ユ:モグラと奥の手
角笛の音が響くのと同時に、いくつかあるモグラ穴へ軽装の小人が飛び込んでいく。
そしてそれほど経たない間に、小人がミミズを紐で引きずりつつ穴からダッシュで飛び出し、その後を数匹のモグラが追いかけて飛び出してきた。
食いしん坊モグラ Lv35
「かかれぇー!」
戦闘開始。
支援魔法をかけるフェアリー。
バフ効果のある演奏と歌を始めるバード系の小人。
従魔達と近接武器持ちの面々が突撃し、合間に攻撃魔法が飛び交う。
食いしん坊モグラも、釣られたとはいえやられるだけじゃない。
焦げ茶色の毛皮は防御力はそこそこあるらしい。
その丸っこいフォルムに似合わない瞬発力で、大きな爪を使い反撃を繰り出してくる。
うん、メルヘンとはいえ迫力は映画並みだな。
そんな小さな戦場を、俺は囲いの外から眺めていた。
視界が完全にシミュレーションRPGの神視点。
いくらサイズが違うとはいえ、手を出そうと思えばやりようはいくらでもあるが……俺の役目はこの戦いじゃない。
【感知】スキルを意識しながら、常に周囲に気を張り続ける。
他のモンスターが邪魔をしにこないか、モグラが他の出入口を作って逃げ出さないか、それを見張るのが今回の役目だ。
だから俺が外側にいる。【感知】の無い相棒は中だ。
……一応キーナには、【解析】で魔力を見るっていうサーチの手段もあるんだけどな。
あれなら光学迷彩だって見えるが、視界がサーモグラフィー状態になってメルヘンな戦場が楽しめなくなる。
だから小粒達には、開始前に『キーナは【感知】が無い』とだけ伝えておいた。
ガチガチの戦闘勢な小種族プレイヤーは『信じらんねぇ』って顔をしてキーナに目線を向け、メルヘンに囲まれて嬉しそうにぽわぽわとしている様子を目の当たりにし、何かを納得した生温い表情を浮かべて俺を見ていた。
お分かりいただけたようでなによりだ。
……っと、来たな?
思い出している間に接近してきたモンスターが【感知】に引っかかる。
シーフブラックカイト Lv10
飛来するのはトビっぽい鳥のモンスター。
初心者フェアリーの死因第一位が、猛スピードで滑空してくる。
「【ウィンドクリエイト】」
有志wikiによれば、さほど大きくなくレベルも高くない鳥相手には、【風魔法】で気流を乱してやるのが常套手段。
たとえ速度の上がった滑空中だろうと、レベルが低ければ魔法の風には打ち勝てずに翼を取られて転落するらしい。
シーフブラックカイトは、囲いから少し離れた所に展開した【風魔法】に引っかかり、ズシャアアッと地面に落下した。
そこを弓で射抜けば終了。
とはいえ、これ1羽で終わるわけがないし、鳥だけが来るわけでもない。
今の鳥を皮切りに、続々と感知に引っかかってくるモンスター達。
レベル差的に一撃で確殺が可能、片っ端から撃ち落とすだけだ。
そうして近寄る雑魚敵を処理していると、広場の方から甲高く鋭い鳴き声が聞こえた。
振り返る、囲んだ広場の真ん中で、毛色が違うモグラが一匹、長い爪を俺の方へと向けていた。
メイジモグラ Lv40
群れのボス枠か?
爪先から光が一閃。
囲いを超えて俺の真横を通過し……その先の空中に魔法陣を展開する。
そして魔法陣から……見覚えのある巨大なモグラが現れた。
ラージ石爪土竜 Lv30
──もぐぅうううおおおお!!
うん……姿だけじゃなく鳴き声にも聞き覚えがあるな?
いつぞやペタのレベル上げに行った夢の中で見た事のあるデカいモグラだ。
ちょっとデカいが……レベル的には俺の方が上だ、問題ない、たぶん。
弓を引き絞り、二本足で立ちあがっているモグラの心臓あたりに狙いを定めて……
「ちょーっと待ったー!!」
「うおっ!?」
小鳥にぶら下がって目の前に現れた小人に驚いて仰け反った。
「え、なんっ……知り合いのモグラだった?」
「違ーう! 違います!」
大剣を背負った軽鎧姿の小人の男は、俺の構える弓矢を指して、輝く笑顔で俺に詰め寄ってきた。
「デカブツの襲来と同時に、希少種の弓使いが協力者としているとか! こんな幸運逃すわけにはいかない!! ユーレイさん! でしたっけ!? ちょっと俺を矢に乗せて、アイツの口にぶち込んでもらえませんかー!?」
えええー……???
「……なんで?」
「あ、こりゃ失礼。自分、クラン『インサイドクラッシャー』のマスターやってる『ルンペルシュティルツヒェン』って言います! デカいモンスターを腹の中から倒す手法を確立させようと頑張ってます!」
あ、はい。察した。
いたな、スレにそんな小人が。
てかそのプレイヤー名、よく噛まずに言えるな。
「そういうわけで、弓で射出されて乗り込む事が可能かどうか試したい! お願いします!」
「……まぁいいけど。接触許可はしませんよ? 矢に乗れます?」
「他人の武器には乗れるからたぶんいける!」
ああ、乗れるのか……確かに武器同士を打ち鳴らし合う事はできるもんな。
ならいいか……
俺が了承すると、ルンペルなんちゃらさんはいそいそと矢尻のすぐそばに体全体でしがみついた。
「ちなみに100%お口にシューできる?」
「……まぁ、熊に毒キノコ食わせたことあるんで……魔法も使うし」
「なら安心!」
本当に安心か?
ブレーキもシートベルトも無いからな?
俺達がやりとりする間、巨大モグラはフェアリーが周りを飛び回り気を引いていた。
『インサイドクラッシャー』のメンバーか? 命かけてんな……
まぁこっちに来ないのは好都合だ。
矢を引き絞って、口元を狙う。
「【追い風撃ち】」
【風魔法】を唱えて……モグラの口が開く瞬間を待った。
ちょろちょろと飛び回るフェアリーに、イライラが頂点に達したらしいモグラが吠える。
──もぐぅうううおおおお!!
ここだっ!
軽い音と共に放つ一矢。
風に乗って飛ぶ矢と、しがみつく小人。
──もぐぅっ!?
ズドムッと口内に矢と小人をぶち込まれた巨大モグラは、一瞬目を白黒させたが、すぐに口をモゴモゴと動かして矢をベッと吐き出した。
……ルンペルなんちゃらさんは吐き出されてないな。
喉の奥行けたのか?
…………え、俺はこれ、いつまで待てばいいんだ??
ちょっとの間困惑していると、巨大モグラが腹を押さえてジタバタし始めた。
お、上手くいったか?
そのまま待っていると、何をしたのか知らないが、巨大モグラがビクンと大きく痙攣して動かなくなる。
……そして、ポリゴンとなって消えていった。
後に残されたのはルンペルなんちゃらさん。
「ぃよっしゃあああああ!!」
歓喜の雄たけびを上げて、ルンペルなんちゃらさんはクランメンバーらしき小さな面々と一緒に成功の喜びを分かち合い始めたのだった。




