ユ:大一番の覚醒、そして
フランゴの形態がさらに変化していく……とはいえ、もうそろそろ倒せそうな感じはするんだけどな。
チラッと確認した結晶には、一部にヒビが入っている。あのヒビが入った途端、全方位攻撃が始まった。わかりやすいトリガーだ。
フランゴも今までのイベントと比べて、明らかに動きががむしゃらで大振りになっている。
ただの勘だが……両方とも一定量ずつ減らしてフェイズを進めないといけないボスなんじゃないだろうか。根拠は無いけど。
フランゴの体表が粘つくように泡立ち、身体の輪郭が大きく変化する。
深海魚のような口を持つ七つの首の大柄な四つ足は、夏のイベントで見た形態だ。
「血肉を喰らいて我が身と成す……顎を増やしてさらに喰らう……我は……オレ様はそうしてのし上がってきた」
違うのは、大きな首と、背中から何本も生えた口付きの触手の中に並ぶ牙が、血で濡れたようにぬらりと赤黒い光沢を持っている事。
「よかろう……貴様らを、我が存在を賭けて喰らい尽くすべき相手と認めてやる! 骨の一欠片も残さず喰らい、オレ様はさらなる高みへ上がる!!」
今度は前みたいに足場の没収は出来ない、真っ向勝負だ。
巨大な身体が
別れた首が
周囲で近接戦を挑んでいたプレイヤーに襲いかかった。
流石、率先してここへ来るだけあって即食われるようなプレイヤーはいない。
各々が喰らいついてくる首を回避して、その隙に攻撃を叩き込む。
「ハハッ! さっきみてぇに結晶に張り付きっぱなしの、守りに入ったチキン戦法よりよっぽど楽しいじゃねぇか!!」
「ほざけ! その威勢ごと噛み砕いてくれる!!」
実に楽しそうなガルガンチュアさんは、テンションがブチ上がっている影響か、動きがさっきよりも良くなっていた。
……周りは回復入れたりちょっと下がって深呼吸したりしてるのにな。やたらタフだ。
俺はとりあえず魔眼の使用をやめて、遠距離から射撃する方向に切り替えた。
首が増えたからな……流石に全部の死角を判断するのはちょっと……この巨体でいきなり俺の方に突進されたら近接の布陣も崩れるし。
……と、ここで再びフランゴが吠えた。
共鳴する結晶。
パターンはさっきと同じだ。
吠えて、共鳴、数拍置いてからの全方位攻撃。
それを見越して防御に入ろうとしたプレイヤーへ、フランゴの大首が襲いかかる。
丸ごと噛みつかれて2人落ちた。
「ガルガンチュア! 一度お下がりになって!」
お嬢様の切羽詰まった声が飛ぶ。
それをガルガンチュアさんは鼻で笑って一蹴した。
「冗談!!」
大首との鍔迫り合いからの、弾き返してグルリと槍斧をぶん回す。
「今が1番楽しい瞬間だろうがよ!!」
── ピキッ
微かなその音が聞こえたのはどれくらいいただろうか。
薄い殻が割れるような、砕けるようなその音。
── パ リ ン
思考加速でスローに見える光景の中。
ぶん回されている槍斧の……卵が。
殻が割れて……目玉のような宝玉が目覚める。
ギョロギョロと周囲を見渡すように動いた宝玉の目は、持ち主を認識すると虹彩のような模様が縦長に絞られた。
一瞬驚いたように武器を振り仰いだガルガンチュアさんは。
次の瞬間、獰猛極まる凶悪な喜声を上げた。
「いくぞぉおおおお!!」
ガルガンチュアさんが手にする槍斧から、白い閃光が迸った。
収束した光は刃を覆い、刃先を延長するような形に変わる。
フランゴへ肉薄し、横薙ぎ。
さっき弾き返した首を、その口を大きく引き裂いた。
(おおー! あれが魔武器かな!?)
(たぶん?)
仰け反る首を、ガルガンチュアさんはさらに追いかける。
結晶からの全方位魔法を浴びても意に介さない。
「ハッハァー!!」
「グッ……おのれえええ!!」
……もしかして、ダメージを受けるとステが上がるようなスキルでも持ってるのか?
追撃は止まらない。
踏み込んで、刺し、貫き、薙ぎ払う。
嬉々とした猛攻が激しすぎる。
もうどっちが敵だかわからんなアレ。
チラ見したお嬢様は「あぁ……」って感じに頭を抱えている始末。
そうしてフランゴを追い込む間に、崖の結晶からさらに致命的な破砕音が響いた。
「オォオオ……おのれっ! おのれおのれおのれぇえええ!!」
悔しげなフランゴは……忌々しそうに吠えるのと同時に、その巨体が弾け、最初に見たヒト型の姿が現れた。
「こんな所で……こんな所でオレ様が負けてたまるか! 2度も下されてたまるものか!!」
その叫びに応えたのは
「──いいや、お前はここまでだ」
感情を伴わない平坦な女性の声と
「ガッ!?」
フランゴへの、致命的な一撃だった。




