キ:避難馬車護衛任務
転移オーブをNPCが使用する際の設定がちょっとゲーム的によろしくないなと思ったので、微調整して説明を本編内でグレッグさんに語ってもらいました。
併せて、ep.418 キ:危険地帯の街の本文を修正。
モロキュウ村に転移した僕らが見たのは、バタバタと荷物をまとめて走り回るNPC住民達の姿だった。
ううーん、緊迫感がすごい。ちょっとハラハラしちゃうよ。
『命がかかってる』って空気をヒシヒシと感じる。
そんな空気につられて少し焦りながら村を見渡すと、門のあたりに幌馬車が2台停まっていて、住民NPCが乗り込んでいるのが見えた。
それを指示しているのは……あ、グレッグさんだ。
グレッグさんは木札をヒラヒラさせた僕らを見ると、少し驚いたような顔をした。
「なんだ、お前さんらか」
「……なんで皆ビックリするんですかね?」
「あんたら夫婦はなんだかんだイベントの最前線にいるような気がしてな」
そんなことは……あるかな? うん、あったわ。
「頼みたいのはこの馬車の護衛だ。小さな村だからそれほど人数がいないのが幸いだな。すぐ行けばイベントモンスターとぶつかる前にピリオに到着出来るはずだ」
「……了解です」
……あれ?
そこで僕は、ふと思い出した。
「……NPCも、プレイヤーとパーティ組んだら転移オーブで移動出来るんじゃなかったっけ?」
そうすれば馬車なんて使わなくても一瞬で避難出来るのでは?
と、思ったらグレッグさんが正しい仕様を教えてくれた。
「ああ、正確には『戦闘可能なNPCはプレイヤーとパーティを組めば転移オーブが使える』だ。非戦闘員は含まれない」
へぇ〜、そうだったんだ。
グレッグさんが教えてくれた所によると、転移オーブは有事の際の速やかな戦力移動のために国が魔力を賄って提供している物だから、非戦闘員は登録されていなくて使用できないって設定なんだって。
ゲーム的にも、そうじゃないと拠点防衛の緊迫感が無くなるし。って事らしいよ。それはそう。今だって、このNPCをオーブで避難させられたらめっちゃ楽だなーって思ったもんね。
「ピリオなんかも即避難が可能になったら、誰も防衛しなくなるかもしれんからな……っと、ちょうど準備が済んだか」
住民がみんな馬車に乗り込んだ。
護衛は僕らだけ……というのも、道中のモンスターの分布を考えると僕らだけでも過剰戦力っぽいからって、僕らで募集を打ち切ったんだって。
「ピリオに到着したら馬車は適当な兵士に預けてくれ。預かってもらうように話はつけてある」
「了解です」
「……で。ピリオに着いたらまたこっちに来てくれ。頼みたい事がある」
「? わかりました」
緊張と恐怖が滲む住民NPCの皆さんに『よろしくお願いします』とお互い声をかけあって。
相棒はネビュラに、僕はダディに騎乗した。護衛だから分散出来た方がいい。
「さっそく出番だよ、よろしくね」
「コケッ」
今日までの間に、革を使って鞍と手綱をちゃんと作ってダディに着けてあるのだ。念の為に変装時用の白っぽいのと、通常用の黒っぽいのをご用意しました。
馬車の御者は住民NPCが自分でやってくれるから大丈夫。
準備オッケー。
グレッグさんに見送られながら、僕らはモロキュウ村を出発した。
* * *
馬車はガラガラとそれなりの速度で進んでいく。
初めてのダンジョンデートに行く時に通った場所を逆走しているわけだけど。あの時に歩いた木々の間の道なき道と違って、舗装された大街道。しかも騎乗しているからずっと速い。
驚いて逃げるウサボールを見送って、レベル差もお構い無しに突進してくるイノシシを蹴散らしていく。
(そっち大丈夫?)
(なんともないよー)
テレパスイヤーカフス万歳。
馬車を挟んで反対側にいてもスムーズにやりとりが出来るのは強みだね。
馬車にはそれなりの荷物とヒトが乗ってるから、牽引している馬がめっちゃ頑張って走っても、ネビュラとダディの最高速度には遠く及ばない。
そう、ダディがね、まだレベル低めなのにそこそこ速いのよ。
騎乗可能な従魔も色々あって、乗せて走るのと関係ないスキルを持つ子は最高速度がそんなに速くないんだって。いつかの覚醒コケッコちゃんが進化してたのがそんな感じかな?
つまりダディは、かなりの重量を載せられて、かなりの速さで走る事が出来るから、それ以外の事が出来ないコケッコなんじゃないかっていうのが僕らの予想。
まぁ乗せて走ってもらえればオッケーだからなんの問題もないよ。
……そうして狼とニワトリで馬車を護りながら走っていると、相棒から少し硬い声の念話が飛んできた。
(相棒、後ろから何か来てる)
(うぇっ!?)
(気を付けて)
イノシシじゃなくて??
走るダディの上で後ろを振り返ると、少し速度を落としたネビュラが馬車の後ろに付くのが見えた。
大街道の周りは森が広がっていて視界が悪い。
何か見えないかと思って木の間に目を凝らして……
直後、黒いモンスターが僕らの頭上を飛び越えた。
「えっ」
大きくて黒い、虫みたいなモンスターだった。
それが1匹だけじゃない。
何匹も、何匹も。
まばらだったモンスターはどんどん数を増やして、空を埋め尽くすような数が僕らを追い抜いて飛んで行く。
……あの黒い身体に禍々しい光沢。
(使徒の結晶から出てくるモンスター!?)
(たぶんそう)
(早くない!?)
あんな遠くから、もうここまで来たの!?
……って、空飛んでればそりゃ速いよね!
「馬車の速度! 上げられるなら上げてください!」
怯えた顔をしている御者のヒトは、慌てて手綱を一振りして馬に加速の指示を出した。
虫の数匹が馬車を見つけて降りてくる。
馬車の中から悲鳴が上がる。
「絶対外に飛び出さないで!! 【ウィンドクリエイト】!」
僕が風の防壁を張って、相棒が虫を撃ち落とす。
直接御者に食らいつこうとした虫が、風でバランスを崩して墜落した。
それでもこれはかなりマシな方。
森の上の空は、とんでもない数の虫が群れをなして飛んでいる。たぶん数百じゃきかない数。
全部降りてこないだけまだ有情。
(これ、ピリオどうなってるかな!?)
(わからない……けど、そろそろ着くぞ)
ピリオ西の山岳地帯からずっと続く緩やかな下り坂を、戦い駆け下りて……伐採地点に差し掛かり、視界が開けた。
広がる草原。
その先のピリオノートは……変わり果てた姿になっていた。




