ユ:死の海の役目
ユーレイです。妻が幽霊になりました。
……紛らわしい!
とりあえず、ドヤ顔をしながら日光でダメージを受けていたキーナを海岸沿いの木陰に連れてきて、頬をこね回しながら『デミ・レイス』とやらの仕様を聞いた。
「むぁにをするばぁー」
「……見た目は変わってないな」
「むあ、そうなの? 耳もエルフのまま?」
「ままだよ。……このゲーム、オバケに物理が効くからか半透明でも普通に触れるんだな……」
「むぁ〜」
ステータスも特に変化無し……って事は、既存の種族から派生してるような扱いの種族なんだろう。
例えばフェアリーがデミ・レイスになったとして、いきなりヒューマンサイズに変わったりはしなさそうだ。
今までの種族特性をある程度保持しながら、霊体状態が追加されたような感じか。
だからといって、シンプルに上位互換かというと、そんな事はない。
霊体状態だと筋力が半減するらしいから、近接物理職には嬉しくない仕様だし。霊体状態時は精神ステで物理防御を計算するらしいから、強靭優先で振っているプレイヤーも紙になる。
さらに、霊体状態は重力の影響を受けない……つまり飛行可能とはいえ、日光に当たるとダメージを受けるから、そこら辺の空をいつでも自由に飛び回れるわけじゃない。
エフォはゲーム内時間3倍で、プレイヤーの多いリアル時間帯にゲーム内の昼間が来るようになっている。具体的には13時から16時の間と、21時から24時の間だ。
だからゲーム内夜時間に遊ぼうと考えると、大多数の勤務形態の社会人には少々厳しくなる。
それだったら、鳥系の何かの力を借りて空を飛んだ方が便利だろう。
「……ちなみに、霊体状態で物をすり抜けたりできるの?」
「え? 無理でしょ。物理効くんだもん」
試しに建てた壁をすり抜ける事は、やっぱり出来なかった。
……じゃないと、入っちゃいけなそうな所に入る奴が出るもんな。NPCのプライベートに侵入し放題になるのも良くないだろうし。
「……死霊使いか夜型プレイヤー精神重視職に特化した種族って感じだな」
「あー、そんな感じ!」
肉体状態と霊体状態との切り替えのクールタイムも確認しておきたかったが、今は死んで霊体状態になった判定らしく、専用クールタイムが長くて肉体状態になる事は出来なかった。
そうしていくつか確認をしていると、キーナが「あっ」と何かに気付いた声を上げた。
「どうした?」
「あー……ごめん相棒。【光魔法】なくなっちゃったから、光学迷彩の魔道具の魔力チャージ出来なくなっちゃった」
「ああ、別にいいよ」
そのくらいならどうとでもなる。それこそ、製作者のウェーニンさんの所に持っていってもいいし。
もしくは……バフ担当の【光魔法】要員をなにか考えてもいいしな。
さて、キーナがオバケになれるようになったわけだが……これは手段であって、目的じゃない。
「ネビュラ、このオバケ状態なら死の海に入れるよね?」
「うむ、可能だ。ただし、死の海はあくまでも魂を生まれ変わらせるための場所。奥方が霊体で入れば、当然死の海は奥方を蘇生させて拠点へ送り返そうとするだろう。海の中で自由に動き回れるのは、それまでの間ということになる」
「時間制限があるんだね」
「うむ。……主も同様。余と同化すれば海の中を動き回る事は可能だが、同化の限界が主が海に入っていられる限界ぞ」
「わかった」
都合よく知識をサルベージ出来るような気はしないが、死の海の中がどうなっているのかは気になるからな。
ネビュラと同化。
手を差し出してくる相棒の手を取る。
「じゃあ出発ー!」
「うん」
……ものすごく普通の海水浴みたいなノリで行こうとしてるが。
この海、いわゆる冥府の底みたいなものだからな?
* * *
死の海の水は、実際には水じゃない。
……とはいえ、じゃあ普通に息が出来るのか? と考えると、出来る気はしなかったから、俺は念のため水中呼吸薬を飲んでおいた。
キーナは薬を飲もうとしたら『効果出ませんよ』と初回説明のような表示が出たらしい。肉体バフの扱いだろうから、肉体の無い今は無意味って事なんだろう。
時間制限があるならのんびりしてはいられない。
手を繋いで死の海に飛び込み、さっさと深い所まで潜る。
「……来てくれるかな。【ネクロマンスクリエイト】」
相棒が魔法を唱えると、海の底から、紫色をした半透明の触手が伸びてきた。
ヒドラのようにも、手にも見えるそれは、何度か見たことがある。骨の大蛇の拠点防衛戦と、フクロウ幻獣を連れてきた時に迎えに来たのと同じモノだ。
キーナが手を伸ばす、半透明のヒドラのようなモノがその手を取って、逆の手を繋いでいる俺ごと、深い所へと引っ張り始めた。
淡い紫色の海の中。
海藻の代わりに、この半透明のヒドラだけが海の底から何本も生えている。
それだけだ。
それ以外の海藻の類は何も無い。
無数の手が海にたゆたい、手招きしているかのように揺れている。
(……相棒、このヒドラっぽいのは怖くないの?)
(フクロウちゃんの時に、死の海の役目に忠実な存在なんだろうなーって思ったから、今のところ平気)
無闇に脅かしてきたりしなさそうって?
……まぁ、そういう事をしてくるようなモノなら、ネビュラも注意するだろうしな。しないか。
深く深くへと潜り、周りの紫色が濃くなっていく……
すると、周囲にヒドラ以外のモノが見え始めた。
半透明の姿。
骨だけの姿。
崩れかけている姿。
そして、霊蝶。
……死霊だ。
死んで、生まれ変わるために海へやって来たモノ達が、ヒドラのようなモノに導かれ、あるいは致命傷と思われる傷口のような痕を優しく手当てしてもらっている。
ギラギラと赤黒く恨みにまみれているようなモノが、ヒドラに柔らかく包まれ撫でられて、徐々に赤黒さが溶け消えているのも見えた。
霊蝶の姿でやってきて、元の何かの姿に戻り、不要なモノを溶かし落としている。
ヒドラのような手に引かれながら、俺達はそんな光景を眺めていた。
(温泉みたい)
(……湯治かな?)
周りの死霊達は、チラッと俺達を見る事はあるが、ヒドラのマッサージが心地良いのか、どうでも良さそうに目線をそらす。
……こんなに気持ち良さそうな光景なのに、住民NPCは死んでここを通過すると廃人になるんだな。
そもそも世界が違うから水が合わないのか……それともヒドラの方がヒトを知らないからどこまで溶かしたらいいのか分からないのか。
前にネビュラが牢獄坑道で『ヒトは中々慣れられない』みたいな事を言ってたから、前者っぽいな。
(……なんにしても、溶けた知識がその辺に転がってる感じはしないな)
(だねぇー)
キーナがヒドラに合図をして、海底でまったりと横たわるトドのような死霊の傍へと近付いた。
「こんにちは〜」
「……ンあ? なぁにぃ〜?」
「生まれ変わり中ですか?」
「そぉだよぉ〜。花をくれた友達が待ってるから、早く戻らないとねぇ〜」
およそ急いでいる感のない声色で、トドはゆったりとヒドラマッサージに身を任せている。
「ここのオバケ達って、こうやってお話するのは大丈夫なんですね」
「まぁ〜、静かに思い出を選別したいっていうのもいるだろうけどねぇ〜。そういうのじゃなければいいんじゃなぁ〜い?」
そんなもんか。
お礼を行って離れると、トドはヒレのような前脚をピラピラして見送ってくれた。
そして直後に、キーナの目の前にシステムウィンドウが開く。
「……あ」
「何?」
「僕、時間切れっぽい」
そうか、このくらいか。
「じゃあ先に戻ってるね」
「うん、わかった。俺も限界確認したら死に戻る」
「オッケー」
手を繋いだまま、ヒドラに囲まれてゆらゆらと揺れる海の中。
目の前のキーナの姿が、静かにポリゴンとなって消えていった。
……死の海から知識を得るのは、今のところ知恵の林檎以外には方法が無さそうだ。
むしろ林檎の存在が大サービスなのかもな。
それを知れただけでもよしとしよう。
キーナが消えてから少し、それほど間を置かずネビュラとの同化の限界が訪れて、俺もすぐに拠点へと死に戻ったのだった。




