キ:やるべき事は、ただひとつ
墓地を下りて下りて下りて……僕らは開けた空間に出た。
紫の光にぼんやりと照らされている、天井の高い円形のホールのような場所は、何に使う空間なのかよくわからない。
……何故なら、オバケがみっしり詰まってて、壁の構造とかいまいち見えないから。
一番数が多いのは、どう見ても非戦闘員って感じの服を着ている半透明のオバケ。感情の無い虚ろな顔で、まるで吊るされているかのように、ホールの空中にいっぱい浮かんでいる。
次に多いのは聖女パパさんと同じような鎧姿のスケルトン。壁際にずらりとならんで武器を構えてこっちを威嚇している。
でも、そんな大勢よりも目を引くのは、ホール中央の祭壇みたいな石に鎖で縛りつけられている、骨となった死体。
どうみても何かの生贄っぽい数人分のそれは、ボロボロだけど女性の街人だってわかる服を着ている。
その骨は、時々少し動いていた。たぶん、兵士のスケルトンと同じなんだと思う。
そして、そんなオバケ達を従えるみたいにして、祭壇の奥に君臨しているのが……骨に黒ローブっていうテンプレな死神みたいな姿のレイスだった。
モンスター化する事で生前の姿からはかけ離れたのかな? 明らかにボスっぽくデカい。
「ようこそ、異世界の神に仕えし聖女とお付きの方々。お待ち申し上げておりました。私は、生前死霊術士を務めさせていただいておりました、現在はレイス。名を『不死爵・オーキモンド』と申します」
クワンクワンと響くような声で、レイスは慇懃無礼な口上を述べる。
「噂は耳にしておりますよ。なんでも、我が忠実なる僕となった者の中に、大切な御両親がいらっしゃったとか。その割には、お越しになるのが随分と遅かったですな? そういった事情で尋ねて来ていただけたのなら、こちらも歓迎しましたものを」
へぇ~、聖女ちゃんのこと知ってるんだ?
……なんで知ってるの?
聖女ちゃんはここが封鎖されてから孤児として異世界に行って、そこで聖女になってるのに。
「……なんでここが禁足地になった後の外の事を知ってるの?」
ついつい気になって訊いてみると……ボスレイスは嘲るように笑って言った。
「禁足地! そんなモノ、我ら選ばれし存在にはなんの意味もない区切りでございますよ! ……訪れた同胞とは、様々な話をしておりましたとも」
ふーん……つまり、ここのオバケが外に出られなくても、こっそり中に入ってた仲間の死霊使いがいたって事かな? これは後でお城に伝えたほうがいいかもね。
ボスレイスはクックッと肉の無い喉で嗤ったような音を立てて……ツイッと骨だけの指先を動かした。
……すると、さっきまで僕らを案内してきてくれた聖女パパが、祭壇に縛り付けられている白骨死体のひとつの側に並んだ。
「さて聖女様……ひとつ取引と参りましょう」
名指しで話しかけられた聖女ちゃんは、血の気が引いた顔をしているけど……それでも花束をギュッと握って背筋を伸ばしたままボスレイスを睨みつける。
「……取引?」
「御両親……解放して差し上げてもよろしいですよ? ……その代わり、貴女が私の下僕となってくださるならば」
あ、こいつキライ。
僕の中で、テンプレな敵キャラムーブをするボスレイスへの好感度がマイナス振り切ってドン底になった。
万が一のっぴきならない事情とかあるかなーって話聞いてみたけど、こりゃ無いね!
悔しそうに唇を噛み締めて、迷うように瞳が揺れている聖女ちゃん。
ダメだよ。
僕は大きく息を吸った。
……考えていた事がある。
僕が受けたクエストは、『大霊廟へ鎮魂の花を』。
夜明けの陽と同じ火色の花で、囚われた魂を解放する物。
でも……聖女ちゃんが持っている花束に、聖女パパもここのオバケ達も反応しなかった。
それでも、『魂呼びの魔女』さんが『解放出来るかもしれない』って思ったって事は……そんなに的外れな方法ではないはず。
……って事は、何かが足りないんじゃないかな?
じゃあ何が?
アイテムだったらヒントのひとつやふたつ、NPCから出てきていると思う。でもそんなモノは無かった。
それなら、今の手持ちのカードでなんとか出来るはず。
火色の花。
これは【草魔法】で咲かせているモノ。
でも、死霊に干渉するのは【死霊魔法】。
……そう、【死霊魔法】なんだ。
死霊術じゃない、わざわざ【死霊魔法】になっているのはどうしてだろうって、ずっと気になっていた。
……イメージしよう。
死霊使いのレイスが霊魂を閉じ込めている檻をブチ壊すイメージを。
夜明けの清々しさみたいに解き放つイメージを。
そして、『早く帰ってきて』って、花に託すイメージを!
MPは……当然全部ぶち込んで!
「……【ダブルクリエイト】!!」
深い深い地下のホールに
夜明けが、咲き乱れた。




