ユ:釣られてやって来た客は
無事に報酬を貰って、俺達は城を後にした。
手頃な玩具を手に入れたキーナは機嫌が良く足取りが軽い。
(懐かしいなぁ〜。子供の頃、夏休みに行った親戚の家であまりにも暇すぎてさ。ぐっちゃぐちゃに絡まってどうにもならなくなってた毛糸を全部ほどいて毛糸玉にしたのがすごい楽しかったの思い出した)
(聞いたことない暇つぶしが出てきたな)
俺はパズルは得意じゃないが、相棒がそれで満足してるなら特に言うことはない。
すぐにでも帰って封印の解除を始めるのかと思ったが、知恵の林檎の提供は予定通りやっていくつもりのようだ。忘れられてはいなかったか検証勢。
とはいえ、占い屋は休業。人気の少ないピリオの片隅で、林檎屋だけやりながら封印で遊ぶつもりらしい。どうせ見えないと何をしているのかわからないしな。
集中すると周りが見えなくなるキーナを置いて出かけるのは心配だから、俺はその後ろで今後の戦略について考えながら傍にいる事にしよう。
やる事が決まったキーナは、ひとまず露店広場へ立ち寄って持ち手のある細い針とラジオペンチっぽい工具を購入した。
(何に使うの?)
(糸がきつく結び目状態になってる部分をほどく用。指先と爪でもできない事ないけど、あった方が楽だから)
慣れすぎだろ。
道具を確保したら、ピリオの東門へ向かう。
今回は門の外じゃなく、内門の内側……プレイヤー居住区じゃなく、街側の門の傍を店の場所に選んだ。ここならその内に検証勢が勝手に俺達を見つけるだろう。
知恵の林檎が山盛りの籠に、値段と『おひとり様1個まで』と書いた板を立てかける。そのすぐ後ろに椅子を置いて座れば、もうそれでリンゴ露店は完成だ。
そうしたら、さっそくキーナは椅子に座って封印パズルに取り掛かり始めた。
絡まった糸の端を探す所から初めて、一本ずつ丁寧に抜き取っている……らしい。俺には見えない。
(……一応、全部解ききるのは拠点とか闘技場にした方がいいかもしれない)
(うん、そうだね。あー……これ、糸を掴むには手袋とか道具に属性付与しないとダメなのかぁ……)
(石と雷必要になったら言って)
(うん、ありがとー)
時折売れていく林檎の代金を受け取りつつ、組んだ足の上に乗せた金色の円柱の上でせっせと手を動かすキーナは、すっかり集中して封印しか見えていない。
……まぁトラブルが起きない限りはそっとしておくか。
俺もネビュラに寄りかかりながら、自分のステータスウィンドウとスレを開いて思考を開始した。
* * *
声が耳に入って時々顔を上げると、大体は見知らぬプレイヤーが林檎を齧って結果を共有して盛り上がっている最中だ。
「『三ツ星ペンギンは、とても美味しい料理を渡すと交渉に応じる』んだって」
「三ツ星ってレストランのやつ?」
「そんなグルメなペンギンどこにいるの……?」
新聞に広告が出ていたから、初期装備姿のプレイヤーはいそいそと売りに行ったりもしているが……ほとんどはその場で食べて、結果に何とも言えない顔をする。
「『樹齢がとても長い巨木を切り倒すと、悟りを開いてお散歩切り株となり苗木を植えながら歩き回る』……?」
「どういうこと……?」
「木が悟りを開くって何よ!」
有志wikiにTipsがまとめられているのを見たが。愉快犯が偽情報を混ぜている可能性を考えて、一覧は情報提供者の名前が有る物と無い物に分けてリスト化されていた。
ほとんどがモンスターに関する豆知識だが、時々ゲーム全体においても重要な情報がある。この前の山頂の腕試しドラゴンなんかもそうだ。
そういう内容がフェイクだと話がややこしくなるから、信じるかどうかは提供者の名前を見て自分で判断しろって事だ。
「こ、これが噂の知恵の林檎……じゃあさっそく……」
「……ご主人! ついにお喋りできるようになりましたね!」
「おおおおお!! 俺のカブ男がついにっ!」
時々従魔に食わせて、ワイズ系の進化を喜ぶプレイヤーもいる。
今の男も、エメラルドグリーンのカブトガニと熱い抱擁を交わしてから熱い礼を述べつつ去って行った。
……そんな風に穏やかな時間をしばし過ごしていると、ある男がやってきた。
リンゴを買ってからも不自然にキーナの正面に立っているから、俺は気になって目線を向ける。
黒と白と灰色しかないモノクロのローブを着てモノクルをかけた男。髭の生えた顔は中年と壮年の間くらいか。
男はリンゴを片手に持ったまま、じっとキーナの手元を見ているようだった。
キーナはすっかり封印に夢中で気付いていない。
……何か言った方がいいか?
俺が立ち上がりかけると……バタバタと遠くから走ってくる音がした。ポーチとポケットだらけの姿は何度か見た、検証勢のG・オイスターだっけか。
「うぉぉおおおお! 林檎林檎林檎ぉおおおお! ……あれ、プロフェッサー!?」
「やぁオイスター君」
知り合いか?
プロフェッサーと呼ばれた男はニヒルな笑みを浮かべて片手を上げた。
「ピリオに出て来てんの珍しいな。何してんだ」
「露店とパン屋に来たついでに散歩を少々ね。……今日は実に運が良かったらしい」
そう言うと、またキーナの手元を見てニヤリと笑う。
……とりあえず、俺は立ち上がってキーナの後ろに立った。
「……妻に何か?」
「おっと、これは失礼。私は『プロフェッサー』。貴殿の奥方に何かしようというわけではない。興味があるのは、その品物の方だ」
『その品物』と言いながら、キーナの膝の上の封印アイテムを見るプロフェッサー。
「実はつい最近、私も似たような代物を入手していてね……輪がはまっている物品。巨大な円柱型の箱なのだが、開ける事が出来なかった……そちらの方は、今それにアプローチしている。違うかな?」
あってる。あってるんだが……雰囲気と言葉のイントネーションが、裏のある怪しい人物っぽくて、うかつに頷くのが躊躇われる。
え、プレイヤーだよな? それともNPCか?
黒幕系のNPCだったら関わりたくないんだが……
どうしたもんかな……と悩んでいると、オイスターさんがプロフェッサーの斜め後ろから紙に書かれた文章をこっちに向けて見せていた。
『プロフェッサーはRPガチ勢。スレ以外では裏のある悪役系RPを崩さないタイプのプレイヤー』
ア、ハイ。
そういうタイプのプレイヤーか……
俺が「はいはい」って感じに頷いたのをどう受け取ったのか、プロフェッサーさんは顎鬚を撫でながら不敵に笑って言った。
「見た所、奥方はそういった代物がお好きな御様子。どうかな、我が拠点にある品はそれよりももっと大きなサイズをしている。ぜひ一度見に来てみないかね?」
「いや、待て待て」
慌てたようにストップをかけたのはオイスターさん。
「あんたの所はどういう拠点なのか説明しないとダメだろ。苦手な奴は苦手なんだから」
「無論説明するつもりだったとも。先に同意を得られたら御の字だと思っただけで」
「なお悪い!」
確信犯か……てかそこまで言われるってどんな拠点だ?
俺の疑問を察したのか、プロフェッサーさんはとてもイイ笑顔で拠点の名前を口にした。
「我が拠点はピリオノート北東。『迷宮地下街グレースケール』という」
ああ~……あそこかぁ~……




