ユ:ピリオノート初襲撃、開始
ログインまだです。
今日の夕飯はとろみあんの肉うどん。
真紀奈が帰ってきたら麺を入れて仕上げて完成。
「「いただきます」」
うどんを食べながら、テーブルのタブレットで動画サイトのエフォ公式チャンネルを開く。
「何か新しいの来てたの?」
「今日の襲撃の予告編みたいな動画」
あった、これだ。
ムービースタート。
シーンはたぶんピリオの城の中か?
赤い髪の騎士団長と青い髪の魔術師団長がどこかの部屋で打合せみたいなことをしている。
そこに駆け込んでくる慌ただしい金属鎧の足音。
乱暴に扉が開かれて、息を切らせた兵士が叫ぶ。
『団長! 南東『アリの巣穴』よりスタンピードの兆し有!!』
顔色を変えるトップ二人。
そこで場面は斥候っぽい軽装の兵士がいる森の中へと切り替わる。
年嵩のベテランっぽいおっさんと、新人っぽい若い男の二人組。
その二人が、離れた所から蟻が出入りする洞窟の入口を見張っている。
『……チッ、外に出る頻度が上がってやがるな』
『先輩。普通、ダンジョンのモンスターって外に出てきませんよね?』
『普通はな』
ベテランが巣穴を睨みつける。
『だが何かの要因で外に溢れ出すのはそこまで珍しいことじゃねぇ』
台詞に合わせて、暗がりの中で大量に蠢く蟻の群が映る。
『そして出てきた奴らは大概揃いも揃って腹ペコだ。そうしたらどこに向かう? 美味いもんがたっぷり蓄えられてる人里目掛けて来るんだよ』
そして再び斥候二人に戻った画面で、『ギュア!』と耳障りな鳥の声がした。
バッと上を見る二人組。
『……おい、南の大森林が最近騒がしいって話は……結局原因は解明されたんだったか?』
『いえ……まだのはずです。もしかしたらスタンピードかもって……』
『……まずいな、大森林はここの隣だ。変な影響受けなきゃいいが……』
二人の心配を嗤うかのように、鳥の声はどんどん大きくなっていく。
ベテランが何かハンドサインを出して、二人は静かにその場を離れた。
シーンは再びピリオの城に戻る。
慌ただしくなる城の中で指示を飛ばす魔術師団長。
『急ぎ本国へ連絡を。それから、物資の管理責任者を速やかにここへ呼べ。冒険者達への通達も忘れるな』
大きな地図に駒を乗せて、たくさんの騎士と話し合う騎士団長。
『追加で入った報告によれば、南東の山にある『アリの巣穴』と、隣接する南の大森林からも恐らくモンスターが溢れるだろうとの事』
『かなり大規模な群れになる事が予想されます』
画面に地図が映る。
大きなピリオノートへ向けて、南の森と南東の山から伸ばされる太い矢印。
『すぐに聖女アリリア殿へ通達を。彼女の力が必要だ』
誰かの使い魔らしき鳥が書簡を持ってピリオの上空を飛ぶ。
そのまま滑空して神殿っぽい建物の窓に飛び込んだ。
驚いた顔で振り返ったのは、話に上がった聖女様。
そしてシーンは斥候の二人が駐屯地らしいテントに辿り着いた場面に移る。
ベテランが、森を振り返って苦々しく呟いた。
『勘弁してくれ……もうすぐ息子の誕生日なんだからよ……』
最後に『Endless Field Online』のロゴを大きく映して、動画は終わった。
「なんで最後にフラグ立てちゃったの!!」
「これはひどい」
なんてわかりやすい死亡フラグだ。
「えー、この人まだ死んでないよね??」
「どうかな……」
メーカーによってはもう死んでるやつだ。ここはどうかな……この運営の他ゲーやったことないから傾向がわからない。
結局入ってみないとわからないって結論に至った俺達は。
速やかにうどんを平らげて準備を済ませた。
* * *
ログインして、変装用の衣装を着て、アイテムその他諸々確認。
オーブで街に転移すると……広場は異様な雰囲気になっていた。
「よろしくて!? 『エフォのちょっとは』──」
「「「「──『ちょっとじゃない!!!!』」」」」
「『ゲーマスAIは』──」
「「「「──『丼勘定!!!!』」」」」
「よろしくてよ! 心に刻んで挑んでくださいな!」
「「「「イエス! カトリーヌお嬢様!!」」」」
天気の良い青空の下。
お嬢様RPをしているらしい鎧付きドレスみたいな装備の女性が、剣を掲げて20人近い面々に活を入れている。
すごいな、応じてるメンバーも含めて全員が揃いの紋章を着けてるから、そういう貴族の私兵みたいだ。
俺達含めた周りのその他大勢は、それを囲んで眺めている。
出来の良いストリートパフォーマーに遭遇した気分だ。
お嬢様の一団が「いざ! 襲撃防衛へ参りますわよ!」と言って移動すると、全然関係ない周囲も少し間を開けつつぞろぞろと一緒に動き始めた。
俺と相棒も目を合わせて頷き合い、大きなサイズのネビュラを引き連れてそれに続く。
……これについていけば、防衛予定地に着くってことだもんな。
それにあっちが盛大に目立ってるおかげで、風変わりな上にカッコイイ狼を連れた俺達が何も目立たない。実に助かる。
辿り着いたのは、街の南門。
今日は四方の門の内、三つは閉じて、迎撃する南門だけが今のところ開いている。
そして南門の外には、プレイヤーらしき集団の他に、街の兵士も陣を展開していた。
バリケードも組んであるな。
見た目は完全に戦争の準備だ。
時間的にはそろそろ開始が近い。
俺達はどこから外壁に上がろうか……見渡してみたけど、見つける前にNPCの兵に動きがあった。
「冒険者諸君、よく迎撃に参加してくれた!」
赤い髪の騎士団長が、馬上から声を上げている。
たしか……ラッセルだったかな。
ラッセル騎士団長は『これがこの街初めての大きな危機であり、一丸となって退け更なる発展を目指そう』的な演説をする。
「どうやらこの世界では、死んでも復活はするが、死ぬと『滅び』の影響を受けて成長がしばし遅くなってしまうらしい」
へぇ、デスペナはそういう設定なのか。
「しかし、死力を尽くして挑む防衛戦が身にならぬというのは『滅び』に対して後手に回り過ぎる。故に、今回は聖女アリリア殿にも参戦していただいた」
ラッセル騎士団長が外壁の上を指す。
……ああ、いたいた。隣に青い髪の魔術師団長もいるな。
「この防衛戦の間は、『聖女の祈り』によって『滅び』の影響が抑えられる。無理をしてほしくはないが、どうか存分に戦ってもらいたい」
なるほど、イベント中はこうやってデスペナを無しにするんだな。
隣にいる魔術師団長は聖女の護衛らしい。
プレイヤーの何人かから『アリリアちゃーん!』と野太い声が上がっている。厄介ファンかな?
「さらに、非常事態という事で森林における火魔法の使用制限も防衛戦の間に限り無効とする。……もちろん、余裕があれば消火はしてもらいたいが」
森林火災のペナルティも無し、と。
そんな事言ってる場合じゃなくなるかもしれないって事か。
これで事前説明は終わりかと思ったけど……まだあった。
「……なお、諸君から問い合わせの多かった斥候は無事だ。部下を気遣ってもらい感謝する」
あ、無事だったのか。
動画で死亡フラグを立てていたオッサンとその後輩が、照れくさそうな顔で団長の横で手を振っていた。
プレイヤー達から歓声が上がる。
どれだけ問い合わせ多かったんだろうな……もしかしたら、仲のいいプレイヤーとかいたのかもしれない。
……そして和やかなのはそこまでだった。
フラグを立てていたオッサンが無事で油断していたのもあるだろう。
突然、森から馬で駆けだしてきた兵に驚きの声が上がる。
兵士は傷だらけでボロボロだった。
息も絶え絶えといった様子で、ずるりと馬から滑り落ちるのを、駆け寄った他の兵士が受け止める。
「……はっ……ほ、報告! 南東『アリの巣穴』スタンピード! っ、同時に、南の大森林より、多数の魔物が暴走っ! 数は不明……万で済まない……最低でも50万! あるいはもっと多い!」
「は?」
間の抜けた声を上げたのは誰だったのか。
最低でも50万。
そんなとんでもない数字に対する反応の中で、一番力強い黒い鎧の声が南門に響き渡った。
「来たぜ来たぜ! エフォの戦争だぁ!! 行くぞ『グリードジャンキー』! 最前線で派手にぶっ放すチャンスだぁ!!」
「応!」と叫んだ集団が、黒い鎧を先頭に笑顔で森へ突っ込んでいく。
呆れ顔で次に前に出たのは、例のお嬢様ロールプレイヤーだった。
「まったくガルガンは……とはいえ、まさか初手からβテスト終盤に近い数字を持ち出されるとは」
お嬢様は「やはりエフォのちょっとはあてになりませんわね」と溜息を吐き、くるりとプレイヤーの集団に振り向く。
「お聞きの通り、最初からクライマックスというやつですわ! 様子見の見学希望者もいらしたでしょうけど、どうか前に出てここへ到達する敵を一体でも倒してくださいませ! 自信が無いなら消火活動でも構いませんわ! 恐らくこれだけ数がいるのなら、レベルはそこまで高くは無いはずですから!」
そう言いながら、お嬢様はひらりと傍らの馬に飛び乗り、メンバーを率いて森へ向かう。
それを追うようにして数人のプレイヤーが駆け出せば、そこからは早かった。
我も我もと駆け出す冒険者達。
どう見ても始めた直後の装備をしているプレイヤーまで森に向かっていく。
「残った面子に生産職はいるか!? いればバリケードの追加を手伝ってくれ!」
「罠持ちも頼む!」
見送りっぽかった生産職も、迎撃に向けて動き始めた。
街の兵は最終防衛ライン的な存在なんだろう。
プレイヤーを見送って、バリケードの内側に陣を構えなおしている。
なんとも熱い展開だ。
……さて、そして俺達はと言えばだ。
今の流れの中、なんとまだ門の内側にいた。
全力で見学希望だったから、イベント開始の合図っぽい演説とかの邪魔になったら悪いなと思って、内側に引っ込んでたんだよな。
完全に出遅れて、相棒と二人揃ってひっそり物陰に隠れるみたいな状態になっていた。
……どうしようか。
相棒が袖を引いてくるから少しかがめば、差し出された紙に書かれた筆談が目に入る。
“どうしよっか?”
どうしような?




