キ:釣って釣られて利害の一致
赤・青・緑・茶……いろんな色の糸が絡まって、時々結び目になっているのを丁寧にひとつずつ解いて、解いた部分を広げて垂らしていけば、少しずつその構造が見えてくる。
【封印されし物体】…品質?
封印を解かなければ詳しい事はわからない。
円柱状の謎の物体。
その物体を締め付けるみたいな輪。
その輪に埋め込まれているカラフルな輝石から、糸が一本ずつ伸びている。
今解いている糸は、全部一番上の輪についている石から伸びていた。
つまり、これを全部解いたら、次は別の輪の石から伸びている糸が見えるようになるんじゃないかな?
重ねて封印されているっていうのは、たぶんそういう事。
……そんな感じに作業に集中していたんだけど。
相棒が僕の肩を揺すりながら、念話で呼び掛けてきた。
(……相棒)
(ちょっと待ってー)
今いいところ。
これを解いたら、一段階目が終わる。
どうせ複数段階あるんだし、最後じゃなければここでやっちゃっても大丈夫でしょ。
針先で、結び目を緩めて……そう、もう少し……待って、もう少しだから……解けた!
カキンッ、と澄んで綺麗な金属音がして、輝石のついた金の輪がひとつ、ぽろりと外れた。
──【封印魔法】スキル取得
なんか覚えたなぁー。
【封印魔法】……うん、そうだね、このカラフルな糸、属性だもんね。色んな属性を混ぜて封印するって事は、各属性魔法と【封印魔法】を混合しないといけないわけだ。
……え、つまりこの封印、糸が5色くらいあったって事は……属性と【封印魔法】を含めて六種類混合で魔法使ったって事?
確か魔法って、混ぜる数増やす度に必要レベルが10ずつ増えていくはずだから……各属性最低60レベルいるのでは?
こっわ。
でも封印を解除するのは、属性さえあればレベルはそこまで必要じゃないとか……あんまり苦労に見合ってない感じ。【解析】持ちかつ属性魔法を複数習得した人がいるなら、時間稼ぎにしかならないよねぇ。
NPC的にはそこまで習得した人材があんまりいないのかな?
てか、そんな仕様の魔法、プレイヤー的には使いどころあるのかな?
……ま、その辺はいっか。
満足して顔を上げると……正面に知らない人がいた。
え、誰?
* * *
「……というわけなのだよ」
「へぇ~」
プロフェッサーと名乗ったヒゲの人がこそこそと言うには。
お貴族様に関わるクエストの関係で、似たような物を貰った……というか押し付けられた?んだって。
それがどう見ても開けて中身を出すような形をしてるのに、開けられなくて困っていたらしい。
そしたら僕が似たような物を明らかになんとか出来そうな感じにいじっていたから、期待を込めて見ていた、と。
「実際、目の前で輪をひとつ外したからねぇ」
「……外したなぁ」
あー、外したねぇ。
で、よければ僕にそれがある街へ行って封印を解いてほしいんだって。
(『迷宮地下街グレースケール』って、ちょっとアングラな感じの街じゃなかった?)
(そーだよ)
つまり、プレイヤーもNPCも、オラついてる人達がいっぱいいる街って事?
……僕も相棒も、気質が合わない気がする!
「……そのアイテムを持ってきて貰うわけにはいかないんです?」
「それが困った事に、報酬を持って来た方が床に置いた途端、【アイテムボックス】に入れる事が不可能になってねぇ。やけに重いし」
部屋のド真ん中で動かせなくなったから、邪魔でしょうがないんだって。それはそう。
そしてそれを聞いた検証勢の人が、訝しげな顔で問う。
「……それ、怪しくないか? どこの貴族だ?」
「それは今の段階では教えられないな。君が我がグレースケールの所属になると言うのなら別だがね」
「おおっぴらに言えないとか余計に怪しい」
開けたら爆発しそう、と検証勢さんは言う。
うん、僕もちょっとそう思う。
『クエスト関係で押し付けられた』だからね、報酬じゃないから。しかもアングラ気味なRPしてる人が、匿名希望の貴族に押し付けられた物体でしょ?
なんか口封じの爆薬だったりしそう。
そんな僕らの考えを察したのか、プロフェッサーさんは「うむ」と頷いて同意した。
「私も同じ考えだが……放っておいてもそれはそれで勝手に爆発しそうな気がするのだよ。それならば周囲の安全確保をきちんとした上で、自らのタイミングで開けた方がマシというものではないかね?」
まぁそれはそう。
「どうだろうか。報酬は危険手当込みできっちりお支払いするとも」
「……盗品とか強盗したお金とかで支払われるのはイヤですよ?」
「これは手厳しい。なに、きちんと私の綺麗なポケットマネーから支払うさ」
汚いポケットマネーもあるのかなぁ……
(……相棒はどう思う?)
(俺は犯罪の片棒担がされないなら別に。好きにしていいよ)
むーん……そうだなー……
依頼されてるのは封印の解除だけど、意味合いとしては危険物処理。
街は盗人の巣窟みたいになってるのかもしれないけど……別に僕らが直接何かされたわけじゃないし、てか具体的に何してる人達なのか知らないから、普通に危ない物はなんとかした方がいいよねって気持ちが強い。仮に重犯罪者がいたとしても、それを裁くのは僕等の役目じゃないし。
あと……普通に封印解くの楽しいから、割とやりたい。
治安の悪い所はちょっと苦手な方だけど、リアルじゃないゲームの中だったら身の危険も無いしね。
「……じゃあ、いくつか条件飲んでくれるならやります」
「その条件とは?」
「まず、僕らに犯罪の片棒は担がせないって約束する事。その封印が盗品だったら絶対に手は出さない」
「承知した、約束しよう。これに関しては、ハラスメントを管理するモノに問い合わせてもらっても構わないよ」
「次に、解除する時には死んだら再起不能になる人達を安全地帯に避難させる事」
「もちろんだ。私も役に立つ子飼いを失いたくはない」
「それから、もし現物を見て封印解除が出来なかったとしても、契約違反とか言わない事」
「それはここへ持ってこられないこちらに非がある。当然だ」
「最後に、こっちの事を根掘り葉掘り訊かない事」
「はっはっは、我が街は互いに詮索御法度がルールだ。君らの素性が何であれ、気にしないとも」
拍子抜けするくらいあっさりと全部通った。
『いっそAIに問い合わせて確認してもいいよ』って言うくらいだから、本当に盗品では無いんだと思う。
……まぁそうじゃないと、悪役RPみたいな事してる人が、どこで何言うかわからない変装が常態の相手に託したりしないか。
すると、割とオッケーな雰囲気になっているのを察したのか、検証勢の人がスッと手を上げた。
「気になるから俺も行くわ。森夫婦が面倒ごとに巻き込まれて完全に引き籠っても困るし」
「構わんよ。私も危険に対処できる助っ人を呼ぶつもりだ」
「変なの呼ぶなよ?」
「君が案ずるような者では無いが……変ではあるかもしれんな」
「誰呼ぶ気だよ」
懐中時計を眺めながら意味深に笑うプロフェッサーさんに、呆れたような声で肩を竦める検証勢さん。
うん、なんだかんだ僕らを心配してくれてるっぽい検証勢の人が本気で止めてこないから、大丈夫そうかな。
……ってところまで考えてから、ふとひとつ気が付いて、僕は相棒にそっと念話を飛ばした。
(ねぇ相棒)
(何?)
(僕、最近検証勢の人達にさ、椅子とか飲み物とか提供されてたけどさ……)
(うん)
(あれってもしかして……VIP待遇じゃなくて、稀少生物観察のための餌付けだった?)
(……気付いてしまったか)
気付いてしまいました!
巣穴に引き籠らないように環境良くされてたのかー!




