キ:シリアスきめてるイベントの中で
滅びの使徒の身体には、濁った水晶の破片みたいなモノが、心臓のあたりを貫くようにしてついている。
謎の女性の声がしたのと同時に……フランゴ君の、その水晶片にヒビが入った。
「ガッ……アッ……」
崩れ落ちるフランゴ君。
背後に立って、その様子を見下ろしていたのは……フランゴ君とよく似た雰囲気の衣装を着た、見たことのない妙齢の女性。
髪がゼリー状なのも、心臓の辺りを水晶片が貫いているのも同じ。
ただフランゴ君と違うのは、身の丈ほどもある裁ち鋏を持っている事と、耳が蝶の羽のようになっている事。
新しく現れた……どう見ても使徒に、プレイヤーは全員警戒して動きを止めた。
女性は、そんな僕らを気にせず、無表情でフランゴ君を見下ろしている。
「『血肉を喰らう』? 『我が身と成す』? 痴れ者が……滅びをなんと心得るか」
心底呆れたという声色で、女性は手にした大鋏を、フランゴ君のひび割れた水晶片に叩きつけた。
「ぐっ……貴……様…………沈黙のっ……」
「滅びとは終焉なり。先へは続かぬ万物の終よ。貴様のそれは生命の理、先へと繋ぐための行いだ。滅びとは対極のモノ。全てを殺し尽くすのならばあるいはと思ったが……やはり喰らうしか能の無いモノにはこの程度か」
そう言うと……女性は鋏を振り上げて……
「滅せよ。その存在の根幹から」
え、待って
待って待って!
慌てて相棒から離れて飛び出そうとするけど、僕の俊敏はやっぱり低くて。
でも、よくわからないけど止めたいと思ったのは僕だけじゃなかった。
お嬢様が
ガルガンチュアさんが
他にも何人かのプレイヤーさんが
飛び出して、その鋏に自分の得物を差し込み凶行を止めていた。
「……ヒトの子よ、何をしている」
「見てわかんねぇのかよ。せっかく良いところだった決着に水差しやがった空気読めねぇヤツを止めてんだよ」
「そちらがどういうおつもりなのかはわかりませんが……私は、和解の可能性があるのならばそれを見逃したくはございません!」
使徒の女性は溜息をひとつ吐く。
そして、無造作に、歌うように言葉を紡いだ。
「【黙せよ。死せる世界は静寂なれば】」
キィイーーー……ン、と……音にならない音が響いた気がした。
お嬢様が何か言おうとして……そして声が出ない事に驚き目を見開く。
さらに女性は、何もない空中で大鋏を開き、何かを断ち切るように振るう。
音は無い。
けれど爆発したような強い衝撃波が走って、僕らを含めた周囲のプレイヤーが吹き飛ばされた。
待って待って、ダメージがすごい……僕、防御が精神基準になってなかったら死んでたよ……
現にレベルが低めのアカデミックな人達は、今の一撃で死に戻ってる。
(ちょっ、強っ)
(これは……今はまだ勝てないイベントか?)
しかもこれ、消音されてるよね?
エフォは声が出ないと魔法が使えないから、つまり魔法職が完封されてる。
えー!
ええー!
でもこれフランゴ君消されちゃうんじゃないのー!?
ボスだから倒そうとはしてたけどさー!
なんか……なんかこの使徒にやられるのは、なんかヤバいこと起きそうでイヤだなぁー!?
……その時、フランゴ君の輪郭がボコリと蠢いた。
それは形態変化の時と同じ状態。
最後の力を振り絞るみたいにして、フランゴ君の首が、牙の並ぶ大きな生き物の首に変化して女性に喰らいつこうとする。
女性は表情を動かしもせず、それを軽やかに避けた。
けれど、何かがパリンと割れたような音が……そう、音が!
そこへフランゴ君は、最後の力を振り絞るように、吠える。
殺意の塊みたいな声。
苦しさなんて欠片も見せずに、ただ攻撃の意図だけを強く込めた咆哮に、巨大結晶が共鳴する。
「……愚かな。貴様を使徒足らしめる欠片は既に砕けているというのに」
数拍置いて、吹き荒ぶ衝撃波。
咄嗟に壁に隠れた相棒と一緒に、僕も安全地帯から、全部見ていた。
巨大結晶からの魔法が、隠れ損ねたプレイヤーを……そして、フランゴ君の身体を吹き飛ばす。
フランゴ君の胸の水晶片は、ひび割れてボロボロで……その衝撃波でさらに細かく砕け散って、それに引きずられるみたいにしてフランゴ君も地面を転がって……
それがトドメになって、フランゴ君の身体はポリゴンになって消えていった……
女性は何事もなく、もとの場所に立ったまま。
……きっと、使徒には効かない衝撃波なんだと思う。
さっきの言い方だと、胸の水晶片が壊れて、もう使徒じゃなくなったフランゴ君には、無効が作用しなかったとか、そんな感じだったのかな。
同時に、巨大結晶も限界だったのか、バッキリと割れて崩れ落ちる。
女性はそっちを見もしない。
無表情のまま……ゆっくりと、僕らプレイヤーを見渡して……
そして無造作に大きな裁ち鋏を振るった。
──シャリン!
強い音と共に、吹き荒れる攻撃。
巨大結晶とは角度が違うから、僕らの所にも直撃コース!
2回目はマズイって!
僕は咄嗟に相棒を胸の中に抱きかかえるみたいにして庇った。
共倒れになるよりも、僕が残るよりも、相棒が残る方がきっといい。
モロにくらって、ブラックアウト。
ごめんよ相棒。
お先に死に戻りです!




