ユ:食われたから食い返してみた
……実は植物タイプのモンスターは、トップクラスに厄介なんじゃないか。
薄暗い土煙の中を、弓を手にして駆け抜けながら、俺はそんな事を考えていた。
容赦なくこっちをぶち抜こうと突き出される太い蔦を避けて、崩壊する瓦礫の山を踏み越える。
そこへ畳みかけるように2撃目、3撃目……10まで数えたところでようやく猛攻が止まった。
無数の蔦を操るヒュージソーンネペンテスは、尋常じゃなく手数が多い。
蠢く蔦の一本一本にAIが入ってるんじゃないだろうか。
100匹を超える巨大な蛇を同時に相手にしているような状態だ。拠点防衛戦かよ。
それに加えて、隙あらばこっちを取り込もうとウツボカズラ部分が大口を開けて直接向かってくるから気が抜けない。
しかも植物だから視覚に頼らないのか、それぞれの蔦がとにかく近くにいる相手に襲い掛かってくる。タゲを引く事ができない、タンク泣かせの仕様だ。
そのせいで、レベルが足りていない検証勢は、情報提供以外では何も出来ずに逃げ惑っている状態だった。
「危なーい! 間一髪ぅー!」
「こんなクソザコステータスでもテメーにくれてやるわけにはいかねーんだよぉおおおお!」
「ええい! だからもう少しレベル上げをしておけとあれ程っ! これが終わったら有志を募って検証勢牽引ブートキャンプを開催してやるから覚悟しておくでござる!」
忍者よくあんなに喋りながら避けられるな……
同じ俊敏重視の俺と忍者だが、俺は遠距離、忍者は近距離メインで戦っている。
かなり深い所まで切り込んでるから忍者は常に四方を蔦に囲まれている状態だ。魔法か何かで【感知】に近い事をしているみたいだが、詳しい事はわからない。
そしてプロフェッサーさんとキャサリンさんは、俺達とは少し離れた所で思いっきり魔法をぶっ放して戦っている。
「味わいたまえ、【冷徹なる大地の刃】」
おそらくは氷と石の混合魔法。
強固で巨大な石の剣に氷の刃でさらに鋭さを増した物が、何本も地面の岩盤から繰り出して近付けさせないのがプロフェッサーの魔法攻撃。
そしてその岩と氷の刃から、白く可視化される程の冷気が振りまかれて、洞窟内の温度が徐々に下がり始めている。
ヒュージソーンネペンテスは温度変化に強くないタイプだったのか、プロフェッサー周辺の蔦は動きが鈍くなっていた。
そしてその鈍った蔦を吹き飛ばしているのが、長い鞭をぶんまわすキャサリンさんだ。
職業はたぶんダンサー系。
細かくステップを踏みながら、時々言葉の詠唱無しで魔法が発動しているから【ボディランゲージ】を使っている。
……なお、全年齢版フルダイブMMOのエフォは、スカートでどれだけ動いても絶対にインナーは見えないらしい。
装備製作者がつけた覚えのないミニスカートをいくつも重ねたような物が自動で内側に装着されて、視線を鉄壁ガードするそうだ。
じゃないとあんなドレスであんな動きしないよな。
プロフェッサーさんとキャサリンさんのコンビは普通に冷静かつ強くて安定している。
本当に二人のみでヒュージソーンネペンテスと戦っていたなら、もしかしたら勝てるのかもしれない。
ただ問題は、ここはNPCもいる街だって事だ。
対策も情報も無しで封印を放置していたなら、間違いなくNPCが複数取り込まれていただろう。
そうなれば強化されて二人で勝つのは難しくなり、そして負けた二人も取り込まれるわけだ。
地下に隠れたようにあるアングラな街だから、完全に壊滅するまで状況が表に出ない。つまり援軍も来ない。
そして最終的にはグレースケールが崩壊する。
……押し付けて来た貴族とやら、割と本気でここを潰しに来てたな?
そういう意味では、プロフェッサーさんが見つけて、そして食われたのがキーナだったのは本当に運が良かった。
「……なんか既出のより弱くない?」
ヒュージソーンネペンテスをじっくり観察していた検証勢の1人が首を傾げると、他の2人も頷いて同意した。
「森女さんってたぶん魔法職だよな? こいつ魔法職食ったら、その人の得意属性無差別に撃ちまくってくるはずだけど……魔法使ってこなくない?」
「それに、蔦が多いからわかりにくかったが、ステータスも加算されてる感じがしないな」
「でもレベル的にはダンジョンボスとそんなに変わらないじゃん」
何故?って感じの空気が漂い始める。
そんなの……なぁ?
『取り込んだらこうなるはず』って事が起きないなら、それは『取り込めていない』って事だろう。
──突然、いくつもぶら下がるウツボカズラの内の一つが、風船のように膨らんだ。
「え」
「なん……」
あそこか。
俺は一度解除していたネビュラとの同化を、もう一度かけなおす。
──次の瞬間、膨らんだウツボカズラは破裂して……中から白い海藻をグルグル巻きつけた大きなサメが現れた!
「えええええええええっ!?」
「サメだぁああああああああああ!?」
「オラァアアッ! 姐さん丸飲みにしたふてぇ野郎はテメェかゴルァ!?」
初対面で俺達を丸飲みにしようとしてたサメがなんか言ってるな。
蔦の棘をものともせずに、全力で齧りつくバン。
絵面があっという間にサメがスパゲッティ食ってる謎シチュエーションに切り替わった。
そして状況をサメ映画に変えた張本人がその影から落ちたのが見えて、俺はそこへ向かって跳んだ。
また持って行かれないように、腰に腕を回してしっかりホールドからのUターン。
他プレイヤーの立ち位置に近いあたりまで下がってから、腕の中のキーナを確認した。
「お疲れ」
「ん、おはよー」
「やっぱり来てくれたー」と言いながら、甘えるように抱き着いてくる。
そんな俺達を見て、忍者は苦虫を噛んだような顔をして、検証勢は信じられないって顔で目を白黒させ、プロフェッサーさんは苦笑い。
そしてキャサリンさんは。
「……もしも飲まれたのが私だったなら、私を取り戻そうと必死になるプロフェッサーが見られたのでしょうか。……ちょっと見たかったですね」
「ンンッ! キャシー、その件は俺まだ不意打ちでRP維持できるほど飲み込めてな……ああーもう! これ片付いたらログアウトして直接話しに行くから覚悟しとけよ!」
RPが崩れ落ちて真っ赤な顔で吠えるプロフェッサーさん。
嬉しそうに笑うキャサリンさん。
……そして頭を抱えて発狂する忍者。
「どいつもこいつもバカップルがぁ!! まだ戦闘終わってないでござるよ! さっさと戻ってこんかぁーい!!」
それな。
バンがガジガジと噛みついてるからそっちを剥がそうと必死なだけで、ヒュージソーンネペンテスはまだ存命だ。
世界樹召喚をもらった夏のイベントほどではないにせよ、それなりに大きなサイズで呼び出されたバンは、あっという間に活動限界になって消えていった。
「第二ラウンド。とはいえ丸飲みされないように気を付ければ大丈夫」
「さっきの感じならいけるっしょ。1人復帰したし」
「うむ、よろしく頼むよ諸君」
奇襲の一手が無かった事にされたヒュージソーンネペンテスは、その後、それほど時間をかけずに倒されたのだった。




