ユ:元使徒との相談
キーナと別マップでログインするのは、地味に初めてかもしれない。
そんな事を思いながら、ベッドから出て準備を済ませた。
森夫婦の変装をして、武器の確認をする。
今日はようやく、考えていた事をやりに行く。当人とゲーマスAIにどう受け止められるかは、話してみるまで分からない。
ネビュラに乗って、『夢の牢獄坑道』へ向かう。
坑道を進んで、開けた大穴の部屋へ入れば光る輪を頭上に載せた人型のフランゴがくるりとこっちを向いた。
「……なんだ、貴様か」
一瞬いきり立ちかけて、なんだ違ったって感じに息を吐いたフランゴ。
……揃いの格好をしてるからキーナと勘違いしかけたな? 冬イベントの雪山戦でも、先に突入した俺を見て一瞬動揺したからな。
「あれからオレ様はまた強くなった。そう容易く貴様らを認めはせん……もう1戦するか?」
これが2戦目以降の台詞だ。応じると戦闘が始まる。
だが、今日はとりあえずその問いかけには応じない。
「……今日は提案をひとつしにきた」
「……ほう?」
不可解そうに喉を鳴らすフランゴに、改めて確認をする。
「……アンタはヒトに協力するかどうかはともかく、この世界の所属になって『滅び』を敵とするのは間違いないんだよな?」
もう天使になってるから今更かもしれないが、その大前提を確かめておきたかった。
案の定、フランゴは俺の問いを鼻で笑い飛ばす。
「何を言うかと思えば……それに関してはもう腹は括った。神だろうと、使徒だろうと、いずれオレ様が全て食い尽くす。そのためならば、一時所属となって機を待つのも悪くはない。使徒をやっていたのも、同じ理由だったからな」
なるほど? いつか裏切る気満々で使徒やってたのか。
それをこんな堂々と言ったら台無しのような気もするが……あぁ、生誕の神様がそういう所を良しとしているから開き直ったのか……まぁその辺はいい。
「……だったら、アンタは……コレを克服する必要がある」
そう言いながら、俺はインベントリから大瓶を取り出す。
それを見たフランゴが目を見開いた。
「貴様、それは……」
そう、大瓶の中身は滅びの使徒の粘液だ。
ひと目見てわかるなら話は早い。
「……使徒を敵にして、使徒を食うつもりなんだろ? アンタは滅びに2回負けてる。だったら、リベンジに向けて弱点を克服するべきだ」
じゃないと二度ある事は三度の流れで今度こそ消滅しかねない。
三度目の正直にするには、こうやって手を打つ方がいいと俺は考えた。
ムービーを観る限り、フランゴは食べた相手の力を自分の物にできるタイプだと思う。だから色んな生き物の形態に変化が出来るんじゃないか。
その理屈なら、フランゴなら『滅び』も食べて克服するんじゃないだろうか。
「……戦いながらの方がいいなら、攻撃としてコレをぶち込む準備も一応してきた」
そう言って、大瓶を持つのとは反対の手に滅びの粘液を着けた矢を持って見せた。
「飲んでもいいし、戦ってもいい、無理そうならやめてもいい……どうする?」
三択を提示する、俺からフランゴへの提案。
フランゴは……
「……ククッ……フハハハハハハ!!」
高笑いをしながら巨大化した形態へと変化した。
「良いぞ、実にオレ様好みのやり方だ! 貴様は中々話がわかる!」
「……それはどーも」
「やめるなど論外! そしてどちらもだ! 飲んだ上で貴様と戦い、諸共に食い尽くす!」
よほど提案が気に入ったらしい。歓喜の咆哮を上げるフランゴ。
……これもある意味餌付けか。
「それをよこせ!」
長い首の先の巨大な頭部が、大口を開けて迫って来る。
「あ、瓶はまた使うから割らないでくれ」
「…………」
俺がいるのもお構い無しで瓶を噛み砕こうとしていたフランゴは、ピタッと止まって不服そうに舌先をチロチロと蛇のように出した。
俺が大瓶の蓋を開けると、その舌で器用に瓶の中身を掬い取ってゴクリと嚥下する。
「……ッ、ア゛~~〜ッ!」
飲み込んだフランゴは、ものすごく慣れない味のモノを口にしたような声を出し、歯を食いしばった顔でジタバタと軽くのたうった。
「……お味は?」
「不味いに決まっておろう!」
そんなちょっとコミカルなやりとりはここまでだった。
ギラリと光る、殺意の込められた目。
咄嗟に武器を構えて飛び退けば、寸前までいた場所に荒々しく前足が叩き込まれる。
「さぁ二回戦目だ! オレ様は滅びに苛まれようとも、ヒト風情になど負けはせぬ!!」
威勢が良くて何よりだ。
俺が断る選択肢はもちろん無い。
そもそも戦う前提で準備はしてきている。
「【ロッククリエイト】」
【石魔法】で、周りに遮蔽物と跳弾の為の壁を兼ねた石柱を複数設置。
そしてフリマで仕入れて忘れかけていた煙幕を使って姿を隠しながら犬笛を吹いた。
飛び出す闇の猟犬。
同時にネビュラも突撃。
フランゴの注意が俺から外れた所で、てんでバラバラな方向へ向けて矢を放つ。
まっすぐ向かってくる犬と、まったく当たらない矢が飛ぶなら、フランゴは当然のように犬へ集中して矢をスルーした。
矢は壁に当たって跳弾。
背後から不意を打つ形で突き刺さる。
「なっ!?」
よし、これに驚いてくれるなら、普通の矢をブラフにする事もできるな。
回数を重ねる事に強くなるフランゴは、攻略動画によれば、純粋にステータスが上がるだけでなくプレイヤーの動きを学習もするらしい。
それならパターンを読み切られないように、ブラフで悩ませる手も組み合わせて少しでも優位を取る。
追加で犬を放ち、光学迷彩マントを装備。
突っ込んできたフランゴが遮蔽物を破壊したのに紛れて、【隠密】を使いながら煙幕を撒き散らす。
さて……3回戦くらいまではソロで勝ちたいが、どうかな。
自分の手札を頭の中に並べながら、暴れるフランゴへ向けて弓を構えた。




