ユ:タイマン張って、仕様に驚く
熱いバトルを期待した方には、ちょっと肩透かしかもしれません。
コインが1枚、クルクルと回りながら宙を舞う。
さて、初手はどうする?
俺の得意な戦闘スタイルは暗殺。魔眼をどこで使うかも悩みどころだ。
どうやり合うにしても、隠れられる遮蔽が欲しい。
闘技場の個室は、壁沿いに観戦席があるだけで、戦うスペースに遮蔽物は無い。
──甲高い音を立てて、コインが床に落ちる。
「【ロッククリエイト】」
「ネモ」
俺は魔法を、相棒はネモに指示を出した。
相棒の周りを、ネモらしき黒い小さなコウモリがクルクルと飛んでいる。
俺の魔法は、目の前に背の低い瓦礫の壁のような岩を、少し離れた所に背の高い柱のような岩を呼び出す。
そのまま背の低い遮蔽に隠れて、小声で闇の魔法を唱えた。
「【ダークネスクリエイト】」
今俺がいる位置に、相棒側からチラリと見える人影のようなダミーを残す。
そのままもう一度闇の魔法を唱えて、影を通り、岩の柱の影へと移動した。
キーナは【感知】が無いから、これで位置を誤魔化せるはず……
「【ツリークリエイト】」
耳に届いたのは【木魔法】の詠唱。
俺が隠れている岩の柱が、一瞬で木のような硬質の蔦に包まれ……そして、【感知】で追っていたキーナの気配が頭上に移動した。
「あれっ?」
あれっ?じゃない。
蔦に自分を引っ張り上げさせたんだろうキーナが、柱の上から低い遮蔽に置いたダミーに首を傾げている。俺の作った柱を足場にされるとは思わなかった。
しかし真上か。
俺は即、キーナの影に移動して、その足首を掴んだ。
「ぅわあっ!?」
驚くキーナをそのまま柱から投げ落とす。
「ぐえっ」
そして背中から落ちた所へ、短剣を抜いて落下しながら突き立てに行った。
それを見て、目を見開く相棒が叫ぶ。
「ネモ!!」
瞬間。俺と相棒の間に、格子状になったネモが割り込んだ。
ネモが厄介だ。
名前が短いから発動が魔法のクリエイト詠唱よりも早い。
そこへ聞こえた、次の詠唱。
「【トリック・オア・トリート】」
聞いてしまった俺の目の前に展開された……システムウィンドウ!?
──『贄をよこせ。さもなくばデバフをかける』
──注意:任意のアイテムを提供しなければ防御低下のステータス異常がかかる魔法を受けました。
──提供するアイテムを指定するか、ステータス異常を受けるかを選択して下さい。
「ちょ、邪魔!!」
システムウィンドウを出す魔法って何だ!?
【トリック・オア・トリート】、対人だとこんな仕様なのか!?
エフォが対人メインのゲームだったら許されない仕様だぞ!?
くそっ、インベントリから一応作ってきたお弁当を選んで提供!
「【フレイムクリエイト】」
視界の端で翻る炎。
キーナの右手。
握りこぶしから人差し指と中指だけを伸ばした剣印から、剣のように伸びた炎が、横薙ぎに薙ぎ払われる。
咄嗟に跳んだが、 贄の提供のひと手間で離脱が一瞬遅れた。
掠って少々のダメージ。
キーナは剣を振った勢いでうつ伏せに転じ、そこから立ち上がる。
「【ダークネスクリエイト】」
あっちが起き上がるまでの僅かな間に、【闇魔法】を詠唱。
効果は消音。
音の発生を防止するフィールドを、キーナを中心に展開。
無音フィールドは意外とMPを食うから、それほど広くは出来ないが。それでもネモへの呼びかけはやりにくくなるだろ。
……そう思って放った消音は、意外な効果を見せた。
「……っ、…………っ!? っ!?」
キーナが何かを唱えようと口を動かして……しかし、何も起きなかったのだ。
まさか……詠唱を音声入力しないと、魔法って発動しないのか!?
とはいえ、試合がまだ終わっていない。
パニック起こしているなら、今がチャンスだ。
魔眼を起動。
視界にノイズがかかったキーナは、焦って見えない所へ右手の炎の剣を振り回し始めた。
消音フィールドからの離脱が頭からスッポ抜けたな?
とはいえ、炎を振り回される所に飛び込むのは危ない。
俺は犬笛の形の魔道具をくわえる。
ひと吹きすれば、それで決着はついた。
* * *
「あ~〜! ネモの防御張り直してればまだ行けたのに〜!」
「やっぱりあれ防御だったのか」
悔しがりながら抱き着いてくるキーナの頭を撫でながら思い出す。周りをクルクルと飛んでいた小さなコウモリの事。
「僕の強靭だとワンパンもらったら死ぬオワタ式だもん。ちょっとは猶予が欲しいじゃんすかぁ〜」
「どっちかというとガンガン攻撃した方が良かったかもな」
最初の柱の上に上がったのとか、様子見の構えだったもんな。
俺も相棒が全力で魔法撃ったら耐えられないわけだから、たぶん強気で攻めてよかった。
「それにしても……【トリック・オア・トリート】のシステムウィンドウ。あれは無いわ」
「システムウィンドウ?」
「アイテムを渡すかデバフもらうか選べって、システムウィンドウで出てた」
「マジで??」
あの最悪の妨害はマジで邪魔だった。
ちょっと他の誰かに味わって共感してもらいたいくらいだ。
そんな魔法を放った当のキーナは、戦闘を思い出しながら遠い目をした。
「音が出ないと魔法が発動しないのもビックリした」
「それな。対人戦なら高レベル【闇魔法】で魔法使いが完封される。対策に魔道具が必要だな」
魔道具なら、ものによっては詠唱しなくても魔法が発動する。
キーナも緊急用に何か持っていても良いかもしれない。
俺はそうして魔道具の方向で対策を考えていたが……キーナは別の事を考えていたらしい。
「……多分だけど、それを解決するのが無詠唱なんじゃない?」
「……あぁ、なるほど」
おもむろにクエストが出て、そのままな無詠唱。
確かにそもそも詠唱が必要無いなら、音が出ようが出まいが関係ないな。
二人揃って仕様に振り回されて、魔眼の事が若干頭から抜け落ちかけたが……今回闘技場で遊んだ俺達の総評はこうだ。
「……エフォは、PvP向けの調整は全然してないんだな」
「本当にPvPはオマケなんだねぇ」
プレイヤーの声が多かったから追加しただけなんだろう。
まぁ、正式サービス開始からまだ1年も経ってないゲームだしな。
……ああ、だから戦隊レッドとかの近接物理職が主に遊んでる場所なのか。
ただの殴り合いの技能比べなら問題ないもんな。
 




