キ:ボスを倒して報酬のお話
事後処理ちょっと長くなりました。
夢の主を片付けて、起床。
僕らは、無事にでっかいウツボカズラを倒したのだった。
……そして今。
目の前では、大変ヒートアップした決起集会みたいな事が行われていた。
「悪徳貴族は許さぁああん!!」
──ウオオオオー!!
「オレ達のボスになんてことしやがんだぁああああ!!」
──ウオオオオー!!
「舐められっぱなしでたまるかぁああああー!!」
──ウオオオオー!!
騒動が収まって様子を見に来たガラの悪いNPC達が、モンスターによって粉々に粉砕されたプロフェッサーさん達の屋敷を見てビックリ仰天。
貴族に持ち込まれた変な物体が動かせなくて困っていたのは周知の事実だったので、それが原因だっていうのは火を見るより明らか。
そしたらもう、舐められたら負け理論を大事にしているヒトなんて、当然キレ散らかすよね。
NPCはどれだけ人間みたいなAI積んでてもやっぱりNPCだから。プレイヤーに設定と性格を大事にしてもらえたら、好感度は割と簡単に上がる。
特にそのNPCが住民として所属している拠点を開拓したプレイヤーは好感度が上がりやすいんだって。
だからプロフェッサーさんとキャシーさんは、グレースケールのならず者達にとっては頼れるボスなのだ。
「そもそもここの者達は、裏社会で幅を利かせている貴族に恨みのひとつも持っているような者が多いのだよ」
「なのでまぁ……こうなりますよね」
「わぁ〜」
そりゃあこうなるよ。
とはいえ、別に今すぐカチコミに行ったりはしない。
奮起して『オレ達ボスに付いていきますからね!』みたいな感じでワーッと盛り上がった後は、粛々とモンスターが暴れた後の瓦礫の片付けを始めた。
そんなわけで、僕らはその作業を横目に戦後処理。
とりあえずボスのドロップの蔦とかは皆で山分けにした。
問題なのはレアドロップ。
「『ソーンネペンテスの種』か……」
安直に考えたらさっきのボスの種なんだけどね……植物系モンスターは種が卵扱いなんだけど、でもそれっぽいのを育ててみたら普通の植物が生えたりする事もあって、作物目当てと従魔目当てが頭を抱える代物だったりするらしい。
そんな物体が1個だけ出てくるのは割と困るなぁ。
……なんて思っていたら、プロフェッサーさんとキャシーさんがスッと挙手した。
「私は種は辞退しよう。育てようにも場所が無いからね」
「同上の理由で私も結構です」
グレースケールは全方向岩に囲まれた日光ゼロの拠点だもんね。地上に植えたとして、通りすがりのプレイヤーとトラブル起こしても困るだろうし。
「拙者も草系モンスは興味ないでござる」
忍者さんも辞退。
そして僕らも……まぁいらないかなぁ。
拠点周りに植えたら防衛になるのかもしれないけど……ただでさえ厄介なモンスターだった植物が、うちの拠点の特殊環境でおかしな変質したら手に余りそう。
食虫植物は可愛くて好きなんだけどね。育てるにしてもあんなに大きくなったら困るから普通のでいいです。
というわけで、種は目をキラキラさせていた検証勢の人達が引き取る事になった。
有志の農場で育ててみるらしい。結果はスレ&wikiで!って宣伝みたいな事言ってた。
ドロップの分配が終わったら、今度は拠点防衛の報酬のお話。
普通の拠点襲撃じゃなかったけど、まぁやってた事は拠点防衛で間違いない。
そして野良の拠点防衛の援軍を全然しない僕らはピンときていなかったけど、身内でもない拠点にたまたま居合わせて巻き込まれた防衛戦参加については、報酬が出るかどうかってかなり開拓主の匙加減なんだって。駆け出しの初心者とかだと報酬出しようも無いしね。
ちなみに傭兵は、あらかじめ『ログインが重なっていたら必ずかけつけて勝利しますよ』って約束を、報酬付きでするものらしい。
というわけで、今回はプロフェッサーさんの匙加減により、防衛参加の報酬が出る事になった。
アングラ街のトップとかやってると、そういうの気前よく出しておかないと沽券だの面子だの色々あるらしいよ。大変だね。
検証勢さんはそもそも野次馬目当てだったから、ボス討伐参加の報酬はレアドロップの種でオッケーって事でまとまる。
忍者さんはそもそも助っ人……まぁつまり身内じゃなく傭兵って扱いで呼ばれていたから、プロフェッサーさんから報酬をリリーで貰っていた。
そして僕らは……
「危険手当の件でもしやと思ったのだが……君達はもしや、リリーにあまり惹かれないタイプの冒険者かな?」
「……諸事情により困ってはいませんね」
「拠点襲撃の規模が増えるくらいなら、楽しい事プライスレスの方が嬉しいかな」
将来はどうなるかわかんないけどね。
たまたま木材が需要過多で高騰してるだけだから。代替品とか出てきたら、僕らも「お金がなぁーい!」って嘆く時が来るのかもしれない。
でも今は別にって感じ。
そんな感じの事を言うと、プロフェッサーさんはものすごく困った顔をしながら顎鬚を撫でた。
「いや、先程危険手当について訊いてから、ずっと考えていたのだが……忍者は清濁気にせず報酬は報酬だと飲み込むが、君達はそうではないだろう? とはいえこちらはピリオノートの兵士にはちょっと言えないような事を主軸に活動している身だ。そうなると手持ちの物品がね……厄介ごとが関る物を除外すると、しょーもない物しか持ち合わせがなくてね……」
そう言うと、「見てもらった方が早いか」と呟きながら、プロフェッサーさんとキャシーさんはごそごそとインベントリからいくつかのアイテムを取り出した。
「まずは……『煮干し食べ放題』」
「「煮干し食べ放題!?」」
すごい聞いた事ある物が出て来た!
え、これ、猫の取り換えっこ屋さんにあった魔道具の交換ラインナップじゃん!
驚いた僕らの反応を初見の反応だと勘違いしたプロフェッサーさんは、苦笑いしながら説明をする。
「どんなサイズ、どんな種類の魚であろうとも、これを使うと普通の小魚の煮干しになるという魔道具だよ」
「なんだそれ、普通に欲しいのでござるが」
「まさかの忍者が釣れたか……そちらの夫婦が希望しなければ買うかね?」
「是非に。拙者、出汁は煮干し派でござる故」
「ああ、そういえば君は和風クランのメンバーだったな」
「然り。味噌汁用に欲しいでござるよ。……逆にお主、味噌のあても無いのに何故こんな魔道具を持っているのでござるか?」
「密造って心惹かれる響きだと思わないかい?」
「煮干しで!?」
アングラな街のボスがせっせと煮干しの密造に精を出す所を想像して、僕は吹き出しそうになった。
絶対に集まるのはお金じゃなくて猫ちゃんだよ。
『煮干し食べ放題』は僕らはいらないから、何事もなく忍者さんに買い取られていった。
次にアイテムを取り出したのはキャシーさん。
「次はこちらになります。『無限埴輪』」
「「むげんはにわ」」
なんかそれも覚えがあるぞ?と思ったら案の定。
フリマで見かけた、埴輪が量産できる魔道具だった。
「これも密造用です?」
「いえ、こちらは私が趣味で購入した品です」
「趣味」
「プロフェッサーの私室を飾るのに使うつもりで」
「待ちたまえ、初耳だが???」
「しかし面白い物というのならば無限埴輪はまさしく適役。少々惜しいですが……お気に召したのなら」
「いえ、面白いですけどいらないんでとっといてください」
『くっ……』って感じの顔をしてたキャシーさんは、僕らがノーセンキューすると、いそいそとインベントリに無限埴輪を戻した。
「本当にしょーもない物しか出てこないでござるな」
「そうなのだよ……『繰り返す音貝』なんかも面白いのだが、これは渡すのにちょっと難が……」
『繰り返す音貝』は巻貝で、吹きこんだ音声が記憶されて、耳を当てると何度でも再生されるというアイテムだった。
ただ、一度音声を吹き込むと変更ができないらしい。
プロフェッサーさんが持っているのは既に登録済みだから、それを僕らがもらってもしょうがない。
とはいえ他に選択肢がもう無いから、ものは試しでどんな感じか試させてもらった。
手に乗るサイズの巻貝に耳を寄せる。
なんかちょっとロマンチックじゃんすか。波の音が聞こえてくるーとか、よくあるやつ。
綺麗な歌声とか入ってるなら普通に欲しいかもしれない。
目を閉じて、中からやってくる音に耳を傾け……
──『 お 前 の 秘 密 を 知 っ て い る 』
怖いわ!!
思わず仰け反って貝殻放り投げちゃったよ!!
苦笑いするプロフェッサーさんが言うには、後ろ暗い秘密があるNPCを揺さぶるのに使う予定だったんですって!
いりませんいりません! そんなもの!
……結局、何一つ琴線に触れる物が無かったから。
『今後、裏社会の力が必要になった時に協力してもらう』っていう、『貸し』状態とすることになった。
「すまないね」
「いえいえ、別に報酬目当てで来たわけじゃないんで」
封印が面白そうだから来ただけだもん。
「もし今度会った時、お二人の仲に進展があったら教えてください。それでいいです」
そう言ったら、キャシーさんは花が咲くような笑顔でサムズアップして、プロフェッサーさんは顔を真っ赤にして轟沈した。
そんなわけで、『お疲れ様でした、解散!』って事になったわけだけど……検証勢さん達が僕に向かってものすごく何か言いたげな感じで口を開いたり閉じたりしている。
……??
なんか気になる事とか忘れてる事でもあるかな?
…………ああ!
ピンと来ました!
知恵の林檎だね!?
そうだったそうだった。
林檎屋さん切り上げて遊びに来たから、在庫処理してなかったね!
はい、どーぞ。
まだいっぱい残ってた林檎をドンと籠のまま渡すと、めっちゃ嬉しそうな顔をして料金が返ってきた。
これでオッケー。お疲れ様でした!
バイバーイってお別れをして、相棒と二人で自分達の拠点に帰る。
「しっちゃかめっちゃかだったけど、楽しかったねぇ。リンゴもちゃんと渡せたし」
「うん……最後に検証勢が言いたかったのは、違う事だと思うけど」
「むえ?」
「どういう事?」って相棒に訊くと、「俺の予想だから外れてるかもしれないけど……」って前置きをしてから。
「たぶん、ウツボカズラの悪夢から自力で起きた方法を聞きたかったんじゃないかな」
「え、だって夢の中で勝つだけじゃん」
「誰も勝ててなかったんだよ。まだ」
え? ……あー、悪夢デバフ!
そっか、よっぽどこっちのレベルが高ければ関係ないだろうけど、そうじゃなかったら厳しいもんね!
相棒が言うには、僕が丸飲みされてる間にそんな会話をしていたらしい。
そして僕があっさり悪夢から目覚めて出て来たから方法を訊きたかったけど、突っ込んで訊いていいものかどうか迷ってる間に僕が林檎渡して有耶無耶にしちゃったんじゃないか、と。
「……ま、もう遅いや!」
「うん、気にしなくていい」
どうせレベルが上がったら普通に勝って破れるようになるよ。
難しい事はやってない、シンプルに敵をぶちのめしてきただけだもんね。
アカデミックな検証勢の人達も、ガチャ中毒の緩和が出来るんだからそれで満足しておくれ。




