ユ:フランゴ決戦、開幕
12月。
ついにエフォの冬イベントが幕を開けた。
今回のイベントは、開始直後から『???』表記。……つまりはフランゴとの決戦。
だからイベント開始を告げる公式ムービーも、いつかのピリオノート初回襲撃の時のような不穏さを持って公開された。
ムービースタートの直後、聞き覚えのある声が暗転したままの画面に響く。
『……時は満ちた』
嘲笑が浮かぶフランゴの声。
そしてゆっくりと映し出されたのは、どこかの雪山。四方を凍りついた岩肌に囲まれた場所に配置された、いつもの巨大な結晶だ。
『束の間の安寧を貪りしヒト族共よ。我が糧となるために、しっかりと肥え太ったか?』
結晶からドロドロと滴り落ちては増えていく……凶暴な獣のようなモンスター。
『貴様らの、滅びの時だ。血肉の全てを我に捧げ、世界が崩れ落ちる、その先駆けとなるがいい』
ニタリと嗤うその口元には、鋭い牙が垣間見えた。
『この顎で、悉くを噛み砕いてくれよう』
ゲームのロゴを映しながら、暗転。
1月以上続く長い冬イベントは、思った通り、最初からクライマックスで行くらしい。
* * *
ログインしました。
いつも通りゲーム内朝食を含めた準備を終えて、変装用の装備を着て声変わりシロップを飲む。
まずは状況を確認するために、2人でピリオノートへ飛んだ。
転移広場はプレイヤーらしき冒険者で混み合っている。
人集りが出来ている一角には大きな看板が立てられて、周りには兵士が数人立ち声を張り上げていた。
「使徒の結晶はピリオノートより西! 大街道で繋がる『石の街ロックス』よりもさらに西の山になります!」
「出現したモンスターは山から東へ侵攻中! まもなくロックス付近にて戦闘が始まります! 落ち着いて戦闘準備を行って下さい!」
なるほど、戦闘はもう始まってるが、街に来るまでには少し猶予がある、と。
緊急で設置されたらしい大看板には地図が貼られている。
ピリオノートが東側に、そこから伸びる大看板が描かれて紙の3分の2のあたりがロックス。そしてロックスからもう少し西へ行った険しい山に目立つ赤いバツ印があった。
(フランゴ君、結晶置く場所どんどん遠くなってない?)
(うん……メイン戦場遠いな……)
(初心者との住み分けじゃない? 地図にピリオも書いてあるって事は、ここからグワーッとモンスターが攻め込んで来るって事でしょ)
(……ずいぶんな遠征だな)
まぁ大規模戦闘に慣れてない初心者がいきなりもみくちゃにされる事は無いって事か。
広場のあちらこちらでは、そういった『何をしていいのかわからない』プレイヤーに向けてなのか、人手の募集をしている面々が声を上げている。
「ポーション製作で参加したい方いませんかー!?」
「鍛冶師チーム、急ぎの装備のメンテ承ります! 手の空いてる鍛冶師歓迎!」
「初心者さん! 急ぎの薬草採取依頼冒険者ギルドに出てるのでご協力お願いしまーす!」
バタバタと忙しく走り回る者。面子が揃うのを待っているらしいパーティ。兵士と羊皮紙を見ながら何か話し合っている者。
祭りとは違った喧騒でピリオノートには緊迫感が漂っている。
(さて、俺達はどうするか……)
(んー、人手の少ない所手伝うのが無難かなーと思うけど)
そこへ聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。
「緊急だよ! モロキュウ村から住民NPCの避難馬車を出すから、その護衛をしてくれるやつ来とくれ!! 自前の移動手段持ちだとありがたいね!」
あれは……俺の短剣を作ってもらったブツ切リスト婆さんだ。
そうか、ロックスとモロキュウ村は思いっ切り敵の侵攻経路にかかる。ロックスはかなり頑丈な作りだったが、モロキュウ村はそれほどでもなかった。確かにNPCは避難しておいた方が無難か。
(まずは避難馬車の護衛行こうか)
(オッケー)
そうと決まれば、ブツ切リスト婆さんに声をかける。
「護衛やりまーす」
「はいよ……んん!?」
婆さんはなんだか驚いた顔で俺達を見た。
「アンタらが避難馬車の護衛?」
「はい。……あ、もう埋まりました?」
「いや、助かるがね……前線じゃなくていいのかい?」
「……人手が足りない所に行こうかと」
「なんだ、アンタらそういうタイプかい」
「なら頼むよ」と言われて、『臨時護衛』と書かれた木の札を渡された。これを持ってモロキュウ村へ行けばそこで詳しい指示を貰えるらしい。
俺達は一度拠点に飛び、ネビュラとダディを連れてきた。
どうせ転移は一瞬だ。わざわざヒトが多い所で召喚魔法なんて目立つ事はしなくていい。
「ジャック達は……もうちょっと戦線が近付いてから連れてけばいいよね?」
「……まぁ、オバケだけでピリオをうろうろさせるのもな」
うろつかせて肝心な時にどこにいるのか分からなくなっても困る。事態がもう少し動いてからでいいだろう。
安心して戦うためにも、まずはNPCの避難からだ。




