ユ:夫婦の手札
あっ、と思った時にはもう遅かった。
巨大な結晶に巻き付いていたムカデっぽい形態のフランゴが、憎々しげに叫んだと同時に脇目も振らず突進した先。
クワガタのような大顎が向かうのは、今まさに現場にやってきたキーナ。
とっくに戦闘に入っていた俺の位置からは遠すぎた。ネビュラと同化しているが、流石に間に合わない──
──バ ギンッ !!
鋏のように閉じられた顎の攻撃。
元々強靭ステータスの低いキーナは、その一撃で高くないHPが消し飛んだ。
「森女様!?」
やって来た途端の唐突な即死に驚いたお嬢様の悲鳴。
ポリゴンになって肉体が消える死亡エフェクトと……
「……【フレイムクリエイト】」
驚きに一瞬静まり返った戦場に響いた魔法の詠唱。
右手の剣印。
そこから伸びる炎の剣が、半円を描いて振り下ろされる。
力いっぱい喰らいついていたフランゴは、避けきれずに脳天からそれを受けた。
振り抜いた炎の剣を持つ半透明の姿。
傾いて消えた身体から分離したようにその場に残った幽霊。
キーナの霊体状態を目にして、一部のプレイヤーが驚きに目を見開いている。
だがそれ以外のプレイヤーは、この好機を逃さずフランゴに突撃し攻撃を畳み掛けた。
さっきまで浮かぶ結晶に張り付いていて、攻撃を当てにくいことこの上なかったフランゴがわざわざ突出してくれたのだから、攻撃チャンス以外の何物でもない。
「……グゥッ!」
苛立たしげに声を上げるフランゴはそのまま取っ組み合うように飛びかかったプレイヤーと近接戦を始める。
怪我の功名。
釣り出しの餌としては、キーナは不本意ながら最高の仕事をしたな……
「え、いま死んだよね?」
「いやでも死に戻ってなくね……?」
「森女さん……【死霊魔法】の使いすぎで死霊になっちゃったの??」
そんな周囲の驚きの視線を向けられているキーナは、全部気にせずに俺を見つけてあっという間に飛びついてきた。
(ビックリした! ビックリした! 死ぬかと思ったー!!)
(いや死んだが?)
実に見事な1デッドだったが?
(まぁ、デミ・レイスでよかったね)
(本当そう! デミ・レイスになってなかったら、僕いまのでUターンじゃんすか! 自分で送迎に送り出したダディにまた乗せてもらわないといけない所だったよ!?)
(ダディに二度見されるところだったな)
無事(無事じゃない)でよかったという雰囲気ではあるが……問題は解決してはいない。
(で、どうする?)
(……どうしよう。やたらヘイト引いてるから、このまま戦ってもあっという間に死ぬ気がする)
(……オバケだし、俺に取り憑いて隠れとくか?)
なんてな。
適当な冗談を言ってみただけだ。
……そうしたら、キーナが俺の方を向いて人差し指を立てた。
(それだ)
(えっ)
「【ネクロマンスクリエイト】」
躊躇いなく唱えた【死霊魔法】
と、同時にキーナが俺の首に抱き着いた。
重さを感じない抱擁。
キーナの輪郭が若干曖昧になり、滲んで俺に溶け込むような見た目に変化した。
視界の邪魔にならないように、後ろから抱き着く状態になるのと同時に、俺のステータスに変化が起こる。
(ちょ、なんだなんだ?)
(オバケを籠に入れて身に付けたらバフになるんだから、オバケな僕だってそういう事が出来るはずじゃん)
マジかよ。
だが結果として、それは出来ていた。
俺に取り憑いたキーナのステータスが、丸ごと俺に加算されている。スキルも、たぶん一時的なものだと思うが、【木魔法】や【死霊魔法】まで一覧に追加されていた。
間違いなく接触許可が前提の、キーナを丸ごと俺に委ねるタイプのバフ。
それを受けて……俺が思うことはひとつだ。
(……相棒)
(はい)
(本当に筋力と俊敏死んでるな?)
(今!?)
いやだって、魔力とMPと精神は加算されてかなり高い数値になってるのに、筋力と俊敏はほぼ変化しないんだぞ。笑うだろこんなの。
(……ネビュラの同化と一緒に使えるのはありがたいな)
(あ、そういえばそうだね)
実質3キャラがひとつにまとまってるような状態だ。
じゃあ……ネビュラの同化が時間切れになる前に、やりたい事をやっておこう。
(……相棒、マナの果実食べられる?)
(んー? うちのオバケもご飯食べるしいけるでしょ)
同盟仲間と初めて集まった時にカステラソムリエさんから手土産に貰った切り札向きの果実。
使うなら今だろうと、俺とキーナでそれぞれ食べると……俺のMPがかなりヤバい数値になった。
フランゴはガルガンチュアさんや戦隊のレッドさんなんかの高レベル近接職がせっせと殴っているから、俺達は結晶の方へ向かう。
宙に浮かぶ結晶。
そこから無限湧きする虫系のモンスター。
崖の下の虫の進軍先では範囲攻撃の得意なプレイヤー達がせっせとモンスターの数を減らしていた。
必要な魔法は……たぶん【闇魔法】と【死霊魔法】の2つだと思うんだよな。それをネビュラを通して依頼するようなイメージで。
「……【ダブルクリエイト】」
溢れ出す闇と……紫色。
巨大結晶の下の地面が、ざぶんと液体に挿げ変わる。
……成功だ。
紫のさざ波。
今となっては見慣れた色彩の海。
そこから伸び上がる手のようなヒドラ。
……そう、俺は死の海をここへ再現した。
そろそろ皆さんお察しかと思うので白状しますが……筆者は数字を設定するのが苦手です。
あんまりステータスやスキルの数値や具体的な金額なんかをお見せしないのは『今はこのくらいかなー?』と数値を調整するのが面倒くさいからです。
今後も元気がある時にしか出ないと思います。サーセン。
 




