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キ:お嬢様との相談


 色々終えて、本日2度目のログイン。

 お嬢様クランの拠点の前でログアウトしたから、同じ場所にて出現。ベロニカちゃんとダディも一緒。

 相棒に夫婦インベントリへ知恵の林檎を入れて貰ったから、それを手土産にスタンバイ。


 リアルで9時5分前だから大丈夫かな。門をノック。

 ……すると、すぐ前で待機してたみたいに速やかに門の扉が開いた。


「いらっしゃいませ、森女様」


 わぁー、SNSで見た執事さんだぁー!

 カッチリとした執事服を着込んだ初老の男性。パーフェクトですねぇ。あ、これ手土産です、皆さんでどうぞ。

 出迎えてくれた執事さんに連れられて、麗嬢騎士団の拠点にお邪魔しまーす。


 広い庭は、冬支度をして休眠状態の薔薇と……えー!? 何あれー!? 氷の花が咲いている青緑色の薔薇が満開だぁー!

 おおお……ファンタジー世界のお屋敷感がすごいぜ……

 何人か外にいた制服っぽい騎士服姿のクランメンバーさん達にベロニカとダディをお願いして、建物の中へ。


 毛足の長い絨毯が敷かれた高級感溢れる廊下を進む。

 大きなガラス窓から差し込む陽の光。カーテンも重厚だけど明るい色合い。

 飾られている絵画や彫刻は柔らかくて暖かい雰囲気の物。

 壁のランプは魔道具かな? 金属で繊細な花を模した飾りが付いていて、華やかで可愛い。


 雰囲気抜群の内装を満喫して、僕は応接間へ通された。


「ようこそ森女様」

「お嬢様こんにちはー」


 部屋で待っていた笑顔のお嬢様と、穏やかな雰囲気でのお話が始まった。



 * * *



「……って感じ」

「うぅっ……ふっ……ぅうう〜……っ!」


 はい、お嬢様ガチ泣きです。

 前から思ってたけど、お嬢様涙もろいよね。涙腺常に開きっぱなしなんじゃないかな。ちょっとイイ話みたいなのでも泣いてそう。壁際で待機している執事さんとメイドさんも生温かい微笑みを浮かべてお嬢様を見守っている。いつもの事っぽいもんねぇ。

 ハンカチ片手に口元押さえてボロボロ涙を流すお嬢様はそれはそれで絵になるなぁ〜。


「……ぉ、お伝え、し……ぁびがとう、ございまひ……ぅううっ……」

「大丈夫大丈夫、ゆっくりでいいよ」


 僕は美味しいお茶とお菓子のんびりつまんでるから。ブルーベリーとヨーグルトのムースケーキ超うめぇ。シェフとかもいるのかなこのクラン。


「……大変失礼いたしました。情報を伝えていただき、ありがとうございます」

「いえいえ、こっちがそっちに丸投げしちゃってる件の事だから」


 もう本当に丸投げだからね。

 だからこそ、僕は悩ましく思ってる事も丸ごと持ってきたわけだけど。


「それでね……あの使徒ちゃんの経緯がちょっと垣間見えたわけだけど……どうするのがいいのかなって」

「どう、とは?」

「僕はね……あの使徒ちゃんのカウンセリングが成功して正気に戻った時に、大切なヒトがもういない事も思い出して、絶望をもう一度味わうくらいなら……楽にして上げた方がいいんじゃないかって気持ちが少し出てきたんだよね」

「……それは、しかし……」

「うん、それがベストだとは思ってないよ。でも、バッドエンドに行くくらいなら、ベターを選んだ方がお互い幸せなんじゃないかって、思って」


 図書館裏の使徒ちゃんがバッドエンドになった時、待っているのはピリオノート丸ごとの大爆発のような気がするんだ。


「……でも、たぶん『魂呼びの魔女』っぽい手から、こういう物も託されたから……どうしたもんかなーって」


 言いながら、僕は、あの時渡された羊皮紙の破片を取り出した。

 これは……たぶん誰かの手紙が破れた1部。

 切れ端に、こんな事が書いてある。



 ──『愛しい貴女へ  アルヴァリアン』



「……死んでた男性を会わせて上げられないかな? って考えた時に出てきたから。もしかしたら、この紙と名前とでオバケを呼べたりするのかもしれない。でも、前のダンジョン召喚イベントと違って、具体的な方法は提示されていないから……全然違う事のために出てきたアイテムなのかもしれない」


 オバケでも再会出来るなら、そうしてあげたいなぁとは思う。

 でも、思い通りにいかなかった場合……もしかしたらピリオノートに未曾有の危機が訪れるのかもしれないと思うと、ちょっと怖い。

 僕らは秘匿状態で周囲とやりとりするくらいには目立つのが苦手だから、あんまり大々的に協力を要請して音頭を取るなんて向いてないしね。

 そしてメタい視点から言えば、アイテムが出ただけでクエストが発生していない。だから、会わせる事が可能がどうか、本当にわからない。判断基準が、無い。


「だからお嬢様に、これをどうしたらいいか相談したくて」


 手紙の切れ端を見てまた涙目になっていたお嬢様は、僕の言葉にふと考え込むような表情になった。

 そしてしばらく沈黙した後に、話し始める。


「……実は、私もひとつ、折を見てご報告しようと思っていた事があります」

「うん?」

「図書館の裏側のお方ですが……私達の他にもう一人、辿り着いた方がいらっしゃいます」

「おお、誰なのかは聞いても大丈夫?」

「はい。論丼ブリッジさんです」


 あー……確か、ニヤニヤフラワーが好きなアメリカの大学の卒業生みたいな人。


「つい先日論丼ブリッジさんから情報の提供と協力要請がありました。辿りついていたのはもっと前ですが、新たな使徒の出現により危機感を覚えられたそうで」


 ふむふむ。まぁ確かに、戦闘に割り込んできた使徒は、フランゴ君みたいな愉快な感じしなかったもんね。


「そして彼は、図書館の裏側のお方のお名前を聞き出す事に成功していらっしゃいました」

「えっ、すごい。なんて名前なのか聞いてもいい?」

「もちろんです。彼女は『忘却のシトソイム』様と仰るそうです」

「『忘却のシトソイム』……」

「論丼ブリッジさん曰く、忘れな草の学名の逆読みではないかと。なので私達は、あのお方を忘れな草の君と呼んでおります」


 へぇ~! すごい、よくそういうの気付くなぁ。

 忘れな草ちゃんね。


「論丼ブリッジさんはいわゆる検証勢ですから、データの引き出しが多く、現場での判断が頼りになるお方です。加えて、図書館のお方を秘匿しておくべきという私達の方針にも賛同してくださっています」


 うんうん、なるほど検証勢の人に協力してもらえてるなら、デッドラインの見極めもちょっと安心なのかな。


「そして検証勢の方曰く……検証勢を含む1部のサモナーの方々が、召喚の儀式について研究を進めていらっしゃるそうなのです」


 お嬢様が言うには、ダンジョン召喚クエストを2件行った事で、似たような召喚儀式をまたやりたいというプレイヤーが集まり、クエストを探したり自分達で召喚儀式を組み立てられないか試行錯誤したりしているらしい。

 魔法陣に法則性がありそうだから、それを理解して使えるようになれないかって事だね。


「そっか……なら、それが上手くいけば、オバケを呼べるかもしれないね」

「はい。……森女様の心配は大変良く理解できるのですが。決断するのは、まだ時期尚早ではないかと判断します」


 うんうん、そうだね。

 僕ら夫婦だけじゃどうにもならないんじゃないかって思っちゃってたけど……これはMMOだから。

 他のヒトが別の道を切り開いてくれるかもしれないよね。


「……じゃあお嬢様。これ、お嬢様が持っててくれないかな」

「えっ」


 僕はそう言って、テーブルの上に羊皮紙の破片を置き、向かいへ押し出した。


「僕らマイペースだから、これが必要になる肝心な時にログインしてないかもしれないし。お嬢様なら安心だから、良いと思うようにしてもらって構わないから」


 うっかり風邪が長引いて1週間入れませんでしたー、とか普通にあるかもしれないからね。僕らは2人しかいないから、ほとんど代わりがいないも同然だし。

 その点、人数の多いクランならずっとマシかなって。


「……よ、よろしいのですか? これは……いわゆる、クエストの譲渡に近い事になるのでは?」

「忘れな草ちゃんのカウンセリングっぽい事お願いしてる時点で今更だよ。それに……あの子が、またあんな悲しい状態になるくらいなら、僕は別に、僕が手掛けなくても構わないかな」


 ……僕があのシーンをまた見たくないっていうのもある。

 だから、僕は図書館裏の粘液で木の実サルベージはもうやりたくない。

 そのへんも含めて、検証勢の協力があるお嬢様の方に渡したい。


「もちろん、無理にとは言わないけど」

「……いいえ、私は、もうかなり忘れな草の君に情が湧いてきておりますので。願ったり叶ったりです」


 お嬢様は、晴れやかな微笑みを浮かべて、羊皮紙の破片を受け取ってくれた。


「お任せいただき、ありがとうございます」

「こっちこそありがとう。丸投げしてごめんね」


 お礼と言っちゃあなんだけど……微睡(まどろみ)の森の木と、満ち夢ちトマトを山盛り渡しておいた。トマトは結晶にしてなくてごめんねー。

 お嬢様は突然のアイテム供給に、小動物みたいにプルプル震えててちょっと可愛かった。


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― 新着の感想 ―
トマト食わしたら従魔が幻獣になるとかありそう
お嬢様「ワァ‥ぁ‥」
前もそうだったけどこういう話を読むと、この夫婦はやっぱり普通に親切でお礼ができる優しい人達なんだなと思う。 レアイベント(しかも一回きり)のキーになるかもしれないアイテム、いくらで買う?なんて売りつけ…
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