キ:聖女の過去話
問1、デデン!
とある聖女さんの強火ファン達が、その聖女さんの今まで明かされなかった過去話を聞けそうだとなった時、どんな行動に出るでしょーうか!?
答え、『その場に粛々と正座する』でしたー!
……はい、僕らの目の前にいる聖女さんの背後、ずらりと並んだ親衛隊達は、まるでムービーやRPの邪魔にならないようにするかのようにスッとその場へ静かに正座したのです。
あれ? もしかして正座ってこの人達の基本姿勢だった?
犬のおすわり的な。
『待ち』の姿勢だった??
後ろで繰り広げられているシュールな光景に聖女さんは気付かないまま。
どこか遠くを見ているような目をして、彼女は語り始めた。
* * *
「あの大霊廟の所有者であった領主様が治める土地で、私は生まれ育ちました」
どこから話そうかと悩んだような素振りの後に、最初から始まる物語。
「父は領主家に仕える兵士で……いえ、騎士爵などではなく。ただの一兵卒の平民です。母はレース編みの内職をしていて……領主様のお屋敷がある街の片隅にある家で、特に大きな不自由もなく暮らしていました」
たぶんこのゲームの世界では、とても一般的な温かい家庭だったんだと思う。あんまりドン底な貧しい描写はほとんど出てこないゲームだからね。
「その住んでいた街で……ある頃から、子供達に親から『ある注意』が言い聞かせられるようになったんです」
「注意?」
「はい……『骨で作った籠を持っている大人には、決して近づいちゃいけないよ』って」
あ。
それはきっと……本国の悪い死霊使いだ。
「大人達は『その籠に入れられて攫われちゃうよ』とか、『籠から怖いモノが出てきて噛みつかれるよ』とか、そういう事を言っていました。……とはいえ、街の知り合いでそんな目にあったという人は……その時は、誰もいなかったので……『コウモリの魔物に襲われるから、日が暮れたら帰っておいで』って注意と同じような物だと思っていましたけど……」
そして、聖女さんの顔に、悲しみが訪れる。
「そんなある日……いつものように家の手伝いを終えて、近所のハーブ園へ友達と一緒に草取りと虫退治を兼ねた……遊びのような、手伝いのような事をしに行き、帰ってきた時の事でした」
聖女さんの、胸の前で握りしめた両手が、少し震えている。
「いつもなら……母が、もう夕食の支度を始めていて、私がお土産に持ち帰った小さなハーブの束を、喜んで台所に吊るしてくれるのに……その日は、帰っても誰もいなくて……夕暮れの家の中は、暗いまま……母を呼びながら家中を探しても、返事も無くて……」
薄暗い家の中を不安げにうろうろする小さな聖女ちゃんを想像したのか、正座している集団の方からグスッと鼻をすする音が聞こえた。
「不安で台所で丸まって、そのまま眠ってしまったらしく……私は、心配そうな顔の父に揺り起こされて、安心して大泣きしながら『母さんがいない』と訴えました」
そこからは、聖女さんが見聞きしたことはあまりにも少なく、後から大人に説明された内容が入る。
聖女ママさんは買い物に出た時に攫われたらしく、道に買い物用の手提げ籠が転がっているのが見つかった。
他にも数人、連れ去られた被害者がいた事で、それなりに大きな騒ぎになった。
調査の結果、その街にやってきていた悪い死霊使いに攫われてしまったのだという所までは突き止めた。
死霊使いは門外不出の秘術の使い手だからと、余所の高位貴族から圧力をかけられていた事もあり。領主様は『何もせず滞在するだけなら』と、注意喚起をするだけにとどめていたらしい。
ところが複数人の誘拐だなんて事件を起こされて、温厚な領主様はブチ切れた。
追加でかかる高位貴族からの圧を全部蹴って、領民を守り被害者を救うために兵を動かす事を決めた。
「父は、母を救うため、討伐隊に志願しました」
おお、聖女パパさん。その気持ちはとてもよくわかるよ、僕だってそうする。
……まぁ、その結果。聖女ちゃんは孤児になっちゃったんだろうけど。
「討伐隊の出発前。父が私に『母からのプレゼントだ』と話してくれたペンダントを渡して言ったんです」
──『アリリア。父さんは、これから母さんを助けに行ってくる。良い子で待っているんだよ』
「……父は兵士でしたから、その討伐の難しさをわかっていたのでしょう」
──『必ず戻るよ。……もしも、少し遅くなったとしても、アリリアは強く生きておくれ。父さんと母さんの子なんだから』
「……それが、お別れの言葉でした。最後に頭を撫でてくれた父の手首に、母が作った編み紐のお守りが巻かれていたのを、よく覚えています」
聖女ちゃんは友人の家に預けられて、両親の帰りを待っていた。
兵は死霊使いが立て籠もった大霊廟へ突入。
死霊使いを討ち取り……そして死霊使いはレイスとなった。
卓越した【死霊魔法】の使い手は、死した後にそうしてモンスター化し脅威となる事があるらしい。
領主様は、兵士達は、その情報を得ていなかった。
大霊廟はレイスの支配下となり堕ちた。
突入していた兵士達は、霊廟前で指揮を執っていた領主様諸共に全滅。
命からがら脱出した兵士の生き残りが状況を伝えて国の騎士団が動き、大霊廟は禁足地として封鎖された。
聖女ちゃんの両親は、帰ってこなかった。
「……大丈夫、私はちゃんと言葉を貰ったから。だから、強く生きるの……でも……父と母は……きっと、まだ…………」
「だから」と、聖女さんは強い瞳で顔を上げた。
「……被害者の魂を解放するチャンスを見出してくださり、ありがとうございます」
……なるほどね。
もし霊になった両親が捕まってるなら、花を供えることで助けられるかもしれないって話を聞いたら、そりゃ同行もしたくなる。
「【リーフクリエイト】」
僕は、すっかりお馴染みとなった火色の花を咲かせて、花束にして聖女さんに渡した。
「大丈夫、一緒に行こうね」
「……っ、はいっ!」
花束を、顔を埋めるようにして抱きしめる聖女さん。
そんな彼女を見て、聖女親衛隊の皆さんは、地に伏せるようにして泣き崩れていた。




