンでセクシー路線だったり普通に可愛かったりするのに頭装備で台無しな、オンラインゲームでよく見るやつだー!)
(フルダイブVRゲームであんまり遭遇したくないやつな……)
なお、昨今のフルダイブVRMMOは、変態コーデが行き過ぎて見た目が化け物になると普通にNPCの好感度が下がるから、実質目の前のスライムチャイナくらいが実用範囲ギリギリのラインだったりする。
つまりこのスライムチャイナは、今の時代だと立派な変態コーデだ。
つぶらな瞳のスライムを被ったチャイナ女性は、ススススッと俺達に近付いて来て、左手の手提げ籠から何かを取り出して差し出してきた。
「おひとつどうぞアル」
「アッハイ」
それはポケットティッシュ……っぽく見せかけたスライム豆知識の小冊子だった。
(……あ、裏に『スライム同好会』の連絡先書いてある)
(やっぱりティッシュ配りじゃねぇか)
受け取った俺達を、それ以上近付くでもなく、かといって離れるでもなく、表情の変わらないスライム頭のままジッと立っているスライムチャイナ。
……怖ぇよ、せめて何か言ってくれ。いやクランに勧誘されても困るが。
その時、キーナがハッと何かに気付いたように顔を上げた。
「……あの、『スライム同好会』さんの所って、スライムがたくさんいたりしますか?」
「モチのロンネ! スライムたくさんたくさんいるアルヨ!」
期待の籠もったカタコトで声が上擦っているスライムチャイナ。
だが残念だったな……俺達にスライムクランに入る選択肢は無い。……だから周りの野次馬は『まさか森夫婦がスライムクランに……!?』とか言うな。
「じゃあ、スライムが卵を産んでたりもしますか?」
「繁殖もアルアル! スライムイッパイ、夢イッパイネ! 色んなスライムがお二人を待ってるアルヨ〜」
怪しい手つきで手招きを始めたスライムチャイナ。
そこへ容赦なくキーナが言い放つ。
「……その卵って、全部無事ですか?」
「えっ?」
スライムチャイナが凍りついた。
ギルド内の空気も凍りついた。
「えっ……あの……それは…………どういう?」
「いえ、無事ならいいんです。無事なら」
狼狽えるスライムチャイナに、キーナは片手の手のひらを向けて畳み掛ける。
それはつまり、『無事じゃない場合がある』という意味に他ならない。
まるで預言者めいた言い方をするキーナ。それを止めないし驚きもしない俺。嘘は何ひとつ言ってないからな。
そんな俺達は正体がわからない民族衣装スタイルで、散々動画に出演している謎のNPCごっこの常連だ。
沈黙していたスライムチャイナは、不安が臨界に達したのか、「失礼するアルー!」と言い残し、ダッシュで冒険者ギルドから走り去って行った。
……まぁ、無いとは思うが、もしもスライムクランがチェンジリングの当たりだったら、スレだのサイトだので大騒ぎするだろう。
スライムチャイナが走り去った冒険者ギルドは、凍り付いていた雰囲気がほんのりと緩んでヒソヒソと会話が漏れ聞こえてくる。
「……さすが森夫婦だ」
「あのスライム狂をいともたやすく……」
「なかなかやるじゃねぇか……」
……なんだその評価。
謎に尊敬の眼差しを集めながら、俺達はギルドを後にした。
(……ふわっとした言い方で煙に巻いただけなんだよなぁ)
(そんなつもりはなかったけど……クエストの詳細教えたら着いてきそうだったし。スライムには詳しそうだけど、ノーセンキューです)
それはそう。




