幕間:魔女は密やかに広まりゆく
最近流行のフルダイブVRMMO『Endless Field Online』
通称、エフォのゲーム内にて。
とある生産職の『ハニーカプチーノ』は、ようやく購入出来た限定プリンを片手に、ルンルンと鼻歌混じりで『サウストランク』へと転移した。
ハニーカプチーノは、魔女っぽい服系装備をメインに制作している仕立屋である。
リアルでは人形のお洋服なんかを趣味で作っているのだが、異世界ファンタジーなエフォでなら世界観も合うし、色んな人に着てもらえるのではないかと考えてゲームを始めた経緯がある。
その予想は大当たりして、魔女好きなプレイヤーの心を鷲掴みにしたハニーカプチーノは、どこのクランにも所属しないソロの生産職のまま、それなりの売れっ子として活動を続けていた。
そしてハニーカプチーノには、リアルでもうひとつの趣味がある。
それはレジン。
ファンタジーなレジンアクセサリーを作るのが大好きなのである。
そしてエフォでなら、そのアクセサリー作りも服の装飾として応用が利くのではないかと考えていたのだ。
……とはいえ、ゲーム内にレジンとして売られている素材は無い。
類似した素材となると宝石や魔石だが、ちょっと服の装飾とするにはまだ高価すぎる。作った所で、買う人がいなければ意味がないのだ。
そんなハニーカプチーノは、最近開催された第二回フリーマーケットにて運命の出会いを果たした。
「ジェットちゃんには後でまっしぐらチューブあげるからねー」
「ニャー」
肩の上に乗る黒い猫。
これは『結晶の猫幻獣』
フリーマーケットにて、あの森夫婦の店で売られていた冊子。
満ち夢ちトマトの結晶と一緒にその冊子を買って読み、『これだ!!』となったハニーカプチーノは、すぐにゲーム内の友人の手を借りて契約に走ったのである。
猫幻獣は気まぐれにしか仕事をしないらしいが、お猫様なのだからそんな事は至極当然。
まっしぐらチューブを左手に、お猫様系従魔大絶賛のブラシを右手に、全力でヨイショしながら不思議な結晶を作ってもらう至福の時間。
そう、ハニーカプチーノは、結晶という素材を手に入れて、お猫様と一緒に夢を叶える、夢のようなハンドクラフトライフを満喫しているのだ。
さて、そんなハニーカプチーノが限定プリン片手に向かうのは、最近友人となった職人仲間の店。
ピリオノートの南に広がる大森林。
そこにある街、サウストランク。
職人の工房が軒を連ねるその街にて。
近頃エフォの魔女好きなプレイヤー界隈で大人気となっている店がある。
『錬金術雑貨〜幽世堂〜』
そこが友人『はつかねずみ』の店である。
店はファンタジーな雑貨でいっぱいで、魔女好きなプレイヤー達はこぞって自分の寝室を飾るアイテムやちょっとした普段使いの雑貨をここで買い求めるのだ。
魔女っぽい服をメインにしているハニーカプチーノと趣味が合わないわけがなく。今ではこうしてログインのタイミングが合った時にお菓子片手に訪ねていく仲である。
特に今日は、ひとつの大事な用事があった。
もうすぐやってくるエフォの秋イベント。
どうやらそこで、ハロウィン的な催し物があるらしく……魔女好きプレイヤー達は魔女好き同士で集まって、そこで魔女集会みたいなお茶会でもしてみたいなという話が持ち上がっているのである。
その声掛けをしにいくのだ。
さて、そんなわけでたどり着いた店の前。
フレンドリストでログイン中なのは確認済み。
ハニーカプチーノは、商談中だといけないので、そーっと店の扉を開けた。
……そこには、若干薄暗い店内で、ランプの光にぼんやりと照らされているはつかねずみの姿。
「ねずさん、やっほー」
他にお客がいないのを確認して意気揚々と乗り込むハニーカプチーノ。
それに対してはつかねずみは……何かドンヨリとした雰囲気を纏ったまま、不敵な笑みを浮かべて片手を上げた。
「ようこそハニカプさん……お待ちしておりましたぁ〜……!」
「エッ、何? 何!?」
グワッと動いたはつかねずみに驚き動きが止まり……そして気が付くとハニーカプチーノは椅子に座ってはつかねずみと向かい合っていた。
「エッ、何?」
「ちょっと実験に付き合ってください」
「実験って何!?」
二人の間にはひとつの丸テーブル。
そしてその上にはクッションに乗せられた水晶玉と、何本かのロウソクが。
そしてはつかねずみは呟いた。
「……【フォーチュンクリエイト】」
はつかねずみがかざす両手の間、ぼやんと霧のようなモノが渦巻く水晶玉。
まさかと思う暇もなく、真っ白な頭のハニーカプチーノにはつかねずみは言い放つ。
「……『迷うのならば回り道。猫の手は、まだそこまでは、強くない』」
「アッハイ、あの素材はまだレベル足りてないのね。ありがとうございます……じゃなくて!!」
ハニーカプチーノはグワッと目の前の水晶玉を覗き込む。
「占い!! ねずさんどこで覚えたの!?」
「あああああああ!! ハニカプさぁああああん! 聞いてぇえええええええ!!」
頭を抱えてのけぞったはつかねずみの言う事には……いつぞや森女さんが来た後くらいから急激に増えた常連さんの内の1人が、とても意味深な言葉と一緒に冊子を置いて行ったのだとか。
もちろんそのお客さんの詳細は話さなかったし訊きもしなかったが。
「それがこちらです」
「冊子……ってか、めっちゃ立派な革装丁ハードカバーの本ですが?」
「内容的に薄い冊子なのが許せなくて私が装丁しました」
「さすが」
差し出されるままに、ハニーカプチーノはその本を手に取り読んだ。
中に書かれていたのは……運命がどうのこうので、それを魔力を使ってひとすじ紡ぎ出し編み上げる術がどうのこうの……
──【占術】スキル取得
「ちょっとぉ!?」
「ハーッハッハッハァーッ! これでハニカプさんも道連れだぁー!!」
「は、謀ったなぁ!?」
テンションがおかしくなっているはつかねずみの言う事には、その常連さんはこの店をとっても気に入ってくれて、『好みの雑貨をありがとう』と言って置いていったらしい。
「めっちゃ職人冥利に尽きるじゃん」
「うん、やっててよかった」
「で、中身がこれ」
「うん、めっちゃ爆弾だった」
そしてその常連さんは、『貴女が『この人なら』と思った相手になら、この本を託しても構わないわ』と言い残して去っていったらしい。
「と、いうわけだから。はい」
「はい、じゃないよ!? もう読んじゃったよ! 嬉しいけど! どうしたらいいのこれ!?」
「常連さん曰く、そうやってひっそりと占い好きな子の間を渡って行ったら面白いねって」
「なにそれ面白そう……いや待ってよ、次は私が誰か選ばないといけないってことじゃん! しかも間違っても複製とか作らずにロマンを優先して内緒のリレーしてくれそうな人をさぁ!?」
「頑張ってね!」
「ぬあー! でもこの内容なら確かに革装丁じゃないのは納得いかないのわかるー!!」
ハニーカプチーノは心に決めた。
次は自分がこの本に、結晶を用いた装飾を施してやろうと。
なんなら刻印も使ってガチガチに保護してやろうと。
それはそれは立派な魔導書めいた代物に仕立て上げてやろうと!
神秘的な雰囲気を吹き飛ばす勢いで荒ぶる二人の職人を他所に、ジェットという名の猫幻獣は、くぁ〜っとおおきな欠伸をひとつした。




