ユ:解き放って捕まって
唐突に目の前で幼馴染がカップルにランクアップし、忍者が傷口に塩を擦り込まれるという事件があったりもしたが、今日のメインはそれじゃない。
「では、よろしく頼むよ」
「はーい」
俺達がここに来たのは、封印の解除が目的だ。
RPの皮を被り直したプロフェッサー、変わらず秘書スマイルのキャサリンさん、封印に興味津々の検証勢、そして若干やさぐれた忍者に見守られながら、キーナは封印されたアイテムの前に立つ。
「【解析】」
スキルを使って視界を切り替えた相棒は……ドラム缶のようなサイズのアイテムに手を伸ばしかけて、首を傾げた。
「んん?」
「……どうした?」
「んー……封印の感じが、僕らが持ってるのとあまりにも違って……」
何が見えているのか俺には分からないが、相棒はアイテムの周りをぐるっと一周してから、プロフェッサーさんに向けて言った。
「プロフェッサーさん、これ、もしかしたら本当に爆発したりするのかも」
「どういう事かね?」
周囲に緊張が走る中、キーナはマイペースなまま自分の考えを告げる。
「封印の糸が全然絡まってなくて、ゆるく編んであるだけで……結び目なんてひとつもないし……何もしなくても、勝手に少ーしずつ解けていってる」
「ほほう……」
「そんな状態の物、危険なモノが出てくる気しかしないなーって」
本国の王様から報酬でもらったアイテムは、糸が細かく編みこまれ、所々は絶対にほどけないようにという執念すら感じる程に固く結ばれていたらしい。
それに比べると、こっちは自然と解ける事を前提としているとしか思えない、と。
そんな内容を聞いた検証勢は、すぐさまスレを開いてその内容を書き留めていた。
「なるほど……データが少ないが、それでも初出の2つがそれぞれ仕様が違うのはありがたいな」
「これ爆発物系だったら、封印を時限爆弾のタイマーみたいな使い方してるって事ですよね」
「なんでこういう時に限って論丼いないんだ……【解析】持ちなのに……」
論丼さんは、確か学者系の職業なんだったか。
職業の特徴と条件とか【解析】スキルについてなんかが有志wikiにまとめられているのを見た事がある。
……wikiに魔女の職業についてのまとめは無いから、多分この後キーナは【解析】持ちだから学者系職業なんじゃないかって思われるんだろうな。本も書いてるし。
そんな検証勢は置いておいて、暫定危険物の封印だ。
何が入っているのかわからない以上、対策した上で自分のタイミングで開けた方がマシっていう方針に変更は無し。
押し付けられた当人であるプロフェッサーさんの判断により、集まった面子は屋敷の庭のさらに外まで下がり、俺達が残って開封する事になった。
最後のひと編みだけ残した状態まで進めたところで一旦手を止めて、それぞれが外へと避難する。
「危険手当に何か希望はあるかね?」
「犯罪に関わらない面白い物で」
「……難易度が高いな。少し考える時間が欲しい」
「どうぞどうぞ」
最近すっかり面白い物で請求する楽しさに味を占めたキーナのリクエストに、プロフェッサーさんが頭を抱えながら外へ向かった。
大喜利要求してるようなものだからな。そういうのが苦手な人はいつかの論丼さんみたいに途方に暮れる事になる。よく考えると、中々の無茶振りだ。いっそリリーで請求された方が楽だろうなぁ。
……さて、俺達以外は全員外に出た。
扉は開けっ放しだから、外からこっちの様子は見えている。
俺も、きちんと前の短剣から精を移した、『死精牙の共鳴短剣・S』を抜いて構えてネビュラと同化。ヤバいモノが出てきたら、即キーナの手を引ける位置に立つ。
とはいえ、本当に爆発したら一瞬で吹っ飛んで死に戻るだろうから、それはもう諦めよう。
「オッケー?」
「いいよ」
振り返れば、避難した面々は思い思いに盾を構えたり石の壁に隠れたりしている。
準備はできた。
「いきまーす! ……ていっ!」
軽い掛け声と共に、キーナが属性付与した道具を横薙ぎにする。
最後の一手が、それで解けたんだろう。
ガシャン!──と、金属が弾けたような音と一緒に、ドラム缶サイズの容器を縛り付けていた金属の輪が外れて落ちて……
直後に容器だったモノが弾け飛んだ。
俊敏、思考加速。
スローに見える世界の中で、爆発するように一瞬でホールを埋めつくすように広がった、棘だらけの荒々しい緑の蔦。
さっきまで封印があった場所に現れたのは、ヒトよりも巨大な、ウツボカズラのような部位を持つ植物の塊。
ヒュージソーンネペンテス Lv60
モンスター入りか!
至近距離に現れたモンスターを驚いて見上げる相棒。その手首を掴み、方向転換。
建物の出口へ──
──踏み出した瞬間、手の中から、掴んでいた手首の感触が消えた。
振り返る。
蔦に体を巻き取られたキーナの姿。
その真後ろには、大きく口を開けている巨大なウツボカズラ。
「あ」
恐怖を感じる暇も無かったのか、どこか間の抜けた声だけ残して、その姿がモンスターの口の中へと消えた。
「ッ、クソがっ!」
ゲームだっていう前提はしっかり頭にある。
だから我を失うほどキレたりパニックになったりはしないが。
それでも腹立たしい事には変わりない。
即、踏み込み。短剣で斬りつける。
だが蔦に阻まれて、相棒が入っている部分には届かない。
(相棒!)
念話にも反応が無い。
そして俺はそのまま、横薙ぎに殴りつけて来た蔦に吹っ飛ばされた。
「ぐっ!」
「おわぁっ!?」
吹き飛んだ先、検証勢が隠れていた壁に激突して体が止まる。
「……すいません」
「い、いえいえ……森男さんも吹っ飛ばされたりするんですね」
いや俺は普通のプレイヤーだから。
しかも装備は革鎧の俊敏特化。ああいうのをもらえば簡単に飛ぶ。
強靭にもある程度振ってたから即死こそしなかったが、HPもギリギリだった。
……なんて、考えてる場合でもないな。ポーション取り出して回復を入れる。
石造りの屋敷から溢れ出す蔦は太さを増して、ヒトの胴より太くなり。
膨れ上がる質量は、ついに屋敷を内側から押し上げて崩壊させた。
「まったく……厄介なモノを持ち込んでくれたものだ」
崩れ落ちる石材の中から、化け物サイズの人食い植物が姿を露わにする。
波打つ棘だらけの蔦の群れ。
地面の岩を突き破り、石材を組み上げた壁を侵食し踏み越えて。
まるで太陽を求めるかのように高く伸びあがろうとしていた。
「サイズおかしいでござろう!? 明らかにこんなモノが入っている大きさではなかったはず!」
「いや、植物系にはよくある事」
「発芽した種の状態でいて、アクティブになった途端に巨大化する草系モンスは割と多いぞ」
マジか……あんまり俺達、植物系と戦ってないから知らなかったな。
精々、花火の材料採りに行ったオープンダンジョンくらいか?
「ヒュージソーンネペンテス……って事は、森女さん食われました?」
「……ですね」
見上げる蔦の塊には、大きなウツボカズラがいくつもぶら下がっていて、どれに入っているのか区別はつかなくなった。
「こいつは丸飲みにしたプレイヤーを確保して、確保してる間ずっとプレイヤーのステータスを自分に加算するタイプのボスモンスターです!」
「ふむ、面倒な仕様だな」
拠点を壊されかけてもRPを崩さないプロフェッサーに、検証勢が頷き返す。
「だからこれ以上は絶対に飲まれるな。飲まれれば飲まれるだけ不利になる」
「既出のはダンジョンボスだから全滅したらそれで終わりだったけど、ここだと、どこまで強化して広がるかわかりません!」
シェイプシフターもステータス加算タイプだったが、こっちはさらに加算対象が複数可能なのか。それはまずい。
しかもダンジョン外だから、手が付けられない規模になると周囲への影響がどうなるか予測がつかない。
伸びて迫って来た蔦を全員回避。
そのままそれぞれ戦闘態勢に移行、攻撃を開始した。
俺は武器を弓に持ち替えて、遠距離から蔦の中心、ウツボカズラが群生しているあたりを狙う。
「丸飲みされた本人は中から自力で脱出できないのでござるか!?」
【火魔法】を忍刀に纏わせて、それで蔦を斬りながら忍者が問う。
離れた所にいる検証勢が、声を張り上げてそれに答えた。
「食われると強制睡眠デバフがかかるっぽいです! それで経験者が言うには、夢の中で蔦にギュウギュウ絞られるらしいですよ!」
「死に戻りも出来ないのですね……」
なるほど、強制睡眠だから念話に反応が無かっ……
待て、夢の中?
「……それ、夢の中で勝ったらどうなります?」
「あー、なんか勝てないらしいですよ! 夢の中だと敵が滅茶苦茶強いらしくて!」
「デバフかかってるって話だったよなー」
それはたぶん悪夢デバフだな。
「……なら大丈夫か」
俺の独り言めいた呟きは、石の崩れ落ちる音に掻き消されて、誰の耳にも届かなかった。




