ユ:メインは遅れてやってくる
相棒を連れて登った樹上からヘビの戦場を観察して、俺はメインアタッカーがあの黒い鎧だと判断した。
シンプルに上手い。
狼型のネビュラと一緒に蛇に張り付いて斬りつけ続けてる。
あれだけ肉迫していてほとんどダメージを受けないのは凄いな。
それなら全部見渡せてる俺は援護しつつの攻撃を……と思ったが、猿はともかく熊が多すぎるな。
フレンドリーファイアが無いのを良い事に、広範囲魔法の波状攻撃がちょくちょく雑魚を薙ぎ払ってるが。猿は倒せても熊が残ってる。
「【ソイルクリエイト】」
土魔法で圧縮したのは、いつぞやのイチコロキノコの粉。
これを数発、プレイヤーから離れた熊の集団へ向けてパチンコで放り込んでおく。
着弾すれば煙幕になって広がるようにイメージした魔法は、思い通りにヤバイ粉を拡散してくれた。
……よし、熊が周りのモンスターを殴り始めたな。
あとは時々同じ物を放り込んでおけば少しは楽になるだろ。
「え、ええー!? よくわかんないけど、奥の方で熊が同士討ち始めたよ!? い、今がチャンスだー!!」
そうそう、今がチャンスだ。
俺は説明しないから、ボスに集中しような。
蛇はあれだけの巨体にも拘らずかなりの速度で太い胴を振り回し、尾でプレイヤーを弾き飛ばす。
そこそこの人数で囲んでるが、長い尾で半円を薙ぎ払うから被弾人数が多い。完全に避けてるのは黒鎧とネビュラくらいか。
長い胴は見るからに鱗が固そうだ。最初から魔法を使う。
「【追い風撃ち】」
登録してあった魔法を小声で唱えると、定量のMPと引き換えに風が渦を巻く。
追い風で矢の威力を上げ、風の誘導で敵を追う風魔法。
黒鎧が振り抜いて、少し下がるのと同時に顔を狙う……ヒット。
──シャアアアアアッ!
熊の鳴き声はベアーだったくせに、蛇の鳴き声はヘビーじゃないのか。どういう基準なんだ。
そんなどうでもいい事を頭の片隅で思いながら、黒鎧とその仲間とネビュラの動きに合わせて矢を撃ち続けた。
威力は足りてる。
矢は鱗を貫通して突き立っている。
幻覚の矢は……使うのはやめておこう。
ちょっと動きがどうなるか予測がつかない。
相棒と二人ならともかく、大人数のレイド戦だと危険だ。
何十発目かの矢を撃ちこむ……と、蛇がぐるっとこっちを向いた。
あ、やべ。
ヘイト引き過ぎた。
ネビュラが気付いて猛攻をかけるが、視線がこっちから外れない。
蛇が大口を開けて僅かに頭を引く間に、隣でせっせと火魔法を撃っていた相棒を抱えて隣の木に跳ぶ。
直後に大蛇が、さっきまでいた大木を噛み倒した。
「──っ!!」
よし、相棒えらい。咄嗟に声抑えたな。
相棒はビックリするとすぐ声が出るから、割と奇跡だ。
メキメキと裂けて倒れる太い幹。
その隙に他のプレイヤー達が蛇をタコ殴りにする。
……うん、この流れができるならヘイト引くのもそう悪手じゃなさそうか。
相当なダメージを受けた蛇がゆらりと頭を上げる。
かなりお怒りの御様子。
これはあれか? ある程度HPが減って、戦闘パターンが変わるやつか?
全員が身構えたその時……
──ゴギャッ!
大蛇は横からすっ飛んできた誰かによって、盛大に殴り飛ばされた。
「出遅れましたが……美味しい所が残っているようでなによりです」
見た事のある人物だった。
あれだ、ダンジョン前のモロキュウ村で宿を教えてくれた手甲の人。
「おっせーよナムサン! 現・単発最高火力が何してやがった!?」
「リアルのお勤めが長引いたんです……よっ!」
黒鎧と手甲が軽口を叩き合いながら蛇をズタズタにし始めた。
待ってくれ、手甲の人が来てからヘビの表皮の破損具合がヤバイ。
あの人どんだけ筋力にステ振ってるんだ。
それにあの手甲も相当威力がヤバそうだ。
「マジでその手つええわ。爪もう無ぇの? 俺も欲しいんだけど」
「生憎、産地不明でして。ワンパンベアとやらを見かけたら毟り取ってください」
あ、産地うちだわ。
「んなフザケた名前の熊いんのか、よっ!!」
いたんだよなぁ。
腹立ちまぎれみたいに叩きつけられた斧が、深々と蛇に突き刺さる。
──シャアアアアアッ!
悲鳴を聞きながら、その隙に熊の方へイチコロキノコ弾を放り込みつつ周りを見る。
雑魚はだいぶ数を減らした。
かなり奥の方にテイマーらしき一団が遊撃してるのが見える。イチコロキノコの追加はさっきので最後にした方がよさそうだ。
蟻は数をものともせずに処理されつつあるな。
キッチリ弱点突いて密集地帯を焼き払えばゴッソリ数を減らせる相手だ。そのへんわかってるプレイヤーがいたんだろう。
もう終盤だな。
この蛇を片付ければ決着はついたと思ってよさそうだ。
蛇もタダではやられてくれない。
プレイヤーの一人が噛みつきを避けきれず、ひと噛みで即死した。
グワンと体全体を動かして体勢を立て直すだけで、風圧が周囲を襲う。
俺はインベントリから試験管を一本取り出して矢の先端にくくった。
この矢は外せない。
集中してタイミングを窺う。
振り向いたネビュラが、少しギョッとした顔をした。
黒鎧が振り抜く……手甲がステップを踏む……下がった、下がった……今!
──パリン
甲高いガラスの割れる音。
中の液体を頭に被った蛇がビクリと震えた。
──ヒャアアアアアッ!
蛇は声にならない声で叫んだ。
液体を被った目玉が白濁する。
鱗がヒビ割れ、剥離する。
中身は『死の海』の水だ。
極大の危険物。
レイドボス相手にもそこそこの一手になったな。
黒鎧と手甲の人は一瞬こっちを見て、すぐに追撃を開始した。
うん、俺に注目しなくていい。ただの『死の海』の水だから。
それでもまだ尾で反撃しようとするのはさすがボスか。
ただ苦し紛れのそれは囲んでいる面々には通用しない。
受け流して、あるいは避けて、それぞれが一撃ずつ叩き込めばHPはほとんど残っていない。
最後、手甲の人が蛇の額に渾身の力を込めて爪を突き立てた。
──アアアアア……
大蛇の全身から力が抜ける。
ただの縄みたいに、ゆらんと地面に横たわって。
そしてポリゴンになって、消えていった。
* * *
「「おつかれ!」」
拠点に戻って、相棒と交わすハイタッチ。
ウェーイウェーイとペチペチ手のひらを当てて、そのまま「「ああ〜〜」」っと一緒に座り込む。
「疲れた!」
「……うん」
「おかしい、僕らは見学メインで行ったはず!」
「……うん」
「どうしてこうなった!?」
「……うん」
「相棒の口数がお疲れで減ってる!」
「……うん」
もう意味の無い呻きしか喉から出てこない。
蛇を倒して、雑魚もほとんど片付いたのを見計らって、俺達はネビュラに跨り一目散に帰ってきた。
背後で何か言われてた気がするが知らん。
こちとら例の妖精が話しかけてきそうだったから逃げる一択だったんだよ!
俺達から話す事は何も無い!
「……うむ、予定外の事が続いたのだ。今日はもう休むがよかろう」
「じゃのう」
「フッシーにはオレ達が結末話しておくからサ」
お供達の優しさが沁みる。
なんだかんだ街に駆け込む時にチラ見した南門は、多少の戦闘の跡こそあったけど、全体的にピンピンしてた。
防衛戦は、大成功ってことでいいよな。
「ログアウトして寝よう」
「……うん」
「おお?」
返事をしながら、相棒を抱き寄せる。
相棒は「ふふっ」と笑いながら抱き返してくる。
あー……あったかい。
気疲れにはこれが一番効くんだ……
疲労困憊の俺達は、ログアウトしてベッドに倒れ込んで、すぐに寝た。




